過去の大戦
街に戻ったラグナールは、不穏さを抱えながらも、ひとまず日常を取り戻していた。
市場は動き、鍛冶場の槌音も戻っている。冒険者ギルドには依頼が並び、酒場にはいつもの喧騒があった。
だが、誰もがどこか落ち着かない。戦争は遠ざかったわけではなく、ただ少し距離を取っただけだと、皆が分かっている。
ギルド併設の酒場で、レイたちは次に受けるクエストの話をしていた。
「しばらくは、街道警備か復旧系だろうな」
ブロムが杯を傾ける。
「皇国で目立ちすぎたし、少し地味な仕事がいいわね」
フィーネも同意するように言った。
そんなときだった。
酒場の入口に、場違いなほど整った服装の男が立った。白と金を基調にした法衣。聖堂の使いだ。
「冒険者レイ殿はおられますか」
名を呼ばれ、店内の視線が集まる。
「大事なお話があるとのことでして。できれば、本日中に」
露骨な命令口調ではない。だが、断りづらい響きだった。
「……分かりました」
レイは仲間に目配せし、席を立つ。
*
郊外の聖堂は、変わらず静かだった。
石造りの建物。控えめな灯り。
だが中へ通されると、いつもとは違う空気を感じる。
見慣れた司祭――ルシオ・エヴァンスの姿があり、その隣に、もう一人。
年配の男だった。白髪をきれいに整え、法衣には明らかに格の違いがある。
「初めまして」
その男は、穏やかに頭を下げた。
「高司祭のエセル・ヴァレンティアと申します」
名前を告げられた瞬間、空気が一段重くなる。
「あなたのご活躍は、兼ねがね伺っております。
聖堂の活動に対しても、厚いご協力をいただいていると」
形式的な挨拶。だが、その視線は鋭かった。
「ありがとうございます」
レイがそう返すと、高司祭は一拍置いて、本題に入る。
「突然ですが――ひとつ、あなたにお話ししたいことがあります」
静かな声だった。
「できれば、これ以上、勇者軍と魔王軍の戦いに関わっていただきたくないのです」
言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
「……どういう、意味ですか」
レイが問い返すと、高司祭は少しだけ目を伏せる。
「あなたは、過去にあった魔王軍との大戦について、どこまでご存じでしょうか」
千年以上前の話。
学校で習うのは、勇者が魔王を倒し、世界に平和が戻った、という簡潔な物語だけだ。
「詳細は……ほとんど」
「でしょうね」
高司祭は、淡々と続けた。
「世間ではほとんど語られていません。
しかし、あの戦いは――この大陸において、全人口の八割が死滅する、壮絶なものでした」
息を呑む。
「噂では、勇者が魔王を倒したと語られているでしょう。
ですが、それは事実ではありません」
高司祭は、レイをまっすぐに見据えた。
「魔王は、倒されたのではない。
ただ――役目を終えて、姿を消しただけなのです」
「……役目?」
思わず、声が漏れる。
「なぜですか」
その問いに、高司祭は少しだけ間を置いた。
「魔王の目的は、増えすぎた人類を減らすこと。
そして、人類に“脅威”を与え、成長を促すことでした」
感情の起伏はない。ただ、事実を語る声。
「恐怖と絶望の中で、人は知恵を絞り、力を得る。
それが、魔王に与えられた役割だったのです」
聖堂の奥で、灯りが静かに揺れる。
レイは言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。
世界の成り立ちが、
自分の知っている物語とは、あまりにも違って見え始めていた。




