崩れた戦線の中心で
戦況は、勇者軍の優勢に見えた。
正面では皇国軍が陣形を保ったまま前進し、魔王軍はじわじわと押し込まれていく。
統制の取れた魔術射撃と重装歩兵の壁は厚く、魔物たちは確実に数を減らしていた。
「このまま押し切れるか……?」
誰かがそう呟いた、その直後だった。
――角笛。
低く、不気味な音が、西方から響く。
「……西だ!」
叫び声が上がる。
森の縁から、黒い影が一斉に躍り出た。
魔王軍の伏兵だ。
数は多くない。
だが、動きが違う。
「伏兵だ! 遊撃、迎撃――」
指示が飛ぶより早く、魔物たちは冒険者たちの陣へ突っ込んできた。
そこは、まさにレイたちが配置されていた場所だった。
「来るぞ!」
カイが叫び、矢を放つ。
一体、二体は倒せる。
だが、勢いが止まらない。
冒険者が次々と押し倒され、悲鳴が上がる。
魔物の後方から、一際大きな影が姿を現した。
角を持つ、異形。
鎧をまとい、巨大な刃を引きずる存在。
――魔族の将。
その気配だけで、空気が重くなる。
「……まずい」
ブロムが歯を食いしばる。
遊撃隊を指揮していた皇国軍の士官が、顔色を変えた。
「全員、後退――」
だが、その言葉の途中で、彼は踵を返した。
「指揮官が……逃げた?」
信じがたい光景だった。
統制は一瞬で崩れる。
冒険者たちは各自で戦うしかなくなり、次々と倒れていく。
逃げ遅れた者が、魔族の将の一撃で吹き飛ばされた。
「くそっ……!」
レイは仲間の位置を確認しながら動こうとした。
だが、その瞬間――視線が、合った。
魔族の将の赤い瞳が、レイを捉える。
「……ほう」
低い声。
「雑兵の中に、妙な匂いが混じっているな」
次の瞬間、巨体が動いた。
速い。
想像以上だった。
「レイ!」
フィーネの叫び。
咄嗟に剣を構える。
重い衝撃が走り、腕が痺れる。
「っ……!」
一撃一撃が、桁違いだ。
ブロムとカイが援護に入ろうとするが、魔族の将はそれを許さない。
薙ぎ払いで距離を作り、再びレイへ迫る。
(……逃げられない)
後ろには、仲間と倒れた冒険者たちがいる。
「――来い」
覚悟を決め、レイは踏み込んだ。
剣と刃が激しくぶつかる。
火花が散り、衝撃が骨まで響く。
押されている。
明らかに。
膝が沈み、呼吸が荒くなる。
「どうした、人の子よ」
魔族の将が嘲る。
「その程度で、前に出てきたのか?」
次の一撃が、振り下ろされる。
その瞬間――
胸元が、熱を帯びた。
視界が、静かに澄む。
(……来る)
意識したわけではない。
だが、身体の奥から、何かが溢れ出す。
魔力。
制御も、理屈もない。
ただ、放出する。
レイの剣が、淡く光る。
踏み込みが変わる。
刃の軌道が、僅かにズレる。
魔族の将の表情が、初めて変わった。
「――何?」
その隙は、一瞬だった。
「今だ!」
仲間の声が重なる。
カイの矢が視線を奪い、
フィーネの魔術が足元を揺らし、
ブロムの一撃が、防御を崩す。
レイは、全身の力を込めて踏み込んだ。
剣が、魔族の将の胴を深く捉える。
衝撃。
重い感触。
次の瞬間、巨体が崩れ落ちた。
静寂。
「……将が、やられた?」
誰かの声が震える。
魔族の将を失った魔王軍の強襲部隊は、一気に動揺した。
統制を失い、散り散りに逃げ始める。
正面の勇者軍が、それを逃さない。
追撃が入り、戦場は一気に収束へ向かった。
やがて――
戦場に、勝利の号令が響く。
勇者軍の勝利だった。
レイは、その場に膝をついた。
剣を支えに、荒い息を整える。
(……勝った?)
実感は、なかった。
ただ、分かることが一つだけある。
自分は、また一線を越えた。




