6.冒険者ギルド
冒険者ギルドは、ラグナールの中央通りに面して建っていた。
石造りの二階建てで、装飾は少ない。厚い壁に頑丈な扉。派手さはないが、長く使われてきた建物だと一目で分かる。
詰め所からそのまま案内されたせいで、レイの意識はまだ現実に追いついていなかった。
だが、扉をくぐった瞬間、その感覚は消えた。
酒と汗の匂い。鉄と革が擦れる音。無数の声が重なり、空気がざわついている。
広いホールの壁には依頼書が並んでいた。
農地の害獣駆除、街道の護衛、鉱山周辺の魔物調査、鍛冶屋からの素材回収。
町の仕事が、そのまま貼り出されている。
農業と鉄鋼。それがラグナールの基盤だ。
魔物が増えれば畑が荒れ、街道が止まれば鉄が流れない。だから冒険者が必要になる。
受付台に立つと、人族の女性が顔を上げた。
視線が一瞬だけ、こちらを測る。
「レイさんですね?」
名前を呼ばれ、レイは瞬きをした。
「守備隊の詰め所から話は通っています」
淡々とした口調。それだけで理解できた。自由に動ける立場ではない。
「安心してください。特別扱いはしません。登録も依頼も、他の新人と同じです」
少し間を置いて、続ける。
「ただし、しばらくは行動が把握できる形になります」
説明はそれだけだった。
「名前と種族を確認します」
「……レイです。種族は……分かりません」
周囲の空気がわずかに静まる。
だが、女性は気にする様子もなく書類を進めた。
「記憶喪失ですね。伺っています。冒険者や辺境では珍しくありません」
続けて、必要な説明に入る。
「ここはラグナール。コンコルディア自由共和国の辺境都市です。農地と鉱山が近く、食料と鉄鋼を扱っています。魔物も出やすい。依頼は途切れません」
そう言って、小さな箱を取り出した。
中には金属製のプレートが付いたネックレスが入っている。
「ギルド証です」
首に掛けるよう示される。
「冒険者の身分証明です。受注履歴、達成状況、格付けが記録されます」
レイは受け取った。冷たいが、重みがある。
「非常時には、これを通じて呼び出しが入ります」
「……念話ですか」
「ええ。魔物の異常や街の危機の際です。位置も把握されます。救助用ですが、意味は分かりますね?」
レイは答えず、ギルド証を首に掛けた。
冒険者は、町の外の存在ではない。
「登録は完了です。最初は下位依頼から。無理はしないこと」
受付を離れたところで、背後から声がかかった。
「お、終わったか」
振り向くと、背中に翼を持つ青年が立っていた。
「俺はカイ。スカウトをやっている」
軽く手を振る。
「この町じゃ、守備隊とギルドは繋がってる。あんたみたいなのは放っとかれない。せっかくだ、冒険者の先輩として少し教えてやる」
冗談めいた口調だが、事実だろう。
二人でギルドを出る。
中央通りに出ると、石の標柱に刻まれた文字が目に入った。
RAGNAR。
「……ラグナール」
無意識に口にする。
「街の名前か?」
カイが横目で見る。
「意味、あるんですか」
少し考えてから、肩をすくめた。
「昔の言葉らしい。“境界”とか“鍛える場所”とか、そんな意味だ」
境界。
農地と荒野。街道と鉱山。人の生活と魔物の領域。
「共和国の端だしな。昔は開拓拠点だった。人も剣も、ここで使えるか試されたらしい」
レイは石畳を踏みしめる。
なるほど、と思った。
何者でもない者が、試される場所。
ラグナール。
その名は、今の自分の立場を妙に正確に表している。
首元のギルド証と、腰の使い古された剣。
それが、この町で生きるための最低限だった。




