皇国の補給基地にて
皇国方面の補給基地は、想像していたよりも整然としていた。
物資を積んだ荷車が絶え間なく出入りし、兵士たちは忙しなく動いている。前線に近い場所でありながら、無駄な混乱はない。張り詰めた空気の中に、後方拠点としての規律が感じられた。
レイたちは受付で書類を提出し、クエスト達成の確認を受けていた。
印章が押され、書類が返される。
「これで任務完了だな」
ブロムが小さく息を吐く。
ここまで来て、ようやく肩の力が抜けた。
そのときだった。
「君たちは、共和国から来た冒険者だね?」
落ち着いた声が背後からかかる。
振り返ると、皇国軍の制服を整えた男が立っていた。年齢は四十前後だろうか。派手さはないが、場慣れした雰囲気がある。
「皇国補給部隊中隊長、マティアス・ヴェルナーだ」
そう名乗り、軽く一礼した。
「遠いところまで来てくれて感謝する。君たちの護送がなければ、ここもずいぶん苦しかった」
形式的ではない、素直な礼だった。
レイは一瞬戸惑いながらも、頭を下げる。
「こちらこそ。任務ですから」
マティアスは頷き、続けて言った。
「よければ、少し食事でもどうだろう。兵士食堂だが、話をしながら共和国の様子を聞かせてもらえるとありがたい」
一瞬、沈黙が落ちる。
フィーネがちらりとレイを見る。
断るべきだろう、という視線だった。
「すみません、長居は――」
レイがそう切り出しかけたところで、マティアスは柔らかく手を振った。
「形式ばった話はしない。ほんの軽い食事だ。こちらも、共和国の空気を知りたいだけでね」
周囲を見ると、兵士たちが自然に視線を向けていた。敵意はない。ただ、好奇心と疲労が混じった目だ。
「……少しだけなら」
ブロムが先に折れた。
結局、レイたちは兵士食堂へ案内されることになった。
食堂は簡素だった。
パンと温かいスープ、干し肉。だが、疲れた身体には十分な内容だ。
簡単な自己紹介を交わし、話題は自然と共和国の状況へ移る。
「表向きは落ち着いていますが……不安は広がっています」
レイがそう答えると、マティアスは静かに頷いた。
「どこも同じだな。前線が動けば、後方も揺れる」
しばらく雑談が続いたあと、マティアスがふと視線を向けてきた。
「ところで――君たちは、エルフ王国への補給部隊の護衛をしていたな」
レイは、わずかに眉を動かした。
「……ええ」
「その任務で、下級とはいえ魔人を討った冒険者がいたと聞いている」
視線が、自然とレイに向く。
詮索するような強さではない。ただ、率直な興味を隠さない目だった。
「噂というのは、思ったより早く広まるものだ」
マティアスはそう言って、苦笑する。
「最近は戦線で下級魔人の目撃が増えていてな。対応だけでも、かなり骨が折れる。
それを倒せる者がいるとなれば、どうしても耳に入る」
一拍置いて、付け加える。
「安心してほしい。調べるつもりはない。ただ……人材には、どうしても目が向く」
レイは何も答えず、スープを口に運んだ。
皇国に来たのは、物資を運ぶためだった。
それ以上の意味を考えるつもりはなかった。
だが、噂は静かに、確実に広がっている。
食堂の喧騒の中で、レイはそんなことを思いながら、黙って食事を続けていた。




