12.魔力
その日の依頼を終え、街へ戻る途中だった。
夕暮れの街道は人影もまばらで、遠くからラグナールの灯りが見える。
石畳を踏む足音は四人分、一定のリズムを刻んでいるはずだった。
だが――
フィーネだけが、どこか考え込んだ様子で黙っていた。
「……レイ」
名を呼ばれ、レイは歩みを緩める。
「どうした?」
フィーネはすぐには答えず、視線を道の先へ向けたまま、少し間を置いた。
「今日の戦いで……気づいたことがあるの」
レイは、無意識に自分の手を見た。
剣を握る感触は、いつもと変わらない。
だが、確かに――あの瞬間、何かが違った。
「あなた、魔力を使ってた」
断定だった。
カイとブロムが、同時に足を止める。
「……は?」
「魔力って、あの魔法の?」
カイの声に、フィーネは首を振る。
「派手な魔法じゃないわ。
でも、あのとき……レイの動きに、わずかな“流れ”が乗ってた」
レイは眉をひそめる。
「流れ?」
「ええ。
剣を振った瞬間、魔力が身体の内側から押し出されてた」
フィーネは、ゆっくりとこちらを向いた。
「自覚は、ないでしょう?」
「……ない」
即答だった。
魔法を使った感覚など、一度もない。
呪文も、詠唱も、知識もない。
「それでも、確かに反応があった」
フィーネの声は、静かだが確信に満ちている。
「だから……ギルドには、報告しない方がいい」
その言葉に、ブロムが眉を上げた。
「報告しねぇのか?
魔力が使えるなら、評価も上がるだろ」
フィーネは、首を横に振る。
「それは、エルフや魔力適性のある種族の場合よ」
彼女は、言葉を選びながら続けた。
「この世界で、魔力を扱えるかどうかは、基本的に“種族”に依存しているの」
それは、レイにも分かる話だった。
「エルフは魔力操作に適している。
私たちは、生まれたときから“流れ”を感じ取れる」
「ドワーフは魔力より技術。
鳥人は感覚と身体能力。
人族は……平均的で、突出した特性はない」
そこで、フィーネは一度言葉を切る。
「だからこそ、人族が自然に魔力を扱えるのは――かなり例外的なの」
胸の奥が、ひやりとした。
「……でも、デミヒューマンで魔法を使う奴はいるだろ?」
「ええ。いるわ」
フィーネは、すぐに肯定した。
「でも、その人たちは“特別な存在”として扱われる」
「国に登録されるか、魔術師ギルドに所属するか……
場合によっては、常に管理される立場になる」
レイは、これまでに見てきた光景を思い出していた。
聖堂に囲われた術師。
騎士団の命令で動く魔法使い。
「戦力として価値がある、という意味では好待遇よ」
「でも同時に、自由は制限される」
夕暮れの風が、四人の間を抜けていく。
「あなたが今、
“人族でありながら、種族由来ではない魔力反応”を示していると知られたら――」
フィーネは、はっきりと言った。
「聖堂か、国か。
どちらかが、必ず動く」
レイは、無言で拳を握った。
「調査という名目で、身体検査、適性測定、魔力検証」
「最悪の場合、あなたの意思とは関係なく、立場が決まる」
「……だから、報告しないのか」
「ええ」
フィーネは、静かに頷いた。
「制御もできていない力を、
“価値”として差し出す必要はない」
「少なくとも、あなた自身がどうしたいか決めるまでは」
レイは、深く息を吸った。
「……頼む」
短い言葉だったが、迷いはなかった。
「管理される前に、
まず自分で知りたい」
フィーネは、小さく頷く。
「それでいいわ」
一歩、距離を詰めて言う。
「これは隠すためじゃない。
“時間を稼ぐ”ため」
「あなたが、まだ“ただの冒険者”でいられるうちは、
私が見る」
ラグナールの灯りが、もうすぐそこまで迫っていた。
レイの中で、まだ名もない力は、
静かに――だが確かに、息づいていた。




