11.気づかない力
依頼は、戦後復旧の一環だった。
街道沿いの崩れた防壁の撤去と、周辺の安全確認。
魔王軍の侵攻が止まったとはいえ、荒れた土地には魔物が残る。
派手さはないが、確実に人手が要る仕事だ。
「今日も地味ね」
フィーネが、肩にかけた杖を軽く揺らしながら言った。
「でも、こういうのが一番遅れるんだよな」
ブロムが瓦礫を持ち上げながら応じる。
カイはすでに周囲を一回りし、戻ってきていた。
「この辺りは大丈夫そうだ。
魔物の痕跡も薄い」
レイは頷き、崩れた石積みに手をかける。
重い。
だが、持ち上げられないほどではない。
「せーの……っ」
力を込めた、その瞬間だった。
――ふわり。
一瞬、手応えが抜けた。
重いはずの石が、わずかに浮いたように感じられ、
次の瞬間、予想よりも軽く前へ転がった。
「……?」
レイは眉をひそめる。
「今の、ずいぶん軽かったな」
「気のせいじゃない?」
ブロムは特に気にした様子もなく、次の瓦礫に取りかかった。
だが、フィーネは動かなかった。
「……レイ」
「ん?」
「今、何かした?」
「何か、って?」
レイは首を傾げる。
「普通に持ち上げただけだけど」
フィーネは答えず、地面を見つめている。
瓦礫の下、土埃がまだ微かに舞っていた。
「……いいえ。
たぶん、気のせいね」
そう言って、彼女は作業に戻った。
だが、その表情はどこか硬い。
しばらくして、森寄りの警戒に回ったときだった。
「……来るわ」
フィーネの声が低くなる。
草むらが揺れ、小型の魔物が二体、姿を現した。
戦後の混乱で住処を追われたのだろう。
動きは荒いが、統制はない。
「任せろ」
レイは剣を抜き、前へ出る。
一体目が飛びかかってくる。
タイミングを合わせ、剣を振る。
――その直前。
魔物の動きが、わずかに鈍った。
まるで、何かに躊躇したように。
「……?」
一瞬の違和感。
だが、考える暇はない。
剣が当たり、魔物は倒れた。
もう一体が距離を取ろうとした瞬間、
カイの矢が正確に射抜く。
戦闘は、あっけなく終わった。
「助かったな」
カイが矢を回収しながら言う。
「いつも通りだよ」
レイは剣を収める。
だが、フィーネはじっと魔物が倒れていた場所を見ていた。
「……おかしい」
「何が?」
ブロムが尋ねる。
「魔物が、一瞬……怯んだ。
攻撃を受ける前に」
レイは思い返す。
確かに、動きが鈍った気がした。
だが、それは偶然ではないのか。
「風向きとか、音じゃないか?」
「違うわ」
フィーネはきっぱりと言った。
「魔力の流れが、歪んだ。
一瞬だけ……あなたの周囲で」
レイは、思わず自分の手を見る。
「俺が?」
「ええ」
フィーネは、慎重に言葉を選ぶ。
「意図的じゃない。
詠唱も、構えもない。
でも……確かに、何かが出た」
「……そんなはずないだろ」
レイは笑おうとしたが、うまくいかなかった。
「俺、魔法なんて使えないし」
「“使おうとした”かどうかは、関係ないわ」
フィーネは静かに続ける。
「呼吸みたいなものよ。
意識しなくても、出る人は出る」
その言葉に、レイは返せなかった。
作業を終え、街へ戻る道すがら。
レイは胸元に手を当てる。
水晶は、静かだった。
光ってもいない。
(……考えすぎだ)
そう思おうとする。
自分は、ただの冒険者だ。
勇者でも、魔導士でもない。
だが――
フィーネは、歩きながらも何度かこちらを見ていた。
その視線は、
「疑っている」ものではなく、
「確信し始めている」ものだった。
レイはまだ気づいていない。




