7.確かな違和感
勇者の一撃と魔王軍の撤退――
その余波は、戦場から遠いラグナールにも確実に届いていた。
冒険者ギルドの掲示板は、いつも以上に埋め尽くされている。
だが並んでいるのは、討伐ではなく、復旧と後始末の依頼ばかりだった。
――崩落した街道の安全確認。
――放棄された集落の調査。
――魔物に荒らされた農地の整備補助。
「……完全に戦後処理ね」
フィーネが依頼書を見ながら、静かに言った。
「儲からねぇし、地味だし。嫌がる連中も多いだろうな」
ブロムが肩をすくめる。
それでも、レイは一枚の依頼書を手に取った。
【依頼内容】
西方農村地帯にて、戦闘余波による魔物再流入の確認および排除。
併せて、損壊した水路・建屋周辺の安全確保。
「これにしよう」
短く告げると、仲間たちは特に反対しなかった。
*
現地は、思っていた以上に荒れていた。
畑は踏み荒らされ、水路は土砂で詰まり、
人の気配が消えた家屋が点在している。
「魔物の数は多くないけど……落ち着いてないわね」
フィーネが周囲を警戒する。
予想通り、魔物はすぐに現れた。
中型が二体、小型が数匹。
決して楽な相手ではない。
「引きつける!」
カイが先行し、魔物の注意を引く。
ブロムが前に出て、盾代わりに受け止める。
フィーネは詠唱に入ろうと――した、その瞬間だった。
――空気が、揺れた。
魔物の動きが、一瞬だけ鈍る。
ほんの刹那。だが、確かに。
「……え?」
フィーネの声と、レイの感覚が重なった。
レイ自身も、驚いていた。
剣を振るおうとした、その直前――
胸の奥から、熱とも違う、奇妙な“流れ”を感じたのだ。
(……今の、何だ?)
考える間もなく、体が動く。
踏み込みが、いつもより軽い。
剣の軌道が、自然と最短を描く。
一撃。
魔物の動きが、完全に止まった。
「今だ!」
ブロムが止めを刺し、戦闘は一気に終息した。
静寂。
レイは、自分の手を見つめた。
震えてはいない。
だが、確信だけが残っている。
(……偶然じゃない)
フィーネが、ゆっくりとこちらを見る。
視線が合った瞬間、彼女は小さく息を呑んだ。
「……レイ。今、何かした?」
「いや……何も」
嘘ではない。
だが、完全な真実でもなかった。
フィーネは一拍置き、静かに言う。
「……魔力が、動いたわ。はっきりと」
その言葉で、すべてが繋がった。
寺院での起動。
胸の水晶。
説明できなかった違和感の数々。
レイは、ゆっくりと息を吐いた。
「……やっぱり、か」
使える、とは言えない。
制御も、理解もできていない。
だが――
確かに、自分の中に“何か”がある。
それを、仲間も認識した。
「無理に使おうとしないで」
フィーネは、きっぱりと言った。
「今は、まだ“触れてる”だけよ。それ」
カイも頷く。
「隠せ。少なくとも、街じゃな」
ブロムは、短く笑った。
「面倒が増えそうだな」
誰も、喜びはしなかった。
だが、誰も否定もしなかった。
復旧作業を終え、村人から礼を受けた帰り道。
レイは、胸元に意識を向ける。
水晶は、静かだった。
だが――以前とは違う。
(……戻れなくなった、ってことか)
冒険者として。
ただの剣士として。
その境界線は、もう曖昧だ。
戦争は終わっていない。
世界は、まだ揺れている。
そして――
レイ自身もまた、確実に変わり始めていた。




