4.連行
静寂は、思ったよりも早く破られた。
荒い息を整えきれないまま、レイは膝をついた姿勢でうずくまっていた。
手の中の剣は、すでに何の反応も示さない。
ただの古びた長剣――そうとしか見えないはずなのに、どうしても指を離すことができなかった。
足音が、近づいてくる。
一つや二つではない。
複数人が揃えた、統制の取れた足取りだ。
「武器を、床に置け」
低く、しかし有無を言わせない声が飛ぶ。
振り向くと、守備隊の兵士たちが一定の距離を保ち、こちらを囲んでいた。
槍の穂先はわずかにこちらへ向けられ、盾は構えられたまま。
弓兵は後方で弦を引き、身じろぎもしない。
逃げ道は、完全に塞がれていた。
(……助けにきた、わけじゃないのか)
そう思ったが、口には出せなかった。
ゆっくりと剣を床に置く。
金属が石に触れる乾いた音が、寺院に響いた。
その瞬間、兵士たちの肩が一斉に強張る。
「……動くなよ」
先ほど最前線に立っていた剣士の男が、一歩前に出た。
年の頃は三十前後だろう。
傷だらけの鎧と、使い込まれた剣。
視線は鋭いが、そこに憎しみの色はない。
あるのは、徹底した警戒だけだった。
「名前を言え」
短く、余計な感情を挟まない口調。
「……レイ、です」
喉が渇き、声がかすれる。
男は、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「ここは立ち入り禁止区域だ。封印もされていたはずだ。
何故、ここにいた」
答えられるはずがなかった。
記憶がない。
目を覚ましたら、ここにいた。
それ以上のことは、何も分からない。
「……分かりません。
気づいたら、ここに……」
兵士たちの間に、ざわりとした空気が広がる。
疑念。
そして、隠そうともしない不信。
剣士の男は、しばらくレイを見つめていた。
足元の剣。
崩壊した壁。
魔人が消えた方向。
起きた出来事を頭の中で組み立てるように、
それらを順に視線でなぞっていく。
「……お前を拘束する」
そう告げる声に、迷いはなかった。
二人の兵士が近づき、両腕を取られる。
乱暴ではないが、拒否を許さない力だった。
金属製の拘束具が手首に嵌められる。
ひやりとした感触に、現実感が一気に押し寄せる。
「危険物は回収する」
別の兵士が、床に置かれた剣を布で包み、慎重に持ち上げる。
その動作だけで、周囲の兵が一斉に身構えた。
(……本当に、ただの剣なのに)
そう思ったが、それを信じる者はいないだろう。
寺院の外へ連れ出される。
外の光が、容赦なく目に刺さった。
思わず目を細める。
外には、石造りの道と低い建物が連なる街並みが広がっていた。
異なる種族の者たちが、遠巻きにこちらを見ている。
耳の形も、背丈も、肌の色も、まちまちだ。
(……本当に、夢じゃない)
石畳の感触。
人々の視線。
空気の匂い。
逃げ場のない現実が、そこにあった。
歩かされる途中、剣士の男が隣に並ぶ。
「名乗っておこう。俺はアレインだ。
この地区の守備隊を預かっている」
淡々とした声だった。
「お前が何者かは分からない。
だが、あの場に居合わせた以上、放置はできない」
視線が、まっすぐこちらを射抜く。
「安心しろ。
お前を即座に裁くつもりはない」
だが、その次の言葉は重かった。
「よく分からないものほど、
目の届く場所に置いておく必要がある」
そう言い残し、アレインは前を向いた。
レイは、拘束されたまま歩き続ける。
街の中心へ。
詰め所へ。
そして、自分が何者なのかも分からないまま、
この世界に足を踏み入れていくのだと。
その事実を、否応なく理解していた。




