10.共和国の思い
皇国からの通達は、丁重な言葉で包まれていた。
「人類全体の危機」
「一致団結」
「協力要請」
どれも、正しい。
正論であり、否定しづらい。
だが、コンコルディア自由共和国の反応は、即座に「是」とはならなかった。
首都から届いた声明は、慎重そのものだった。
「現時点において、共和国領内で
魔王軍の直接的な侵攻は確認されていない」
「過度な軍事的負担は、国内経済と治安を損なう恐れがある」
「協力は前向きに検討するが、
判断は段階的に行う」
拒絶ではない。
しかし、全面的な同調でもない。
――距離を測っている。
共和国の上層部にとって、戦争は数字だった。
物資、流通、税、労働力。
魔王軍という言葉は重いが、それが実感を伴う脅威として迫ってはいない。
「皇国は、焦りすぎだ」
「勇者を呼んだ時点で、引き返せなくなったんだろう」
「こちらまで巻き込まれる必要はない」
そんな声が、議場の外で漏れ聞こえる。
人類のため、という大義は理解している。
だが、それを理由に主導権を握ろうとする皇国の姿勢に、共和国は警戒心を強めていた。
そして、その空気は、ゆっくりと街にも滲んでいく。
ギルド酒場では、冒険者たちが噂話を肴にしていた。
「皇国は前線に立ってるらしいな」
「そりゃ、向こうは大陸の中央だ。
戦場が近い」
「でもよ、こっちは関係あるのか?」
「動員はされてるけど、
実感がねぇんだよな」
言葉の端々に、温度差がある。
危機は共有されている。
だが、切迫感は共有されていない。
「共和国は商いの国だ」
ブロムが、低い声で言った。
「剣より先に、秤を見る。
それが悪いとは言わんが……」
フィーネが続ける。
「皇国は“守る側”として話している。
共和国は“失わない側”として聞いている。
視点が、違うのよ」
カイは、窓の外を見ながら言った。
「距離があると、
どうしても現実感が薄れる。
だからこそ……」
その先は、言葉にしなかった。
レイは、黙って杯を置いた。
街は忙しい。
だが、戦争に向かって一つになる気配はない。
むしろ、皇国から一歩、距離を取ろうとしている。
(……誰かが、そう仕向けている気もする)
理由は分からない。
だが、議論が深まる前に、疑念が広がり、足並みが乱れていく。
誰もが、自分の足元を守ることで精一杯になる。
その結果――
「一致団結」は、ただの言葉として空に浮かぶ。
そしてその隙間に、
静かに、何かが入り込んでいることに、
この時点で気づく者は、ほとんどいなかった。




