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冒険者の記録  作者: ぽんかん
1.はじまり
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3.発現

足が、勝手に動いていた。


恐怖で縫い止められていたはずの体が、

気づけば、あの剣へ向かって一歩を踏み出している。


(……やめろ)


頭の奥で、必死な声が響いていた。

だが、止まらない。


剣から、目が離せなかった。


錆びつき、刃こぼれした、どう見ても古い長剣。

長い年月、使われることもなく放置されていた――そうとしか思えない姿だ。


それなのに。


そこに在るだけで、空気が歪んでいる。

周囲の音が引き延ばされ、遠くで鳴っているように曖昧になる。


背後では、戦いが続いているはずだった。

怒号。金属音。石が砕ける衝撃。


だが、それらすべてが、

膜一枚向こう側の出来事のように感じられた。


赤い目が、こちらを見ている。


いや――剣を見ているのか。

それとも、剣に近づく自分を見ているのか。


判断できない。


ただ、胸の奥が、妙にざわついていた。


(……触るな)


そう思った、その瞬間だった。


指先が、剣の柄に触れた。


――白。


視界が、一瞬で塗り潰される。


次に押し寄せてきたのは、熱だった。


凍りついていた体の内側を、

灼けつくような奔流が一気に駆け抜ける。


血管の一本一本が、内側から焼かれていくような感覚。


息ができない。

声も出ない。


体の奥で、何かが――

長い眠りから、無理やり叩き起こされる。


剣が、脈打った。


手の中で、確かな“鼓動”を感じる。

無機物のはずのそれが、生き物のように震えている。


次の瞬間。


空気が、砕けた。


剣を中心に、見えない壁が音を立てて割れる。

衝撃が波となって広がり、霧の前に張られていた“何か”が、

ガラスのように弾け飛んだ。


赤い目の存在が、初めて動きを止める。


ほんの一瞬。

だが、それまで一切揺らがなかったそれが、確かに静止した。


(……え?)


何が起きたのか、分からない。


ただ、手の中の剣が、

強く、強く光を放っている。


眩しいはずなのに、不思議と目は焼けない。


剣が――

何かを命じている。


そんな錯覚が、脳裏をよぎった。


次の瞬間、体が勝手に動いた。


振ったつもりはない。

力を込めた覚えもない。


だが、剣先がわずかに動いただけで、

圧縮された衝撃が、前方へ解き放たれた。


轟音。


床が抉れ、石柱がへし折れ、

霧の身体が、大きく後退する。


赤い目が、わずかに揺れた。


――初めての後退。


それを目にした瞬間、

全身から、一気に力が抜けた。


剣の光が、急速に弱まっていく。

脈打っていた鼓動が、嘘のように静まり返る。


膝が崩れ、石床に倒れ込む。


呼吸が荒く、視界が揺れる。

指先が痺れ、感覚が遠のいていく。


(……なにが……起きた……)


答えは、どこにもなかった。


剣は、ただの古びた長剣に戻っていた。

光も、震えも、最初から存在しなかったかのように消えている。


赤い目の存在が、こちらを見ている。


今度は、はっきりと。


じっと。

長い時間をかけて、観察するように。


次の瞬間、

霧が、静かに後退を始めた。


攻撃も、威嚇もない。


ただ、溶けるように、闇の中へ消えていく。


やがて、寺院には静寂が戻った。


剣を握ったまま、レイは床に膝をつき、

荒い息を繰り返していた。


背後から、複数の足音が近づいてくる。


守備隊の兵士たちだ。


視線を感じる。


警戒。

疑念。

恐怖。


それは、助けられた人間に向けられる目ではなかった。


――まるで、

危険なものを目にしてしまった者が向ける視線だった。

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