9.街に波及する動員の波
ラグナールの朝は、騒がしかった。
これまでの忙しさとは、質が違う。
人の数が増えている。物資の動きが速い。声が荒い。
「……ずいぶん、様子が変わったな」
城門近くの広場で、レイは足を止めた。
守備隊が常駐し、簡易の詰所が増設されている。街道から流れ込む荷車は増え、逆に、街を出ていく家族連れの姿も目立つ。
「広域動員の影響ね」
フィーネが、周囲を見回しながら言った。
「守備隊が前に出れば、その穴を埋めるために人が動く。
物資が集まれば、街の流れも変わるわ」
「飯の値段も上がってる」
ブロムが、露店を指差す。
「鉄もだ。鍛冶場は大忙しだが、一般向けは後回しだな」
カイは、人混みの中で視線を走らせていた。
「冒険者も増えてる。見ない顔ばかりだ。
ギルドが各地から呼び寄せてるな」
実際、通りには様々な装備の冒険者が行き交っている。
目的地も、滞在期間も、ばらばら。共通しているのは、落ち着きのなさだった。
ギルドに入ると、その空気はさらに濃くなる。
掲示板の依頼は張り替えが追いつかず、受付では順番待ちの列が伸びている。
通常依頼の横に、赤字で書かれた補足が増えていた。
「緊急性あり」
「他地域連携」
「期限厳守」
「……完全に、戦時の動きね」
フィーネが小さく息を吐く。
受付嬢は、疲れを隠さずに説明した。
「街道の封鎖と再開が頻発しています。
難民の受け入れ、物資護送、巡回の増員……
ギルド本部から、しばらくは休みなしで回せと」
「街は大丈夫なのか?」
レイが尋ねる。
「今のところは」
受付嬢は、そう答えたが、言葉を濁した。
「ただ……
“安全だった仕事”が、急に危険になることもあります。
気をつけてください」
ギルドを出ると、鐘の音が鳴った。
臨時の告知だ。
広場に人が集まり、役人が声を張り上げる。
「神皇国より、正式な通達が出た!」
魔王復活への警戒。
街道の規制。
徴用ではないが、協力要請。
言葉は丁寧だが、拒否できる空気ではない。
人々の反応は様々だった。
不安。
怒り。
諦め。
「……英雄がいるんだろ?」
誰かが言う。
「勇者様が、何とかしてくれるんじゃないのか?」
別の誰かが答える。
「それまで、俺たちが耐えろってことだ」
レイは、その会話を聞きながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。
英雄がいるから安心。
だから今は我慢。
だが、街の現実は、英雄の有無に関係なく重くのしかかっている。
(……守るって、こういうことか)
前線ではなく、後方でもない。
その中間で、確実に負担が積み重なっていく。
夕方、宿へ戻る途中、聖堂の前を通りかかる。
扉は開き、人の出入りが増えていた。
祈りを捧げる者、支援を求める者、何かを託す者。
その中に、見覚えのある司祭の姿はなかった。
レイは足を止めず、通り過ぎる。
胸元の水晶は、今日も静かだ。
だが、街全体が、何かに追い立てられるように動いている。
それは、遠い戦争の話ではない。
確実に、この場所にまで届いた“現実”だった。
「……しばらく、楽な仕事はなさそうだな」
レイの言葉に、誰も否定しなかった。




