6.酒場で語られる“公式の物語”
その噂が流れ始めたのは、昼ではなく夜だった。
ギルド酒場。
一日の仕事を終えた冒険者や職人たちが集まり、酒と食事を囲む時間。
情報が、最も無防備に、そして最も正確に漏れ出る場所。
レイたち四人も、いつもの卓に腰を下ろしていた。
「……来たな」
カイが、低く言った。
酒場の奥。
守備隊の兵士と、見慣れない旅装の男たちが話している。
その周囲に、自然と人が集まり始めていた。
「皇国からの正式な通達だそうだ」
誰かが声を張り上げる。
「魔王が復活した」
ざわ、と空気が揺れた。
「場所は大陸最北端。
エルフ王国のさらに北――封印域と呼ばれていた土地だ」
「魔族が旗揚げを行い、
すでに軍勢を整えつつあるらしい」
フィーネが、無意識に背筋を伸ばす。
「……魔王」
物語の中の存在。
だが、ここ最近の出来事を思い返せば、ただの空想とも言い切れない。
話は続く。
「神皇国は、これを重大な脅威と判断。
人類を守るため、勇者を召喚した」
「勇者?例の勇者様か?」
ブロムが眉をひそめる。
「本物の、か?」
「そうだ。異界より招かれた、選ばれし存在だと」
酒場のあちこちで、どよめきが広がる。
「つまり……」
カイが、言葉を選びながら呟いた。
「魔王が現れたから、勇者を呼んだ。
そういう話、ってことか」
「ええ」
フィーネが、静かに頷く。
「公式には、そう」
レイは、黙って話を聞いていた。
魔王復活。
勇者召喚。
人類を守るための、正当な対応。
どれも、筋は通っている。
少なくとも――酒場で語られる分には。
だが。
それでも、胸の奥に、微かな違和感が残る。
最近の魔物の動き。
遺跡や古い装置の周辺での異変。
統制された行動。
まるで、何かが始まることを知っていたかのような。
「まあ、勇者様がいるなら安心だろ」
誰かが笑う。
「魔王だろうが何だろうが、
英雄が倒してくれるさ」
「俺たち冒険者は、後方支援だな」
軽口が飛び交い、酒場は徐々にいつもの賑わいを取り戻していく。
ブロムが、ジョッキを置いた。
「……話としては、分かりやすいな」
「ええ」
フィーネも、同意するように言う。
「分かりやすすぎる、気もするけど」
カイが、視線を落としたまま続けた。
「公式発表ってのは、
だいたい“都合のいい部分だけ”を並べるもんだ」
誰も、反論しなかった。
レイは、胸元に手を当てる。
例の水晶は、静かにそこにあった。
何の反応もない。
熱もない。
それでも――
世界が、大きく舵を切ったことだけは、はっきりと分かった。
「……俺たちは」
レイが、ぽつりと言う。
「当分、忙しくなりそうだな」
「違いないわね」
フィーネが答える。
「魔王だの勇者だの、
そんな話が出てくる時代は、
いつも、冒険者の出番が増えるもの」
それが、英雄譚の前触れなのか。
それとも、別の何かなのか。
今は、まだ分からない。




