4.酒場に流れる噂
ギルド酒場は、いつもより少し騒がしかった。
夕刻。依頼帰りの冒険者や、守備隊の非番兵が集まり、酒と飯を囲んでいる。笑い声もあるが、それ以上に、低く抑えた話し声が目立っていた。
レイは、いつもの卓に腰を下ろす。向かいにはカイ、隣にフィーネ、少し遅れてブロムが木製のジョッキを持ってきた。
「なんだか、落ち着かない雰囲気だな」
ブロムが顎で周囲を示す。
「噂、聞いた?」
フィーネが小声で切り出した。彼女は耳がいい。情報も早い。
「聖騎士団が、魔物とやり合ったらしいわ。それも……結構な規模で」
「へえ?」
カイが眉を上げる。
「ラグナールの近く?」
「いいえ。南の街道沿い。それと、北の方でも似た話が出てるって」
レイは、自然と身を乗り出していた。
「魔物相手に、聖騎士団が?」
「そう。しかもね……ただの討伐じゃないの」
フィーネは言葉を選ぶように、一拍置く。
「魔物たちが、統制を取って動いていたって」
その言葉に、卓の空気が変わった。
魔物は、基本的に本能で動く。群れることはあっても、役割分担をし、連携して戦うことはほとんどない。
「……珍しい、どころじゃないな」
ブロムが唸る。
「騎士団側も被害が出たらしいわ。だから、表には出してないみたいだけど」
「周辺国でも、似たような話がある」
カイが続けた。彼は情報屋気質だ。
「騎士団と魔物が衝突した、とか。街道が一時封鎖された、とか。点で見れば小さいけど……線にすると、妙だ」
レイは、ジョッキを持つ手を止めた。
(……また、か)
大森林。
古代の装置。
動きを止めたゴーレム。
街道での牙狼。
そして――魔物の“目的”。
頭の中で、断片が静かにつながりかける。
「何かが、起きてる」
ぽつりと、レイが言った。
誰も否定しなかった。
「大事になる前触れ、ってやつかしら」
フィーネの声は、いつもより硬い。
「俺たちみたいな冒険者が、どうこうできる話じゃねえかもしれんが……」
ブロムはそう言いながらも、表情は険しい。
「でも、巻き込まれる可能性はある」
カイが言った。
「むしろ、もう巻き込まれ始めてるかもな」
その言葉に、レイは胸の内ポケットにある水晶を思い出した。
まだ何も起きていない。
だが、確実に、何かが近づいている。
「……用心しよう」
レイはそう言って、ジョッキを口に運んだ。
酒の味は、いつもと変わらない。
それが、かえって不安だった。
世界は、静かな顔をしたまま、確実に歯車を回し始めている。
それを、彼らはまだ――
正しく理解してはいなかった。




