3.違和感
街道警備の依頼から、数日が過ぎていた。
ラグナールの街は、いつも通りの顔をしている。朝は農民が門を出て、昼には鍛冶場から槌の音が響き、夕方には酒場が賑わう。大森林の事件や、北方での出来事が、街の表面を変えることはない。
――だが、レイの内側では、わずかな違和感が残り続けていた。
胸の内ポケットに入れた、小さな水晶。
商人から受け取ったそれを、レイは「鍵」とも「遺物」とも認識していない。ただの装飾品だ。見た目は綺麗だが、価値があるようにも見えない。
それでも、手放す気にはなれなかった。
夜、宿の自室で剣を磨きながら、ふと水晶を取り出す。
淡い光を反射するだけで、何も起きない。熱も、鼓動もない。
「……気のせい、か」
そう呟いて、指先で転がす。
だが、ほんの一瞬――胸の奥が、微かに脈打った気がした。
翌日。
ギルドで依頼を確認した帰り、レイは何気なく聖堂の前を通った。扉が開いており、中から聞き慣れた声がする。
「おや、レイさん」
司祭ルシオ・エヴァンスだった。穏やかな笑みで近づいてくる。
軽く言葉を交わす。世間話の延長だ。だが、ルシオの視線が、一瞬だけ、レイの胸元へ向いた。
「……それは?」
「これですか?」
無意識に、水晶を取り出していた。
「街道で、商人からもらっただけです。装飾品みたいなもので」
ルシオは、少しだけ間を置いてから頷いた。
「なるほど……。珍しい形ですね」
手を伸ばしかけ――しかし、触れない。
「お守りのようなもの、でしょうか」
「そんなところです」
それ以上、話題は広がらなかった。
司祭は特別な反応を見せない。水晶も、沈黙したままだ。
だが、別れ際、ルシオはこう言った。
「もし、何か体調の変化などがあれば、遠慮なく相談してください」
それは、気遣いの言葉にしか聞こえなかった。
その夜。
レイは久しぶりに、夢を見た。
――白い空間。
声はない。映像も曖昧だ。
だが、遠くで、何かが起動するような感覚だけがあった。
目が覚めると、汗をかいていた。
「……また、か」
最近、眠りが浅い。だが、疲労感はない。むしろ、体は軽い。
翌日、簡単な討伐依頼に出た際も、異変は続いた。
魔物の動きが、どこか“こちらを測る”ように感じられる。気のせいだと言い聞かせても、視線が合う瞬間が、増えている。
「……考えすぎだな」
剣を振り、依頼を終える。
鍵は、沈黙したままだ。
何も起きない。
何も、分からない。
それでも。
胸の奥で、確かに何かが“待っている”。
レイは、それに名前をつけることもできず、ただ日常へと戻っていった。




