2.街道警備
郊外の街道は、思っていたよりも静かだった。
ラグナールから伸びる南西の街道。農村と集落を結ぶ交易路で、商人の往来も多い。だが最近、この辺りでは魔物の目撃が相次いでいる。単独警備の依頼が出された理由も、そこにあった。
「……一人、か」
レイは小さく息を吐き、剣の柄に手をかける。仲間と組んでの仕事には慣れてきたが、単独行動はまだ心許ない。
(無理はしない。危険なら、引く)
アレインの言葉を思い出しながら、慎重に歩を進めた。
そのとき――
街道の先から、馬の悲鳴と金属音が響いた。
「……っ!」
即座に身を伏せ、木立の陰から様子を窺う。
街道の曲がり角。その先で、商人の荷馬車が横倒しになっていた。御者は地面に伏せ、必死に後退している。そして、その周囲には――倒れた冒険者が二人。
革鎧は裂け、血に染まっている。意識はあるようだが、深手だ。
(護衛……ついてたのか)
その前に立ちはだかるのは、中級魔物――牙狼種が二体。鋭い牙を剥き、低く唸りながら、執拗に荷台へと迫っている。
奇妙だった。
人間ではない。馬でもない。
魔物の視線は、荷台の中身に向いている。
「今、行くしかない」
レイは剣を抜き、木立を飛び出した。
「離れろ!」
叫び声と同時に、魔物の一体が振り向く。だが躊躇は一瞬だった。牙狼は即座に距離を詰め、鋭い爪を振るってくる。
剣で受ける。衝撃が腕に走り、痺れが広がる。
(重い……!)
体勢を崩され、後退。地面を転がりながら立ち上がると、もう一体が側面から回り込んでいた。
二体同時。正面からは無理だ。
レイは街道の中央へと走り、背後を岩場と馬車で塞ぐ。位置取りを変え、動線を限定する。
一体目が飛びかかる。
半歩引き、剣を流す。
牙が空を切った瞬間、脇腹へ斬り込む。血が噴き、魔物が悲鳴を上げる。
だが、倒れない。
反撃の爪が肩をかすめ、革鎧が裂ける。痛みが走るが、動ける。身体の奥がじわりと熱を持ち、傷の感覚が鈍る。
(……まだ、いける)
二体目が背後から襲う。
レイは踏み込み、剣を地面に突き立てるようにして体を回転させた。
刃が首元を捉える。
一体が倒れる。残る一体が吠え、最後の突進を仕掛けてくる。
息が荒い。腕が重い。
それでも、レイは正面から踏み込んだ。
真正面――だが、狙いは下。
顎の下を切り裂く一撃。
牙狼は勢いのまま倒れ伏し、動かなくなった。
静寂。
剣を下ろした瞬間、膝が震えた。全身が痛む。それでも、立っている。
「……はあ……」
「た、助かりました……!」
商人が駆け寄ってくる。その背後で、倒れていた二人の冒険者がうめき声を上げた。
「護衛が……やられたんです。突然、魔物が……」
「生きてるな」
レイは二人の様子を確認し、応急処置だけ施す。深手だが、命に別状はない。
「何を狙われてた?」
そう問いかけると、商人は首を振った。
「分かりません……。荷はいつも通りですし……」
レイは荷台を見た。視線が、布の隙間から覗く小さな光に引き寄せられる。
「……これ、は?」
布をめくると、小さな水晶のアクセサリが現れた。指輪ほどの大きさの結晶。淡く、澄んだ光を反射している。
「それですか? 街で仕入れた装飾品ですよ。まさか、そんなものを……」
商人は本気で気づいていなかった様子だった。
だが、レイは違和感を覚えていた。
水晶に近づいた瞬間、胸の奥が微かに反応した。熱というほどではない。だが、確かに“触れた”。
それを見ていた商人が、少し考え込み――やがて、水晶を差し出した。
「……そんなに気になるなら、持っていってください」
「え?」
「命を救ってもらった礼です。それに、こんなものが原因で、また襲われるのも……」
気楽な口調だった。価値を理解していないがゆえの判断。
レイは一瞬迷い、それから受け取った。
「……ありがとうございます」
手にした水晶は、ただの装飾品にしか見えない。だが、直感が告げていた。
これは――普通のものじゃない。




