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冒険者の記録  作者: ぽんかん
1.はじまり
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2.異質な影

――音がした。


風の音ではない。

獣の足音でもない。


金属が擦れ合う、乾いた音。

一定の間隔で刻まれる、複数の足音だった。


レイは反射的に、最も太い柱の影へ身を寄せた。

心臓が、耳の奥でうるさいほど鳴り始める。


(……誰か、来ている)


そう思った直後、寺院の空気が変わった。


冷たい。

先ほどまでとは質の違う、刺すような冷たさが、肌を這い上がってくる。


背中を、ぞわりとした感覚が走った。


――見られている。


理由は分からない。

だが、確信に近い感覚があった。


寺院の中心、暗がりの奥。

そこに、影が生まれる。


最初は霧のようだった。

床から立ち昇る淡い靄が、ゆっくりと集まり、やがて人の形を取る。


……人、なのか?


異様に背が高く、肩幅が広い。

四肢の配置は人に似ているのに、どこか比率が狂っている。


そして――音がない。


床に立っているはずなのに、足音がしない。

ただそこに“在る”だけで、周囲の空気が押し潰されていく。


赤い光が、闇の中で灯った。


目だ。


感情の読み取れない、無機質な赤。

それが、寺院全体を静かに見渡している。


レイは息を止めた。


(……逃げないと)


頭では分かっている。

だが、体が応えない。


足が、石床に縫い付けられたかのように動かなかった。


本能が、はっきりと告げていた。


――これは、近づいてはいけない。


その瞬間だった。


轟音。


寺院の入口が、分厚い石壁ごと破壊され、外の光がなだれ込む。

砕けた石片が雨のように降り、床を跳ねた。


「止まれ!」


鋭い声が響く。


「守備隊だ! 動くな!」


松明の火が次々と灯され、闇が押し返される。

鎧に身を包んだ兵士たちが、統制の取れた動きで突入してきた。


槍、盾、弓。

誰一人、無駄な動きはない。


先頭に立つ剣士の男が、迷いなく剣を抜いた。

その視線は、赤い目の存在から一瞬も逸れていない。


次の瞬間、戦いが始まった。


合図と同時に、矢が放たれる。

空気を裂く音が重なり、数本の矢が一直線に飛ぶ。


だが――届かない。


影の手前で、何かに弾かれたように軌道を逸らし、床に散った。

虚しく、金属音だけが響く。


槍兵が踏み込む。

盾を前に出し、陣形を崩さぬまま距離を詰める。


――次の瞬間。


空気が歪んだ。


衝撃が走り、盾ごと兵士たちが吹き飛ばされる。

重たい鎧が石床に叩きつけられ、鈍い音が反響した。


「後退するな! 陣形を維持しろ!」


剣士の声が飛ぶ。


兵士たちは歯を食いしばり、必死に立て直す。

だが、赤い目の存在は、ゆっくりと一歩を踏み出した。


それだけで、柱が軋む。


見えない圧力が広がり、床が震え、壁に亀裂が走る。


(……巻き込まれる……!)


レイは必死に這い、崩れかけた柱の影へ身を滑り込ませた。

だが、衝撃が走るたび、体が浮き、叩きつけられる。


肩を打ち、息が詰まった。


魔物でも、災害でもない。


これは――

触れてはいけない、何かだ。


そのとき。


凄まじい衝撃とともに、目の前の石壁が崩壊した。


瓦礫が舞い、隠されていた奥の空間が露わになる。


そして、そこに――あった。


一本の剣。


錆びつき、刃こぼれすら目立つ、古ぼけた長剣。

だが、ただ古いだけではない。


柄から刃にかけて、意味の分からない刻印が走っている。

それは、先ほどまでレイを包んでいた石の箱と、まったく同じ文様だった。


淡い光が、剣の内側から滲み出ているように見える。

周囲の空気が、微かに震えている。


理由は分からない。


だが――

あれは、触れてはいけないものだ。


そう、強く感じた。


赤い目が、その剣へと向いた。


次の瞬間、

なぜかレイ自身も、その剣から目を離せなくなっていた。


恐怖と、説明のつかない引力。


相反する感情に引き裂かれながら、

レイの足は、無意識のうちに一歩を踏み出していた。

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