12.交わらぬもの
大森林での事件は、一つの町――ラグナールだけに留まらなかった。
聖騎士隊長が重傷を負い、正体不明の敵性存在が姿を現した。その事実は、共和国騎士団本部へ即座に報告され、やがて周辺国にも伝わっていく。
かつて太古の昔、人類は手を取り合い、「魔族」と呼ばれる存在と戦ったという。多くの血を流し、多くを失い、それでもどうにか滅ぼした――歴史書はそう記している。
だが今、人類の国々は互いに剣を向け合っていた。
利権、領土、宗教、思想。
共闘など、遠い過去の物語でしかない。
だからこそ、誰もが敏感になっていた。
「もし、あれが本当に――」
その言葉は、どの国でも途中で途切れる。
確証のない疑念と、不安だけが、静かに世界へ広がっていった。
一方で、レイは黙々とクエストをこなしていた。
派手さのない仕事ばかりだ。
魔物討伐、街道の護衛、倉庫の警備。
だが、一つ一つを確実に。
仲間と連携し、無理をせず、生きて帰る。
その積み重ねが評価され、レイは正式に初級冒険者へと昇格した。
装備も一新した。
安価だが体格に合った剣。
補修された革鎧と、最低限の防具。
ようやく、「冒険者」と名乗って違和感のない姿になった。
危険度の低い依頼だけでなく、やや難度の高い討伐も受けられるようになった頃、今回の依頼が提示された。
「聖堂からの依頼です」
ギルドの受付嬢が淡々と説明する。
北方の地方都市にある聖堂会へ、重要書類を届ける任務。街道は整備されているが、途中で峠を越える必要がある。
「最近、山賊が出るという噂があります」
危険度は中程度。
レイは仲間たちを見回した。
鳥人の斥候、カイ。
エルフの魔導士、フィーネ。
ドワーフの戦士、ブロム。
自然と行動を共にするようになった顔ぶれだ。
「行こう」
短い言葉に、全員が頷いた。
峠道は噂通り険しかった。
視界は悪く、岩場が多い。
風の音に足音が紛れる。
「……来る」
カイが低く告げる。
次の瞬間、岩陰から数人の男が躍り出た。
剣、短剣、弓。
明らかに山賊だ。
「荷を置け! 命までは取らねえ!」
叫び声。だが、交渉の余地はなかった。
戦闘が始まる。
魔物とは違う。
叫び、怯み、逃げようとする。
――人間だ。
レイの剣が、一人の盗賊を捉える。
躊躇いが、一瞬の遅れを生んだ。
だが、次の攻撃が迫る。
反射的に剣を振る。
肉を裂く感触。
温かい血。
盗賊が呻き声を上げ、崩れ落ちた。
息が詰まり、足が止まりかける。
「見るな!」
ブロムの怒声。
「生きるか、死ぬかだ!」
「今だ、レイ!」
カイの矢が、別の敵を牽制する。
レイは歯を食いしばった。
――終わらせる。
剣を握り直し、前へ出る。
戦いは長くは続かなかった。
数で劣る盗賊たちは倒れ、最後の一人も逃げきれず地に伏した。
静寂。
血の匂い。
レイは震える手で剣を下ろす。
倒れた盗賊たちを調べ、彼らが隣国から流れてきた戦争難民だと知る。
家を失い、土地を追われ、食う手段もない。
この国に辿り着いたが、職にも就けず――盗賊になった。
「……同情はする」
ブロムが低く言う。
「だが、やったことは消えねぇ」
フィーネも目を伏せたまま頷いた。
「選べなかった人も、いるけど……」
それ以上、誰も言葉を続けなかった。
レイは倒れた盗賊を見下ろす。
胸の奥に、重たいものが沈む。
罪は罪だ。
討伐は正しかった。
それでも――
自分は、人を斬った。
その事実は消えない。
峠を越え、北の都市へ向かう途中。
レイは空を見上げた。
世界は、思っていたよりも歪んでいる。
冒険者になっただけでは、割り切れない。
それでも、歩くしかない。




