(幕間)観測と仮説
静寂に満ちた円形の部屋。
高い天井には、星図のような意匠が描かれ、
壁面には古い聖句と幾何学文様が刻まれている。
中央の席に座る男――
世界調和聖教会・大司祭は、
一枚の報告書を静かに読み終えた。
「……なるほど」
声は低く、抑制されている。
ラグナール近郊、大森林での事件。
聖騎士隊の損害。
奪われた聖遺物。
そして――
一人の冒険者の存在。
報告書には、
名も、肩書きも、簡素にしか記されていない。
――発現反応を確認
――ただし、再現性なし
――平常時、反応なし
大司祭は、ゆっくりと目を閉じた。
「過去の記録と……近しい」
そう呟く。
かつて残された膨大な記録の中に、
同様の事例が、確かに存在していた。
共通点は明確だ。
・平時には沈黙
・極限状態においてのみ反応
・個体の内部状態に強く依存
「権限の恒常保持ではない……」
「条件付き反応」
そう結論づけ、
指先で卓上を軽く叩く。
予想外ではある。
だが、失望するほどではない。
――むしろ。
「……イレギュラーだな」
待ち望んでいた存在かもしれない。
だが、確定には至らない。
過去にも、「可能性」を示した個体は存在した。
結果は、すべて同じだった。
失敗。
破綻。
観測不能。
だからこそ、ここで感情を動かすのは早すぎる。
「接触は不要」
「介入も不要」
淡々と、判断を下す。
必要なのは――
観測。
「適度な圧力を与えよ」
傍らに控える影が、無言で頷く。
「排除ではない」
「成長でもない」
「反応を、見るだけだ」
対象が危機に陥ったとき、何が起きるのか。
どの程度、持続するのか。
どこまで耐えられるのか。
「……もし」
大司祭は、
一瞬だけ視線を上げた。
「もし、本当に“近しい”のであれば」
その先の言葉は、口にしなかった。
必要はない。
まだ――
喜ぶ段階ではない。
報告書を閉じ、大司祭は席を立つ。
円形の部屋に、再び静寂が戻った。
遠く離れた辺境の町で、
一人の冒険者が剣を振っていることなど、
誰も知らない。
だが。
その動き一つ一つが、
確かに――
観測され始めていた。




