11.帰還と爪痕
エピソードを追記しました。
ラグナールへ辿り着いたのは、
空が茜色から夜へ沈み始めた頃だった。
東門をくぐる隊列は、
出発時よりも、はっきりと人数が減っている。
誰も、声を出さない。
担架の上で、
聖騎士隊長ガルム・レオンハルトが
かすかな呼吸を、断続的に繰り返していた。
白銀の鎧は砕け、
血と土に汚れている。
「急げ!
治療室を空けろ!」
守備隊の怒号が飛ぶ。
聖騎士たちは無言のまま、
担架を囲み、まるで儀礼のように足並みを揃えた。
その後ろを歩きながら、
レイは、ただ拳を握り締めていた。
(……守れなかった)
黒い影の前で、
自分は確かに剣を構えていた。
逃げなかった。
だが――
剣は、何一つ届かなかった。
あの場で動いたのは、
自分ではない。
胸を焼いた、
説明のつかない“何か”だけだ。
詰め所に戻ると、
すぐに簡単な聞き取りが始まった。
守備隊。
冒険者ギルドの代表。
そして、
聖堂の関係者。
狭い部屋に、
言葉よりも重い沈黙が沈殿する。
「確認する」
守備隊長アレインが口を開いた。
「聖遺物は奪取された。
敵性存在は撤退」
感情を挟まず、事実だけを積み上げる口調だった。
「こちらの損害は、
死亡者名。
重傷者一名。
軽傷者、複数」
勝利、という言葉は、どこにもなかった。
「敵の正体は?」
誰かが尋ねる。
「断定できない」
アレインは首を振る。
「だが、
古い記録にある存在と、
共通点は多い」
空気が、僅かにざわつく。
魔族――
その言葉は、誰の喉元にも引っかかったまま、
結局、口にされなかった。
聖堂側の代表が、
一歩前へ出た。
「憶測で混乱を招くのは、
本意ではありません」
柔らかな物言い。
だが、線を引くような距離感があった。
話は、そこで終わった。
詰め所を出たあと、
レイは一人、
町外れまで歩いていた。
夕暮れの空。
東の森が、
まるで傷口のように赤黒く沈んで見える。
(……俺は、何者なんだ)
答えはない。
遺物は奪われ、
剣を握った自分は、
ただの新人冒険者に過ぎない。
「どうやら落ち込んでるような顔じゃないな」
背後から、声。
振り返ると、
アレインが立っていた。
「今回の件で、
お前を責める者はいない」
「お前は生きて戻った。
それがすべてだ」
だが、
レイは首を横に振った。
「……何も、できませんでした」
アレインは、
ほんの一瞬だけ、視線を伏せる。
「そうか」
一拍置き、
静かに言葉を続けた。
「だがな、レイ。
あれはただの調査任務だった」
「聖遺物が眠っていたのは、
完全に想定外だ」
「お前が気に病むことじゃない」
その声音には、
慰めでも叱責でもない、
現実を知る者の重みがあった。
「“できなかった”と分かるのは、
生き延びた者だけだ」
「死んでいたら、
悔いることすらできん」
言葉は厳しい。
だが、拒絶ではない。
レイは、
静かに息を吸った。
「……それでも」
「俺は、
強くなりたいです」
アレインは、
短く頷いた。
「なら、
その覚悟を無駄にするな」
その夜。
ギルド直営の安宿で、
レイは天井を見つめていた。
胸の奥に残る、
消えない熱。
意味は分からない。
理由も分からない。
だが――
確かに、あの瞬間から何かが変わっている。
「何者でもない冒険者、か……」
小さく、呟く。
それでいい。




