1.目覚め
冷たい。
それが、最初に意識に浮かんだ感覚だった。
五感を通り越し、魂の底を直接なぞられるような、逃れようのない冷たさ。
背中に触れている石が、じわじわと体温を奪っていく。凍える痛みではない。生命を維持するための何かが、すでに役目を終えたあとに残る、静かで不可逆な冷えだった。その感覚が、湿り気を帯びて体の芯へと沈み込んでいく。
息を吸うと、肺の奥がひりついた。
湿った空気。土の匂い。
そして、数万年という時間が凝り固まったかのような苔の匂い。――文明がここから去って以来、長いあいだ誰の足音も届かなかった場所の匂いだ。
「……っ……」
喉から、獣の呻きにも似た、かすれた音が漏れる。
それが自分の声だと理解するまで、ほんの一瞬の空白があった。
ゆっくりと、目を開ける。
視界は白い光に滲んでいた。
まるで、光そのものから切り離された世界。何度か瞬きをするうちに、ぼやけた輪郭が次第に硬さを帯び、像を結び始める。
高い天井。
巨大な石材を積み上げたアーチが連なり、無数の深い亀裂が走っている。その姿は、石の建造物というより、巨大な機械の骨格のようだった。隙間から垂れ下がる蔦が、ほとんど風もないのに、微かに揺れている。
(……ここは……どこだ?)
体を起こそうとして、思わず歯を食いしばった。
関節が軋み、筋肉が思うように応えない。まるで何十年、あるいは何世紀ものあいだ、凍結されたまま放置されていたかのような、悍ましい違和感が全身にまとわりつく。
視線を下げる。
自分が横たわっていたのは、石で作られた細長い箱だった。
棺――
そうとしか呼べない。
縁には、奇妙でありながら完璧な幾何学模様の刻印が幾重にも走っている。装飾にしては整いすぎ、記号にしては意味を拒んでいる。だが、直感的に理解できた。これは単なる模様ではない。高い権限を示す何か、神話時代の“鍵”のようなものだ。目を離せば、取り返しのつかない何かを失う――そんな感覚があった。
(……眠っていた? それとも、閉じ込められていた?)
考えようとした瞬間、思考が白い靄に沈む。
思い出せない。
ここへ至るまでの記憶が、人生そのものが、丸ごと抜け落ちている。昨日も、今日も、誰と生き、何をしてきたのか。何一つ、掴めない。
(……名前……)
暗闇の中を、必死に手探りする。
やがて、小さく、しかし確かな光に触れた。
「……レイ」
それだけは分かる。
それが、俺の名前だ。
棺の縁から這い出し、石床に足をつける。
鋭い冷たさが、はっきりと脳を貫いた。
(……夢、なのか?)
だが、背中に残る石の感触が、即座にそれを否定する。吐いた息は、すぐさま冷たくなって肺へと戻ってくる。
(……違う)
夢にしては、あまりにも生々しい。
匂いも、空気の重さも、冷酷なまでに現実だった。
周囲を見回す。
崩れかけた巨柱。
床に散らばる石片。
壁一面に刻まれた、意味は分からないが、明らかに高度な技術を感じさせる文様。
神殿。
あるいは、何かの遺跡。
理由は分からない。
だが、そうだと理解できた。
まるで魂そのものが、この場所の正体を知っているかのように。




