勝負は必然、勝者には栄光を、敗者にはレクイエムを
朝の教室は、まだ肌寒い空気が漂っていた。春斗はいつものように早めに登校し、席に荷物を置いて読書の準備をする。
(新しい小説の発売、今日だっけ……)
そんなことを考えていると――
「おはよう! 春斗!」
勢いよく教室に飛び込んできたゆいが、当然のように春斗の隣へドスンと座った。
「素晴らしい武勇伝があるんだ。聞いて驚くなよ!」
「猫と喧嘩して負けたのか?」
「そんなわけなかろう!」
ゆいがさらに何か言おうとしたところで、教室の扉が開く。
立っていたのは――藤原茜。
昨日まで休んでいたせいで久しぶりに見る。その姿は、明るい茶色の髪を軽く巻いた、少しギャル寄りの雰囲気。でもどこか落ち着いていて、大人っぽさが漂っていた。
茜の視線が、春斗の隣に座るゆいに吸い寄せられる。
「…………誰?」
静かな声。けれどその奥にじんわり刺さるものがある。
「我は高橋ゆい! この世界を救わんとする救世主だ!」
「え〜っと、最近転校してきたやつだよ」
春斗が補足するが、茜の視線は微動だにしない。
(……あれ? なんかめっちゃ怒ってない?)
茜が春斗達に近づいてくる。
「春斗くん。私の席、そこだよね?」
「……うん。本来は」
ゆいを見下ろしながら、茜はきっぱりと言う。
「そこの子、なんで春斗くんの隣に座ってるの?」
「ふふん、それは――」
「えーっと……色々あってさ」
説明しようとした時、先生が入ってきた。
「あ、茜さん今日から登校できるんですね。ゆいさんがそこの席に座りたいと言っているので、当人同士で仲良く決めてくださいね。揉めないように」
(絶対揉めるだろ……)
茜が静かに言った。
「そこ、元々私の席なの。退いてくれる?」
「いいだろう。しかしタダで退くわけにはいかない。我を倒せるのなら退いてやろう!」
声高々に宣言をする。
「我と勝負だ!!」
◇◆◇
三人は机を合わせて座った。
茜は静かにカードをシャッシャッと切る。手つきが妙に慣れていて、春斗は少し驚く。
「勝負はババ抜きでいいよね」「ふふっ……この我を相手にすることを後悔するがいい!」
ゆいはやたら堂々としていて、ポーズをとる。
カードが配られ、それぞれが揃ったカードを捨てていく。その中で、ひとりだけ挙動不審な人物がいた。
ゆいだ。
手が震え、目が泳ぎ、呼吸が荒い。顔は“バレてないと思っているが全然隠しきれていない”という典型的な表情。
(ゆい……絶対ジョーカー持ってるな)
茜は思わず口元を押さえて俯いた。肩が小さく震えている。笑いをこらえているのが、誰の目から見ても丸わかりだった。
1ターン目
引くのは茜。
茜がゆいの手札に指を近づけると――
「っ……!」
ゆいの眉がぴくっと跳ね、顔が曇る。茜は少しだけ指をずらす。 「……っ」
ゆいの表情がほんの少し和らぐ。さらに別のカードへずらすと―― 「……んっん」
満面の笑顔。
(ゆい……わかりやすすぎないか)
茜は、しばらくゆいの表情を観察し、ゆっくりと“ゆいが一番嬉しそうにしているカード”を引いた。
茜はじっとカードを見つめて、静かに小さく息をつく。
「ふふん! 勝利の女神は我に微笑んでいるようだな!」
(微笑んでるのはゆいの表情の変化を見た茜だけだと思う)
春斗はそう思ったが言わなかった。
「上がった」
春斗は淡々とカードを捨てて離脱した。
「逃げたな春斗!」
「別に」
とうとう茜とゆいの一騎打ちになった。
茜がゆいのカードへ指を伸ばすたび、ゆいの表情が目に見えてコロコロ変わる。
泣きそうな顔をしたかと思えば、急に悟ったような表情になる。次の瞬間には険しくなり、かと思えば満面の笑顔、間違いなくジョーカー。最後は、どうしていいか分からないような困り顔。
春斗は、一周するたびに、
(もはや心理戦じゃなくて表情の答え合わせだろ……)
と読書を諦めて眺めていた。
茜は、引こうとするカードのたびに数秒ゆいを見つめてはカードを変える。ゆいの顔が分かりやすいほど、茜の指は迷い続ける。
終盤。
机の上には、茜が二枚、ゆいが一枚。
ゆいは胸を張っていたが、さっきまでとは明らかに様子が違った。さっきまで大げさに動いていた表情が、ぴたりと止まっている。
(……あれ?)
春斗は違和感に気づく。
「さあ、選んで。救世主」
茜がカードを差し出す。
ゆいは、珍しくすぐには手を伸ばさなかった。じっと茜の手元を見る。視線が、カードの端から端へ、ゆっくり移動する。
雰囲気の違うゆいに春斗は思わず姿勢を正した。
ゆいは一度、深呼吸する。
「……ふふ」
小さく笑った。
「見えたぞ」
そう言って、ゆいは迷いなく一枚を引き抜いた。
一瞬の静寂。
ゆいがカードを確認し――
「っしゃあああ!!」
勢いよく立ち上がる。
「勝利!! 我、完全勝利!!やはり勝利の女神は我に微笑んでいたようだ!!」
机の上に置かれたカードは、ジョーカーではない、普通の数字カードだった。
残された一枚。
茜の手元に、ジョーカーが静かに残る。
「……参りました」
茜はそう言って、肩をすくめる。ゆいは胸を張り、茜に指を突きつける。
「どうだ茜! 我の常闇の眼からは逃れられぬのだ!」
「すごいね、ゆいちゃん。ほんとに」
茜は素直にそう言って、ゆいの手をぎゅっと握る。
その瞬間。
「えっ、え、ちょ、まっ……!?」
ゆいの顔が、一気に赤くなる。
「な、なななな……なにをするかっ!!」
「今後ともよろしくね」
ゆいの手を握り締めて大きく振り始める。席そっちのけで仲良くなる二人を、春斗は静かに読書しながら眺めていた。
◇◆◇
「お腹すいた。学食行かない?」
「ああもちろん、 勝者の祝福タイムだ!」
三人は学食へ向かった。
ゆいはメニューを見て目を輝かせる。
「見よ春斗! 唐揚げが神々しい光を放っている!」
「じゃあ、食べていいんじゃないか」
席に着き、それぞれのご飯が目の前に並ぶと――
「うむっ! この唐揚げ、天が与えし祝福ッ!」
「ゆいちゃん、ちょっと大げさ……でも美味しそう」
「食べるか茜! 我の祝福を分けてやろう!」
差し出された唐揚げを茜は受け取り、小さくかじる。
「……美味しい。というか、ゆいちゃんのテンションにつられてさらに美味しい」
「ふふん! 我の力、恐るべしだろう!」
春斗はその横でうどんを啜る。
「なぁ、茜。さっきのババ抜き、わざとババ引いてたよな」
「そうなんだよ。でも、あんな顔見たら、他のカード引けなくって」
「あぁ、そうだな」
食べ終わる頃には、茜の表情が少し柔らかくなっていた。
「ねえゆいちゃん、思ってたより……可愛い」
「なっ!? か、可愛いと……我が……!?」
「ほんと可愛いよ。うん」
ゆいは耳まで真っ赤になった。
◇◆◇
帰り道。三人の影が並ぶ。
「茜、今日は我が勝者だ」
「うん、そうだね」
「だが! 春斗は我の仲間だ! 譲らん!」
「別に取り合ってるわけじゃないから」
茜はゆいに優しく笑う。
「ゆいちゃん、ほんと可愛いね」
「ぬおおおお!? 春斗ぉ!! また茜が我を可愛いと言ったぞ!!」
「叫ぶな!!」
春斗が忘れ物に気づき、二人と別れる。
しばらく歩くと、茜がふっと真面目な声になる。
「ねぇゆいちゃんは、春斗くんのことどこまで知ってるの?」
「どこまでって……?」
ゆいの表情が曇り、茜は柔らかく続けた。
「責めてるんじゃなくてね。春斗くん、一年の頃から最近まで、ほとんど誰とも話さない感じだったんだよ」
茜は微笑む。
「だから……春斗くんの隣にいてくれて、ありがとう」
「当然だろ。我の友なんだから。あ、もちろん茜も」
少しの間沈黙が続く。
「あぁ〜もう、なんでこんな可愛いの」
茜が抱きつき、ゆいが慌てて剥がそうとする。
「何をするんだ。我には大切な使命があるんだ」
「使命より大切なものもあるんだよ〜!」
夕日に背を押されるように、来た道を二人は楽しげに走っていった。




