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3/3

勝負は必然、勝者には栄光を、敗者にはレクイエムを

朝の教室は、まだ肌寒い空気が漂っていた。春斗はいつものように早めに登校し、席に荷物を置いて読書の準備をする。


(新しい小説の発売、今日だっけ……)


 そんなことを考えていると――


「おはよう! 春斗!」


 勢いよく教室に飛び込んできたゆいが、当然のように春斗の隣へドスンと座った。


「素晴らしい武勇伝があるんだ。聞いて驚くなよ!」

「猫と喧嘩して負けたのか?」

「そんなわけなかろう!」


 ゆいがさらに何か言おうとしたところで、教室の扉が開く。


 立っていたのは――藤原茜。


 昨日まで休んでいたせいで久しぶりに見る。その姿は、明るい茶色の髪を軽く巻いた、少しギャル寄りの雰囲気。でもどこか落ち着いていて、大人っぽさが漂っていた。


 茜の視線が、春斗の隣に座るゆいに吸い寄せられる。


「…………誰?」


 静かな声。けれどその奥にじんわり刺さるものがある。


「我は高橋ゆい! この世界を救わんとする救世主だ!」

「え〜っと、最近転校してきたやつだよ」


 春斗が補足するが、茜の視線は微動だにしない。


(……あれ? なんかめっちゃ怒ってない?)


 茜が春斗達に近づいてくる。


「春斗くん。私の席、そこだよね?」

「……うん。本来は」


 ゆいを見下ろしながら、茜はきっぱりと言う。


「そこの子、なんで春斗くんの隣に座ってるの?」

「ふふん、それは――」

「えーっと……色々あってさ」

 

 説明しようとした時、先生が入ってきた。


「あ、茜さん今日から登校できるんですね。ゆいさんがそこの席に座りたいと言っているので、当人同士で仲良く決めてくださいね。揉めないように」


(絶対揉めるだろ……)


 茜が静かに言った。


「そこ、元々私の席なの。退いてくれる?」

「いいだろう。しかしタダで退くわけにはいかない。我を倒せるのなら退いてやろう!」


 声高々に宣言をする。


「我と勝負だ!!」


◇◆◇


三人は机を合わせて座った。

 茜は静かにカードをシャッシャッと切る。手つきが妙に慣れていて、春斗は少し驚く。


「勝負はババ抜きでいいよね」「ふふっ……この我を相手にすることを後悔するがいい!」


 ゆいはやたら堂々としていて、ポーズをとる。


 カードが配られ、それぞれが揃ったカードを捨てていく。その中で、ひとりだけ挙動不審な人物がいた。


 ゆいだ。


 手が震え、目が泳ぎ、呼吸が荒い。顔は“バレてないと思っているが全然隠しきれていない”という典型的な表情。


(ゆい……絶対ジョーカー持ってるな)


 茜は思わず口元を押さえて俯いた。肩が小さく震えている。笑いをこらえているのが、誰の目から見ても丸わかりだった。


 1ターン目


 引くのは茜。

 茜がゆいの手札に指を近づけると――


「っ……!」


 ゆいの眉がぴくっと跳ね、顔が曇る。茜は少しだけ指をずらす。 「……っ」


 ゆいの表情がほんの少し和らぐ。さらに別のカードへずらすと―― 「……んっん」


 満面の笑顔。


(ゆい……わかりやすすぎないか)


 茜は、しばらくゆいの表情を観察し、ゆっくりと“ゆいが一番嬉しそうにしているカード”を引いた。


 茜はじっとカードを見つめて、静かに小さく息をつく。


「ふふん! 勝利の女神は我に微笑んでいるようだな!」


(微笑んでるのはゆいの表情の変化を見た茜だけだと思う)


 春斗はそう思ったが言わなかった。


「上がった」


 春斗は淡々とカードを捨てて離脱した。 


「逃げたな春斗!」  

「別に」 


 とうとう茜とゆいの一騎打ちになった。


 茜がゆいのカードへ指を伸ばすたび、ゆいの表情が目に見えてコロコロ変わる。


 泣きそうな顔をしたかと思えば、急に悟ったような表情になる。次の瞬間には険しくなり、かと思えば満面の笑顔、間違いなくジョーカー。最後は、どうしていいか分からないような困り顔。


 春斗は、一周するたびに、


(もはや心理戦じゃなくて表情の答え合わせだろ……)


 と読書を諦めて眺めていた。


 茜は、引こうとするカードのたびに数秒ゆいを見つめてはカードを変える。ゆいの顔が分かりやすいほど、茜の指は迷い続ける。


終盤。

 机の上には、茜が二枚、ゆいが一枚。


 ゆいは胸を張っていたが、さっきまでとは明らかに様子が違った。さっきまで大げさに動いていた表情が、ぴたりと止まっている。


(……あれ?)


 春斗は違和感に気づく。


「さあ、選んで。救世主」


 茜がカードを差し出す。


 ゆいは、珍しくすぐには手を伸ばさなかった。じっと茜の手元を見る。視線が、カードの端から端へ、ゆっくり移動する。


 雰囲気の違うゆいに春斗は思わず姿勢を正した。


 ゆいは一度、深呼吸する。


「……ふふ」


 小さく笑った。


「見えたぞ」


 そう言って、ゆいは迷いなく一枚を引き抜いた。


 一瞬の静寂。


 ゆいがカードを確認し――


「っしゃあああ!!」


 勢いよく立ち上がる。


「勝利!! 我、完全勝利!!やはり勝利の女神は我に微笑んでいたようだ!!」


 机の上に置かれたカードは、ジョーカーではない、普通の数字カードだった。


 残された一枚。

 茜の手元に、ジョーカーが静かに残る。


「……参りました」


 茜はそう言って、肩をすくめる。ゆいは胸を張り、茜に指を突きつける。


「どうだ茜! 我の常闇の眼からは逃れられぬのだ!」

「すごいね、ゆいちゃん。ほんとに」


 茜は素直にそう言って、ゆいの手をぎゅっと握る。


 その瞬間。


「えっ、え、ちょ、まっ……!?」


 ゆいの顔が、一気に赤くなる。


「な、なななな……なにをするかっ!!」

「今後ともよろしくね」


 ゆいの手を握り締めて大きく振り始める。席そっちのけで仲良くなる二人を、春斗は静かに読書しながら眺めていた。


◇◆◇


「お腹すいた。学食行かない?」

「ああもちろん、 勝者の祝福タイムだ!」


 三人は学食へ向かった。


 ゆいはメニューを見て目を輝かせる。


「見よ春斗! 唐揚げが神々しい光を放っている!」

「じゃあ、食べていいんじゃないか」


 席に着き、それぞれのご飯が目の前に並ぶと――


「うむっ! この唐揚げ、天が与えし祝福ッ!」

「ゆいちゃん、ちょっと大げさ……でも美味しそう」

「食べるか茜! 我の祝福を分けてやろう!」 


 差し出された唐揚げを茜は受け取り、小さくかじる。


「……美味しい。というか、ゆいちゃんのテンションにつられてさらに美味しい」

「ふふん! 我の力、恐るべしだろう!」


 春斗はその横でうどんを啜る。


「なぁ、茜。さっきのババ抜き、わざとババ引いてたよな」

「そうなんだよ。でも、あんな顔見たら、他のカード引けなくって」

「あぁ、そうだな」


 食べ終わる頃には、茜の表情が少し柔らかくなっていた。


「ねえゆいちゃん、思ってたより……可愛い」

「なっ!? か、可愛いと……我が……!?」

「ほんと可愛いよ。うん」


ゆいは耳まで真っ赤になった。


◇◆◇


帰り道。三人の影が並ぶ。


「茜、今日は我が勝者だ」

「うん、そうだね」

「だが! 春斗は我の仲間だ! 譲らん!」

「別に取り合ってるわけじゃないから」


 茜はゆいに優しく笑う。


「ゆいちゃん、ほんと可愛いね」

「ぬおおおお!? 春斗ぉ!! また茜が我を可愛いと言ったぞ!!」

「叫ぶな!!」


 春斗が忘れ物に気づき、二人と別れる。


 しばらく歩くと、茜がふっと真面目な声になる。


「ねぇゆいちゃんは、春斗くんのことどこまで知ってるの?」

「どこまでって……?」


 ゆいの表情が曇り、茜は柔らかく続けた。


「責めてるんじゃなくてね。春斗くん、一年の頃から最近まで、ほとんど誰とも話さない感じだったんだよ」


 茜は微笑む。


「だから……春斗くんの隣にいてくれて、ありがとう」

「当然だろ。我の友なんだから。あ、もちろん茜も」


 少しの間沈黙が続く。


「あぁ〜もう、なんでこんな可愛いの」


 茜が抱きつき、ゆいが慌てて剥がそうとする。


「何をするんだ。我には大切な使命があるんだ」

「使命より大切なものもあるんだよ〜!」


 夕日に背を押されるように、来た道を二人は楽しげに走っていった。

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