転校してきた厨二少女が世界を救おうとしてくるんだが
春斗は窓際の席で、いつものように本を読んでいた。春の柔らかい日差しが教室に差し込み、静かな時間が流れている。
「……今日も平和だな」
心の中でそうつぶやきながらページをめくった、そのとき。
ガラッ——。
教室の扉が勢いよく開いた。一瞬ざわめきが走る。男子も女子も視線を向けた。
「皆のしゅう、天界から舞い降りし者──ゴッドデーモン、ここに参る!」
明るく元気な声。 振り向くと、長い黒髪に黒リボンをつけた少女が立っていた。小柄だが、その存在感は教室中の視線を一瞬でさらっていく。
男子はざわつき、女子は「かわいい」と小声で囁く。
「なんだ、あの凄まじいテンション感は……」
春斗も突然の来訪者に驚いた。自然に目が合い、思わずページを閉じる。
少女は春斗の隣の席へ歩み寄ってきた。
「ねえねえ、ここの席空いてるよね? 我の玉座にふさわしい」
「あ、ああ……どうぞ」
彼女はにっこり笑い、軽く胸を張って座った。
「ふふっ、我が玉座……悪くない」
春斗は内心で小さく苦笑する。
──厨二病か。悪意はなさそうだけど。
教室では、突然の出来事に動揺している者、彼女の容姿を褒める者、転校生だと噂する者……さまざまな声が飛び交い始めた頃。
先生が血相を変えて教室に飛び込んできた。
「高橋ゆいさんはいますか⁉︎」
聞き馴染みのない名前に教室が一瞬静まり、自然と皆が少女へ視線を向けた。ゆいは『最初からいましたが?』と言わんばかりの顔でどっしりと構えている。
「ここにいたんですね、ゆいさん。ちょうどこのクラスなので、自己紹介をお願いできます?」
ゆいは勢いよく席を飛び上がり、胸を張る。
「よかろう。我が名は……高橋ゆい‼︎ 神より生命を受け、この世を救わんとする救世主‼︎ よろしく!」
一瞬の静寂。 ゆいが満足げに席へ戻ろうとするが、先生が慌てて声をかけた。
「ゆいさんの席はあちらなんですけど」
廊下側の空席を指す先生に、ゆいはきっぱりと言い返す。
「いや、ここが我が玉座。ここがいい!」
先生は少し考え、妥協した。
「今日はそこにしましょう。後日その席の人と相談します。今日は休みなので大丈夫ですよ」
授業が始まる。 ゆいはノートに魔法陣を描きながら、楽しそうに独り言をつぶやいた。
「素晴らしい……これは大悪魔を召喚できそうだよ」
クラスの誰も反応せず、ただ春斗の視線だけが彼女を追っていた。 すると、ゆいがいきなり力尽きたように机に突っ伏した。
「大丈夫か?」
「……我がベルゼブブが悲鳴をあげている。貴様はこの混沌に光を照らせるのか」
「といいますと……?」
「お腹減った」
……ただの空腹だった。
春斗は先生の目を盗み、バッグからチョコのお菓子を取り出す。
「これでいいか?」
差し出すと同時に、ゆいの目が輝き、あっという間にお菓子を回収して袋を開ける。小動物のように頬張り、すぐに完食した。
「ありがとう。貴様の名前を問おう」
「春斗。名字はいいでしょ」
「春斗……我が仲間にふさわしい名前だ」
ゆいが手のひらを突き出す。そこにまたお菓子を置かされる。
「仲間……仲間はごめんかな」
「仲間が嫌なら、下僕か‼︎」
「ぶっ飛ばすぞ」
「春斗さん、少し静かにしましょうか」
少し声が大きくなっていたらしい。 クラスの視線を浴びながら、春斗は授業を終えた。
◆◇◆
「ゆいちゃん髪ツルツルだね~。どこのシャンプー使ってるの?」
「よかろう、我はかの有名な——」
いつのまにかゆいの周りには男女問わず人が集まり、春斗の隣はにぎやかになっていた。
「もうそろそろ、この世界に救いの手を差し伸べよう」
「ははは、なにそれ〜」
そしてゆいは席を飛び出し、教室の扉前でポーズを決める。
「お腹が減ったから行ってくる。さぁ行くぞ、我が仲間よ!」
伸びた手は、春斗へ向いていた。 視線が集中し、教室がざわつく。
ゆいはハッとしたように言い換える。
「さぁ、行くぞ。我が下僕よ‼︎」
まじでなんなんだ。 春斗は心の中でつぶやきつつ、渋々立ち上がった。
◆◇◆
学生食堂。 昼時の喧噪の中、二人は人混みをかき分けて進む。
「春斗! 我の食糧補給計画を支援せよ!」
「……普通にトレー持って並ぶだけじゃないか」
カウンター前に来たゆいは、突然立ち止まり腕を組む。
「ふむ……覇王の晩餐会か。どの魔王級メニューを選ぶべきか」
「好きなの選べばいいと思うけど」
「甘いな春斗! この選択一つでこの食堂の運命が変わるのだぞ!」
周囲の視線がちらほら向き始める。
「決めた!」
彼女が指さしたのは、巨大なおにぎりだった。
「魔王軍伝統の握り飯だ! 五個ほど貰おう! あとこれとこれとこれ!」
「絶対食べられないだろ、それ……」
結局、ゆいは二個でギブアップした。
「もう……食べれないのか?」
「ふ、ふふふ……我の体内魔力量が……限界を……」
「すいません。もう食べられないので、食べて……ください」
「次から自分が盛った量は食べなよ」
「はい……」
春斗は残りをあっさり平らげた。ゆいは満足げにうなずく。
「春斗、助かったぞ。下僕としての働き、認めてやろう!」
「下僕じゃねえよ」
教室へ戻ると視線がさらに増していた。
「春斗くん、いつの間に仲良くなってるの?」「ゆいちゃんってどんな子?」
質問攻めにされ、春斗はため息をつくしかなかった。
◆◇◆
放課後。 教室に残ったのは数人だけ。女子たちの雑談が遠くに聞こえる。
ゆいは春斗の隣で腕を組み、謎の儀式のように目を閉じていた。
「……何してんの?」
「ふむ、今日一日を振り返っておった。世界を救うには、この学び舎の理解が必要だからな」
「いや、そんな大層な……」
ゆいはぱっと目を開き、まっすぐ春斗を見る。
「春斗。今日一日、貴様は我を助けた。感謝する」
「……あ、そう。助けになってて何よりだよ」
その素直な声に、春斗は返事を失った。 しかし、ゆいはすぐに胸を張る。
「明日も我を導け! 仲間……いや、下僕として‼︎」
「……仲間でいいから」
◆◇◆
帰り道。夕焼けが街を染め、春の風が心地よく吹いている。
ゆいは春斗の少し前を軽やかに歩く。 制服のスカートがひらりと揺れ、その背はどこか楽しげだった。
「……楽しかったな」
ぽつりとこぼれた言葉に、春斗は思わず聞き返す。
「え?」
「この地の文化『学食』! あれほど混沌と活気に満ちた戦場……いや、場所は初めてだ!」
「あそこで“戦場”って言ってるのはお前だけだよ」
春斗が吹き出すと、ゆいも嬉しそうに笑った。
「でも、そなたのおかげで食にありつけた。礼を言う」
「……まあ、困ってるなら助けるくらいはするよ」
「うむ! では今後も頼りにするぞ、我が春斗!」
「“我が”をつけるな」
ゆいは歩幅を春斗に合わせるようにして歩いた。
その無邪気さに、春斗は少しだけ肩の力が抜けた。
家の近くの分かれ道。ゆいが立ち止まり、くるりと振り返る。
「春斗。明日も共に歩もうぞ」
「どこにだよ」
「世界の救済へ!」
「……学校だろ」
ゆいはケラケラと笑い、ひらひらと手を振る。
「ではな、春斗! 我の下僕——いや、仲間よ!」
夕陽の道を軽やかに走り去っていく。
その背が小さくなるまで、春斗は見つめていた。
消えていた感情。忘れていた何かが、胸の奥でかすかに動いた気がした。
何かはわからない。ただ一つだけ思う。
「……ほんと、変なやつだな」
そうつぶやき、春斗は家へ帰った。




