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第9話

やるべき事が一通り決まったあと、藤麻たちはリビングのテーブルを囲み、菊都と鈴音がどうやって関川の陰謀を暴すのか、軽い作戦会議を始めていた。

それぞれが真剣な表情で意見を交わし合う中、突然、彰人の携帯が甲高く鳴った。


「悪い、ちょっと出る」


彰人は少し離れた場所に移動し、声を抑えて電話に応対した。数分して戻ってくると、表情にはわずかに焦りが混じっていた。


「そろそろ、帰らないと。マネジャーが激怒してる。鈴音、警察にも『見つかった』って報告しないとだしな」


「じゃあ、私もそろそろ行かなきゃ。藤麻くん、冬花ちゃん、今日はありがとう。またね。菊都さんも……これからよろしくお願いします」


鈴音は丁寧に頭を下げ、彰人に肩を支えられながら玄関へ向かった。その背中が見えなくなるまで、部屋には妙に温かい空気が残っていた。


「じゃあ、俺たちも帰るか、咲良」


「……彰人様……」


咲良は先ほどの出来事を反芻しているのか、魂が抜けたようにソファに座り込んだまま動かない。


「咲良ー……ダメだな、もうしばらくかかりそうだ」


藤麻が軽く肩を叩いてみるが、反応は薄い。完全にキャパオーバーらしい。


「じゃあ、咲良ちゃんが戻るまでの間に少し整理しましょうか」


冬花がそう言って姿勢を正した。


「整理?」


「物事を整理するのは大事なことよ。とくに“分からないこと”を考えるのは。分からない中にこそ、重要なものが転がってたりするもの。それこそ異世界召喚なんて前代未聞の現象の調査では、“分からないことが分かった”という事実さえ、値千金の情報になるわ」


「それは……確かに」


藤麻が頷くと、菊都は腕を組みながら口を開いた。


「まずは関川についてだ。奴は……」


「……魔力を貯める魔道具を持ってる、ですよね?」


藤麻はふと口を挟んだ。考えていたことが、たまたま言葉になった。


「お、おう……そうだな。どこで手に入れたかは分からんが、人を殺して魔力を抽出してる以上、そう考えるのが自然だ」


菊都は一瞬驚いたようにまばたきをしたが、すぐに肯定した。


「関川の目的は何かしら?」

冬花が顎に手を添えて問いかける。


「魔力を貯めて何をしようとしているのか……そこが問題だ。俺たちと同じように召喚魔法を使う気なのか、別の魔法を狙っているのか」


「気になりますね」


藤麻も同意した。


「それと、もし奴が異世界帰りなら、何らかのスキルを持ってる可能性が高い。問題は、それが何かだ」


「公園のトイレや路地裏の事件に関わってるとしたら……死体を移動させたり消したりしていたわけですよね?」

藤麻が言う。


「だとすると、物体のテレポート系……って推測はできる。でもそれだけだと、鈴音の話にあった“壁の破壊”や“居場所がバレる”理由が説明できない」


菊都が渋い顔をする。


「確かに……」


「まぁ、ここら辺は会ってみないことには分からん」


状況の複雑さに、全員が小さくため息をついた。


「あと……“ラプラスの悪魔”についてもですよね」

藤麻が言う。


「そうだ。それが本当に犯罪組織の名前なのか、魔道具を指しているのか、あるいは俺たちの反応を見るために出しただけなのか……分からん」

菊都は腕を組みながら唸った。


「分からないことばっかだけど、少なくとも関川の持ってる“魔力を貯められる魔道具”を手に入れれば、私のワープ装置研究は一気に進む。もちろん人を殺したりはするつもりはないわよ。ただ、それを奪えれば、鈴様の『関川の暴挙を止めたい』って言う依頼も同時に達成できるわけだし」

冬花は淡々と続ける。


「その通りだ。つまり俺の最大目標は 関川の持つ魔道具の奪取 だ」

菊都の声には迷いがなかった。


「じゃあ、叔父さんの方針が決まったところで、次は私たち、“ワープ装置開発班”の話ね」

冬花がテーブルを軽く叩き、空気を切り替える。


「俺たちは何を考えれば?」


「藤麻くんにはまず、材料の把握をしてもらうわ。必要な主な材料は五つ」

冬花は五本指を立てた。


「その五つって?」


「一つ目、ワープさせる人間という膨大な情報を持つものを処理できるレベルのスーパーコンピューター」


「人間を丸ごと……処理できるレベルの?」


「ええ。そんなものが存在するかは、まあ後で考えるとして。続けて二つ目、ワープ先の座標を指定するためのもの。例えば人工衛星とか」


「なおさら無理な気がしてきたんですが……」


「それに、叔父さんから話を聞く限り異世界に人工衛星が飛んでるとは考えにくいし、異世界から人間を召喚するなら、そこも考える必要があるわね。で、三つ目、負のエネルギーとは別に装置を稼働させるために必要な正のエネルギー。」


「正のエネルギーって、電気とか……?」


「そう。かなり膨大な電力が必要よ。そして四つ目、魔力こと“負のエネルギー”。これはワープ装置で使うワームホールを人間が通れるように安定化させるために必要なものね」


「これは……探偵さんがどうにかしてくれると信じて、仮クリア扱いですかね」


「そういうこと。最後、五つ目、その他諸々の機材。これは私が大学で研究に使ってる設備があるから問題ないわ。ここはクリア」


「つまり俺たちが考えるべきは……スーパーコンピューター、座標指定、正のエネルギーの三つってことですね」


「その通り」


「何かクリアできそうなものは?」


「……スーパーコンピューターなら、私に心当たりがあるかも」

藤麻はそう言った冬花の顔がどこか悪だくみをしているような微妙な笑みを浮かべた気がした。


「じゃあ、開発班はまずそこからですね」


「うん。活動は明日から始めましょう」


方向性が固まったところで、放心状態だった咲良がようやく正気に戻ったので、藤麻は咲良と一緒にアパートへ帰った。


翌日。

藤麻が大学で講義を受けに行くと、大学でできた悪友である斉藤龍也がスマホの画面を突き出してきた。


「藤麻、藤麻、これ知ってるか?」


「何これ?」


龍也のスマホには、ゲームのオープニング画面らしきものが映っていた。

タイトルには大きく“召喚RPG”と表示されている。


「昨日の夜中にリリースされたゲーム。今めちゃくちゃ流行ってるんだよ」


「へぇ、どんなゲームなの?」


「RPG。ただ、自由度が結構高くてさ。オンラインプレイもできるし、大学でももう流行り始めてるぜ」


「昨日の夜に出たばっかりなのに?」


「いや、それがさ、ほら、今朝ニュースあったろ?

熱愛だって騒がれてた井上鈴音と俳優・彰人が“実は兄妹だった”ってやつ」


「ああ、あれね」


「その後に鈴様が動画サイトで謝罪動画出してたんだけどさ、そこでこのゲームが面白いって話してたらしくて。それで一気に火がついたらしい」


「あの鈴音さんがね」


(昨日あんなことがあったのに……タフな人だな)


心の中でそう思いながら、藤麻は講義を終えた。

そして、講義後まっすぐ冬花の家へと向かった。


家に入ると、藤麻には用途の分からない機械類が床一面に広がっていた。慎重に足場を探しながらリビングへ入ると、冬花が散乱した部屋の中央でパソコンを操作していた。


「えっと……お邪魔します。これ全部、何ですか?」


「あー、それはワープ装置の材料よ。大学から持ってきたの」


「って、冬花さん……目のクマがすごいんですけど、大丈夫ですか?」


顔を覗き込むと、冬花の目元には明らかに寝不足の影があった。


「昨日、徹夜で作業してたから……」


「そうですか……。で、スーパーコンピューターはどうするんです?」


「あともう少しで何とかなるわ」


「もう少しで……?」


不安になって冬花のパソコン画面を見ると、そこには“召喚RPG”のゲーム画面が映っていた。


「え、これ……今流行り始めてるゲーム? 鈴音さんがやってたから、冬花さんも?」


「違うわよ。鈴様に宣伝させたのは私だもの」


「え? どういう意味です?」


「このゲームを作ったのは私。徹夜で完成させたの。で、運営が大変で寝不足ってわけ。あ、またバグ報告……修正しなきゃ」


冬花は再びキーボードを叩き始める。


「な、なんでそんなことを……?」


「スーパーコンピューターを作るためよ」


「……作る?」


「ええ。説明するわね。まず、“並列コンピューター”って知ってる?」


「いや、文系なんでそういうのは全く」


「電池の並列繋ぎのコンピュータ版みたいなもの。複数のコンピューターを繋いで負担を分けて処理を高速化するの。スパコンも同じ仕組み」


「なるほど……それで?」


「でね、私がやろうとしてるのは、家や企業のパソコン、スマホを勝手に並列で繋げちゃうこと」


「勝手に……?」


「そう、その“勝手に繋げるウイルス”をゲームに仕込んでるの」


「アウトでは!?」


「まあ、完全に犯罪行為ね。でも破壊はしないし、ただ並列計算に組み込むだけだし?」


「……ちなみに、それってゲームにする必要ありました?」


「ゲームにした理由は二つ。一つは、このゲームの内容が“異世界帰りの人間の物語”になってることね」


「叔父さんがモデル?」


「ええ。異世界帰りの人がプレイしたら既視感を覚えるかもしれないでしょ? そうしたら私の元に連絡が来るかもしれない。情報収集になるわ」


「もう一つは?」


「遊び心よ」


「……それで、寝不足なんですよね?」


「そうね。一人運営はキツいわ……」


「……んー、そうだな。あ!冬花さん、いいこと思いつきました!」


「何かしら?」


「ちょっと待っててください!」


藤麻はスマホを取り出し、咲良へ連絡を入れた。


しばらくして、咲良は冬花の家にやって来た。


「急に呼び出して何のつもり? 私、これからサークルの会議あるんだけど?」


「そう。それについて話したかったんだよ。サークル会議って、来週の学園祭の出し物の件だろ?」


「そうだけど……。てか、全然決まらなくて大変なの!そのうえ『召喚RPG』なんてゲームが出てきて、さらに焦ってるんだから!」


「どうして咲良ちゃんが焦るの?」

冬花が首をかしげる。


「冬花さん、咲良は、将来ゲーム開発を夢見てるんですよ。今入ってるサークルもゲーム開発系でして。しかも大賞とかも取って有名なところなんです」


「へぇ、なるほどね」


冬花が少し面白そうに笑う。


「冬花さん、理解できましたよね?利用しましょうよ」


藤麻と冬花は、揃って悪い顔を浮かべた。


「あ、あの〜……嫌な予感しかしないんですけど〜?」


その不安そうな咲良に、藤麻はこれまでの経緯をすべて説明し始めた。


「……つまり、そのゲームの運営を、私たちのサークルでやってほしいってこと?」

一通り話を聞き終えた咲良が、そう要約した。


「その通り!お願い、咲良!」


「……犯罪行為をするわけだから、私が信用できる人たちだけを集めるって条件なら、できるよ」


「え、いいの? てっきり断られると思ってた。バリバリ犯罪だし?」


「今話題になってるゲームの開発や運営に関われるなんて、またとないチャンスだもの。やるに決まってるよ」


「ゲーム開発という本能には抗えなかったか」


「それに、別に私はヒーローのような正義の心なんて持ち合わせてないから。私にとって都合のいいことが善で、都合の悪いことが悪なの」


「だいぶ悪役寄りの思想ね」

冬花が「ふふっ」と笑いながら言った。


「冬花さん。ちなみに……あとどれくらいインストールしてもらえればスパコンは完成するんですか?」


「あと、一万くらい?」


「そこも任せて。今度の学園祭で、ばっちり宣伝して広めてあげるから」

咲良は胸を張ってそう答えた。


咲良は冬花からゲームの内容や運営方針について説明を受け、必要なシステムデータをすべて受け取ると、急いで大学へ戻りサークルの会議へ向かった。


「じゃあ、藤麻くん。この部屋にある機材、片付けるの手伝って」


そう言われ、藤麻は黙って機材の整理を始めるのだった。




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