表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/22

第22話

十二月の初め。吐く息が白く染まり、空気が肌を刺すように冷たい。


藤麻たちは、都会の喧騒から切り離されたような場所に立っていた。


駅と呼んでいいのかも怪しい、無人駅の小さなホーム。改札はなく、木製のベンチが二つ並んでいるだけだ。周囲を見渡せば、舗装の甘い道路と枯れた田んぼが広がり、遠くには低い山影が連なっている。風に揺れる電線の唸るような音だけが、やけに大きく耳に残った。


「……想像の五倍は田舎だったな。つか、寒い」


藤麻はマフラーに顔を埋めたまま、ぽつりと呟く。


「だから言ったじゃないっすか。超がつくほどのど田舎だって」


先頭を歩く沙羅は振り返りもせずに答えた。

ブーツで砂利を踏みしめる音が、乾いた空気の中にやけに響く。


「想像はしてたけどさ……」


龍也は周囲をきょろきょろと見回し、言葉を探すように視線を彷徨わせる。


「本当に何もねーな」


「褒めてます?それ」


「いや、事実確認」


「事実っすけど!」


沙羅は即座に言い返した。


少し後ろでは、彰人がスマホを取り出して電波状況を確認し、数秒で諦めたようにポケットへしまう。


「圏外か。まぁ、ネットから切り離された空間ってのも、悪くないね」


さらにその後ろでは、菊都と真央が何やら楽しそうに話をしている。


「車を借りれる場所が近くにあるんで、とりあえず、そこまで、少し歩きましょう」


では、なぜ藤麻たちは、こんな“ど田舎”に来ているのか。


それは、今から五日前のことだった。



***


5日前、菊都の家にて。


「菊都さん。うちの地元を、救ってください!」


突然そう切り出した沙羅の言葉に、菊都は一瞬きょとんとした表情を浮かべた。


「……地元?」


思わず聞き返す。

沙羅は大きく頷くと、少しだけ居心地が悪そうに視線を泳がせた。


「はい。そうっす。うちの地元、超がつくほどのど田舎なんすけど……そこで、昔からずっと頭を悩ませてる問題があるんすよ」


その声は、先ほどまでの軽口とは違い、わずかに硬さを帯びていた。


「白唸りっていう、化け物の話っす」


「白唸り?」


菊都が眉をひそめる。


「聞いたことねぇな」


「もっと世の中に浸透してる名前で言うと……くねくねっていう化け物っす」


その単語が出た瞬間、リビングの空気が、ほんのわずかに張り詰めた。


「くねくねって……都市伝説の?」


藤麻が確認するように口を開く。


「なんか、名前は聞いたことあるけど、詳しくは知らないな」


咲良は首を傾げ、藤麻の方を見る。


「Hey、藤麻。くねくねについて教えて」


「Siriか、俺は」


藤麻は苦笑しながらも、少し考えるように視線を落とした。

自然と集まる皆の視線を感じ取り、静かに口を開く。


「……くねくねってのは、ネットで有名になった都市伝説の怪異だ」


そう前置きしてから、淡々と語り始める。


「舞台はだいたい夏の田舎。田んぼとか、川沿いとか、遠くがよく見える場所に現れるって言われてる。白い布みたいな、細長い人影みたいなものが……遠くで、くねくねと揺れてる」


「近づくと、どうなるんですか?」


彰人が、興味と不安の入り混じった声で尋ねた。


「基本、近づいちゃダメなんだけど……」


藤麻は小さく首を振る。


「遠くから見てる分には問題ない。でも、正体を“理解”したり、顔をはっきり認識したりすると……」


一瞬、言葉を切る。


「見た人間は、発狂するか、廃人になるって言われてる」


部屋が、しんと静まり返った。


「発狂……?」


鈴音が、小さく呟く。


「昔は“見たら死ぬ”とか“呪われる”って言われてたけど、今は精神に異常をきたすって話が多いらしい。正体は人間だとも言われてるし、そうじゃないとも言われてる」


「曖昧すぎない?」


咲良が率直に言った。


「都市伝説だからな。はっきりした設定はない」


藤麻は肩をすくめる。


「そのくねくねが、沙羅さんの地元に?」


菊都が視線を向ける。


「ええ。最初は害なんてなかったんす。白いもやみたいなものを見た、って目撃情報があるだけで。でも、それを見た人たちが……次々と怪我をしたり、亡くなったりしてるんす」


沙羅は一度息を飲み、続けた。


「うちの家族はまだ大丈夫なんすけど、ご近所さんだった人が、白唸りを見てからずっと何かに怯えてたり、急に笑い出したりするようになって……」


「……冬花、どう思う?」


菊都が問いかける。


「くねくねの都市伝説自体は、私も聞いたことあるわ。風に揺れる案山子だとか、熱中症で見た幻覚だとか、そういう説明が多い」


冬花は腕を組み、少し考えるように視線を落とす。


「正直、私もそうだと思ってた。そんなもの、存在しないって」


「思ってた?」


「ええ。でも、今ならあり得ると思う」


冬花は顔を上げる。


「その“くねくね”が、異世界帰りのスキル持ちの仕業だって可能性。考えられなくはないでしょう?」


「……なるほどな」


菊都は短く頷いた。


「よし。じゃあ、異世界専門の探偵として、その依頼引き受けよう」


「あ……あの……依頼料って、いくらくらいになるんすか?」


おずおずと沙羅が尋ねる。


「別にいいわよ」


冬花が即答した。


「沙羅ちゃん、学園祭の時に私たちのこと助けてくれてたし。それでチャラってことで」


「……だとさ」


菊都が苦笑する。


「とりあえず、行く予定を決めようか」


「え! 私も行きたい!」


真っ先に声を上げたのは鈴音だった。


「何でだ?」


菊都が聞く。


「だってさ、学園祭の騒動でマスコミがうるさいし。ほとぼりが冷めるまで逃げるには、ちょうどいいじゃない?」


「今は仕事も活動休止中だしな。旅行するなら、確かに悪くないタイミングだ」


彰人も同意する。


「旅行って言えるほど、何かある場所じゃないっすよ。うちの地元」

沙羅が苦笑する。


「……でもいいなぁ。私もマスコミの質問責め、正直きついし」

咲良がぽつりと言った。


「まぁ、鈴音さんはスキル持ちだからいいけど、他は危険かもしれないな……」


「スキル持ちだから安全、ってわけでもないでしょ? 実際、アセビ相手にスキル持ちが全滅してたんだし。人手は多い方がいいと思うけど」


鈴音の言葉に、菊都は小さくため息をついた。


「……それもそうか。分かった。来たい人は来ていい。彰人さんは、どうせ来るんだろうが」


「もちろん。鈴音が行くなら、行かない理由がない」


「藤麻は? どうする?」


「……咲良は来る?」


「そもそも、どんな所なの?」


「マジで何もないっすよ。温泉があるくらいで」


「温泉……それはちょっと興味あるけど。でも、私行っていいの? 探偵事務所で働いてるわけじゃないし、バイトも……」


そう言いかけた時、部屋の扉が勢いよく開いた。


「話は聞かせてもらったよ!」


現れたのは、塚田真央だった。


「え? 店長?」


「あ、どーもでーす」

その後ろから、ひょっこり斉藤龍也が顔を出す。


「龍也は何してんの?」

藤麻が呆れたように聞く。


「あ? こいつは、さっきここに来る途中で拉致った」

真央は平然と答えた。


「拉致られましたー」


「まぁ、いいじゃないか」


真央は豪快に笑う。


「マスコミがうるさくて、店も長期休暇取るつもりだったんだ。プチ旅行として、ちょうどいい。なぁ、咲良?」


「店長がそう言うなら……」


「咲良が行くなら、俺も行く」

藤麻が即答した。


「で、真央ちゃん。持って来てくれた?」

冬花が尋ねる。


「もちろんだよ。はい、これ。頼まれてた機材」


紙袋を手渡す。


「何ですか、それ?」


「ワープ装置の機材。まだ足りないのがあったからね。それと、真央ちゃんが来てくれるなら、ちょうどいいや」


「ちょうどいい?」


「私は今回、白唸りの件については同行しないつもりだったから。車の運転できる人、いないでしょ?」


「おう、任せろ。……ところで、白唸りって何だ?」


その後、藤麻たちは改めて真央たちに事情を説明した。


「めっちゃ面白そうじゃん。俺も行きたい」

龍也が目を輝かせる。


「じゃあ、お前も来い」

真央が即決した。


「てことは……」

沙羅が指を折りながら数える。


「俺と、鈴音ちゃんと、彰人さんと、藤麻さんと咲良ちゃんと、真央さんと龍也くん……?」


「めっちゃ大人数っすね。でも、うちの家族も賑やかになるって喜ぶと思います」


「叔父さん、お土産よろしくね」

冬花が軽く言った。


こうして、沙羅の依頼、そして半ば強引な“旅行”は決まり、藤麻たちは今に至る。


***


「着きましたー! ここが、うちの実家っす!」


しばらく車に揺られたあと、レンタカーを降りた沙羅がそう言って振り返った。

運転席に座っていた真央がエンジンを切ると、辺りは一気に静けさに包まれる。


「ここって……?」


藤麻は、沙羅が示した先へと視線を向けた。


そこにあったのは、想像していた“田舎の一軒家”とは、まるで違う建物だった。


古い木造の温泉旅館。二階建ての建物は、長年の風雪に耐えてきたことを感じさせる佇まいで、黒ずんだ瓦屋根は角が丸くなっている。軒先には白地に墨字で屋号が書かれた暖簾が掛かり、風が吹くたび、布がかすかに揺れて乾いた音を立てた。


玄関へと続く石畳には、ところどころ苔が生え、決して新しくはないが、不思議と手入れの行き届いた印象を受ける。

建物の奥からは、硫黄と湿った木の匂いが混じった、温泉特有の香りがほんのりと漂ってきた。


「……旅館?」


咲良が、思わず声を漏らす。


「しかも、ちゃんとしたやつだな」

龍也が感心したように言った。


玄関脇には年季の入った木製の看板が立て掛けられており、文字はかすれているものの、この宿が長い年月をこの土地で過ごしてきたことだけは、はっきりと伝わってくる。


背後には低い山々が連なり、旅館を囲むように静かに佇んでいた。

周囲に他の建物はほとんどなく、聞こえてくるのは風が木々を揺らす音と、どこかで湯が流れる微かな音だけだ。


「……思ってた実家と違う」

藤麻が率直に呟く。


「でしょ?」


沙羅は、どこか誇らしげに笑った。


「代々、温泉宿やってる家なんすよ。田舎ですけど、これだけはちょっと自慢っす」


中へ入ると、スタッフと思われる人物がすぐに出迎えてくれた。


「沙羅様。お待ちしておりました。沙羅様のご友人の皆様も、お待ちしておりました。事情は伺っております。お荷物、お預かりしますね」


「ちょっと、様はやめてくださいっす」


沙羅が慌てて言う。


「もしかして、沙羅ちゃんって結構お金持ちなの?」

龍也が興味津々といった様子で聞いた。


「うちじゃなくて、うちの親が、っす」


「えー、じゃあこれ、沙羅ちゃんとくっつけば逆玉の輿、狙えるんじゃ?」


「そんな考えの人とは、くっつかないんじゃない?」

藤麻が即座に切り捨てる。


「最低だね」

鈴音が冷たく言った。


「いやいや、冗談ですよ? 俺は冬花さん一筋だからね」


「はいはい、部屋行こっか」


「行きましょう」


「ねぇ、冗談だからね? 本当に、本当に」


そんなやり取りをしながら、一行はスタッフに案内され、客室へと向かった。


客室は男女で分けられ、荷物の整理が終わったらロビーで合流する、ということになった。


「じゃ、後でロビー集合っすね。迷子にならないでくださいよー」


沙羅がそう言って手を振り、女性陣を連れて廊下の奥へ消えていく。


「……あの感じで実家が旅館って、だいぶ勝ち組だよな」

龍也がぽつりと呟いた。


「まだ、逆玉の輿狙ってんのか?」

藤麻は呆れつつ、部屋に入る。


「狙ってねーよ!」


男部屋は畳敷きの和室で、障子越しに差し込む冬の夕暮れの光が、部屋全体を柔らかく染めていた。古い建物特有の木の匂いと、どこかから漂ってくる温泉の香りが混じり、妙に落ち着く空間だ。


「修学旅行思い出すな」

彰人が荷物を置きながら言う。


「夜中に枕投げとかすんなよ」

菊都が釘を刺す。


「しませんよ! ……多分」


そんな他愛のない会話を交わしながら、それぞれ荷物を解き、上着を脱ぎ、身支度を整える。


やがて時間を見計らい、一行はロビーへと向かった。


ロビーは、客室以上に“昔ながら”の空気を色濃く残していた。太い梁が露出した高い天井、年季の入った木製の調度品。壁際には古い写真や表彰状が飾られている。


囲炉裏のそばには浴衣姿の女性陣が集まっており、その中央に腰掛けていたのは、沙羅とどこか面影の似た中年の男性だった。落ち着いた佇まいで、年齢以上に老けて見えるのは、長年この土地で暮らしてきたせいだろうか。


「お、来たみたいだね」


男性は立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。


「沙羅の父の悟です。遠いところを、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ」

菊都が一歩前に出る。


「探偵の菊都です」


「話は娘から聞いています」


そう言って、悟は、一度視線を伏せた。


「……白唸りの件、ですよね」


その言葉に、場の空気が自然と引き締まる。


「被害は、もう十年以上前から出ています」


淡々とした口調だったが、その声音には、隠しきれない疲労が滲んでいた。


「最初は、“白いものを見た”という話だけでした。田んぼの向こうに人影のようなものが立っていた、とか。夜道で、何かが揺れていた、とか」


「それが、次第に……」

沙羅が言葉を継ぐ。


悟は静かに頷いた。


「ええ。見たと言っていた人間が、次第におかしくなっていった」


「具体的には?」

菊都が静かに尋ねる。


「意味もなく怯える。誰もいない場所を指差して叫ぶ。突然笑い出す……そして」


一拍、間を置く。


「自ら命を絶った者もいます」


ロビーに、重たい沈黙が落ちた。


「事故として処理された者も多い。山での転落、川での溺死……ですが、共通しているのは、皆“その前に白唸りを見た”と言っていたことです」


「生き残った人は?」

藤麻が尋ねる。


「……廃人同然です」


悟は苦しそうに眉を寄せた。


「言葉を失い、目に光がなくなり、何を聞いても反応しない。今も、村の外の施設で暮らしている人もいます」


「……それは都市伝説の範囲、完全に超えてるね」

彰人が低く言った。


「はい」


悟は、はっきりと頷いた。


「だから、私はあれを“噂”や“迷信”だとは思っていません」


囲炉裏の炭が、ぱちりと音を立てる。


「白唸りは、今もいます。この村のどこかに」


その言葉を合図にしたかのように、外で風が強く吹き、障子がかすかに鳴った。


藤麻は、なぜか胸の奥がざわつくのを感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ