第19話
「……あれ? ここは?」
咲良があたりを見回す。
そこは、学園祭でゲーム開発サークルが展示に使っていた部屋だった。
近くには、冬花、菊都、鈴音、そして彰人の姿がある。
ただし様子がおかしい。冬花は咲良と同じように周囲をきょろきょろと見回しているのに対し、菊都、鈴音、彰人は、先ほどまで何事もなかったかのように、咲良の作ったゲームで遊んでいた。
「……冬花さん?」
咲良が声をかける。
「ええ。時間巻き戻し自体は成功したようね。けど……」
冬花はそう言ってから、菊都たちの方を見る。
「叔父さん」
「ん? どうした?」
「さっきのこと、覚えてる?」
「さっきのこと? 何の話だ?」
「……いえ、何でもないわ。鈴様も……」
冬花は鈴音を見て、言葉を途中で切った。
「……やっぱり、いいわ」
「冬花さん、これって……」
咲良が不安そうに聞く。
「叔父さんたちの記憶が、なくなっているわ」
「でも、なんで……?」
そう咲良が尋ねた瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。
「咲良!」
駆け込んできたのは沙羅だった。
「沙羅! えっと……記憶は……」
「あるっす。で、咲良以外で覚えてる人は?」
「……冬花さんなら」
「私は覚えているわ」
冬花が頷く。
「記憶がある人と、ない人の違いは何かしら?」
「おそらくっすけど……」
沙羅は少し言葉を選びながら続ける。
「アセビのゲーム内で“死んだ人間”の記憶が消えてるんだと思うっす。周りにも確認したんすけど、死んだ人は全員、記憶がなかったっす」
「なるほど……」
冬花は腕を組んだ。
「ゾンビ騒ぎが始まるのは、今の時間から大体一時間後。それまでにやるべきことは、宝を集めることね」
その時。
「ん!? なんかさ、外ってこんな夕方だったっけ?」
鈴音が窓の外を見て言った。
全員が外を見ると、空はすでに夕焼けに染まっていた。
「は? もう五時半だと?」
彰人が自分の時計を見て驚く。
「どうなってるんだ?」
「彰人さん、見せて」
冬花が時計を確認する。確かに、針は五時半を指していた。
「お兄ちゃんの時計、壊れてるんじゃない?」
鈴音が首を傾げる。
「壊れるほどの衝撃を与えた覚えはないし、電波時計だしな……ズレるはずないんだけど」
周囲も異変に気づき、ざわつき始める。
「……どういうことなんでしょうか」
咲良が聞いた。
「時間巻き戻しバグが適用されたのは、あのゲームの“領域内”だけなんでしょう」
冬花は静かに言う。
「見えない壁の外側の時間は、普通に進んでいるってことね」
「これ……混乱する一方じゃない?」
咲良が呟く。
「ゲームが始まったら、さらに混乱するでしょうね」
冬花は即答した。
「やれることは一つっす」
沙羅が前に出る。
「あのゲームの宝を全部集めて、同時使用して、強制終了バグを起こすことっす」
「宝自体は、もう設置されているのかしら?」
冬花が聞く。
「それが……一つ確認しに行ったんすけど、なかったっす」
沙羅は首を振る。
「だから、ゲームが始まってからじゃないと出現しないんだと思ってるっす」
「ってことは……」
冬花が整理する。
「宝が出現する位置に待機して、始まった瞬間に回収。それを一箇所に集めて、誰かが同時使用するしかないわね」
「はい。その通りっす」
沙羅は頷く。
「宝を見つけた位置に、記憶がある人たちを配置してあります。最後は、拠点にしてた講義室に集まるよう、手配済みっす」
「……有能すぎない?」
咲良が思わず言う。
「ただ……問題があって」
沙羅の表情が引き締まる。
「巻き戻しバグ使用以前に見つけた宝は、装飾品、聖水、聖剣、薬草の四つ。毒消しだけは、まだ見つかってないんす」
「それを見つけないと、いけないってことね」
咲良が言う。
「……いいえ」
冬花が首を横に振った。
「見つける必要はないわ」
「どういうことっすか?」
沙羅が聞く。
「毒消しの方から、来てもらうの」
「冬花さん……?」
咲良が怪訝そうに見る。
「こっちには、とても運のいい人がいるじゃない」
冬花は、静かに菊都へと視線を向けた。
「ん? 何だ? 急にこっち見て。ていうか、さっきから何の話してるんだ?」
菊都が首を傾げた。
「叔父さん。実はね」
冬花は一拍置いてから言い、咲良へと視線を送った。
咲良はその意味を察し、小さく頷いて口を開く。
「え……ええ、そうなんです。学園祭で、ちょっとしたイベントをやる予定でして……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「宝探し、なんです。この大学の中にある宝を集めてもらうイベントで」
「ほぇー」
菊都は気の抜けた声を出した。
「それは楽しそうだな。盛り上がりそうじゃないか」
興味があるのかないのか、よく分からない口調だった。
「叔父さんも、やってみない?」
冬花が自然を装って聞く。
「俺がやってもつまらんだろ」
菊都は肩をすくめる。
「どうせスキルで何とかなっちまうし」
その言葉に、咲良は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに踏み込んだ。
「い、いえ! 今回は……」
咲良は咄嗟に嘘をついた。
「運が良くても、簡単にはクリアできないようにしてあるんです。だから、菊都さんでも楽しめると思います」
「へぇ」
菊都は少しだけ口角を上げた。
「それは面白そうだな。じゃあ、やるか」
「ありがとうございます!」
咲良は内心で安堵しつつ、続ける。
「とりあえず、宝を見つけたら、二階の講義室まで持ってきてください」
「了解。で、宝ってどんな見た目なんだ?」
「召喚RPGに出てくる“毒消し”みたいな見た目です。これです」
咲良はスマホを取り出し、画像を見せた。
「わかった」
菊都は頷いた。
「よし、探すか!」
「私も行く!」
鈴音が勢いよく言った。
「いや、鈴音」
彰人が即座に止める。
「帰るぞ。外の状況もよく分かってないし、そもそも俺たち、仕事を抜け出して来てるんだから」
「えー!」
鈴音はそう駄々をこねていたが、彰人に連れて行かれた。
「私は叔父さんについて行くわ」
冬花が静かに言った。
「咲良ちゃん、沙羅ちゃん。また後で」
そう言って、冬花は菊都と並び、その部屋を後にした。
部屋を出て、数歩進んだところで菊都がふと足を止めた。
「で」
前を向いたまま、何でもないことのように言う。
「あの“毒消し”ってのを探せば、今抱えてる問題はなんとかなるんだな?」
「……え?」
冬花は思わず、間の抜けた声で聞き返した。
「気づいてないと思ったか?」
菊都は肩越しにちらりと冬花を見る。
「何かあったんだろ。俺の預かり知らぬところで」
「……ええ、そうだけど……」
冬花は言葉を選ぶ。
「どうして、そう思ったの?」
「証拠なら、いくらでもあった」
菊都は指を折るように続けた。
「まず、沙羅って子。俺は初対面なのに、冬花は知ってた。次に、外の様子だ。夕方になってるのに、やけに落ち着いてる。それと一番分かりやすいのが……」
一瞬、言葉を切る。
「冬花たちの態度だな。明らかに、俺に嘘をついてる」
冬花は息を呑んだ。
「鈴音さんや彰人くんを、余計に心配させないためか?」
菊都は苦笑する。
「まぁ、理由はどうでもいい」
そして、はっきりと言った。
「要するにだ。俺のスキルで、その毒消しを探せばいいんだろ?」
「……え、ええ。そう、だけど……」
「どれだけ冬花と一緒に過ごしたと思ってる」
菊都は前を向いたまま、いつもより少しだけ柔らかい声で言う。
「困った時は、素直に頼れ。それが俺の“保護者”としての責務だ」
冬花は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
「……ありがと」
「お」
その直後、菊都が立ち止まる。
「この部屋、怪しくないか?」
「理由は?」
「勘だ」
間髪入れず、冬花は頷いた。
「じゃあ……そこにあるわね」
二人は部屋に入り、ゲームが始まる時刻までそのまま待った。
しばらくして、部屋のホワイトボード前に置かれていた机の上に、突如として変化が起きた。
何もなかったはずの場所に、片手に収まるほどの小袋が現れる。中には、薬草のようなものが詰められていた。
「……これか?」
菊都がそう言いながら小袋を手に取った瞬間、脳裏に無機質な声が響いた。
『宝物、毒消しを手に入れた』
「やっぱり、これっぽいな」
「行きましょう。叔父さんにもやってもらうことがあるから。早く」
冬花は短く言った。
二人はそのまま二階の講義室へ向かう。
部屋に入ると、すでに数名が集まっており、どうやら二人を待っていたようだった。
「冬花さん! ありましたか?」
咲良が駆け寄る。
「ええ。持って来たわよ」
「で、何をすればいいんだ?俺は?」
菊都が尋ねる。
「……これを、全部同時に使用するらしい」
咲良が答えた。
「これって……」
部屋の中央に並べられたアイテムを見て、菊都は眉をひそめた。
薬草、毒消し、聖水、装飾品、そして聖剣。
「同時に使用、できるのか?」
「ゲームなら意味は分かるんですけど……」
咲良は言い淀む。
「現実で“同時使用”って、どういう意味なんでしょう」
「薬草と毒消しを食べながら、聖水を頭から被って、装飾品を身につけつつ、剣を振り回せばいいのか?」
菊都が確認するように言った。
「……た、多分?」
「ふっ……」
誰かが、菊都がその光景を実際にやっている場面を想像し、耐えきれずに鼻で笑った。
「ちょっと待て。今、誰だ笑ったの。ひどくない?……というか、これ俺がやらなくてもよくない?」
「いえ……少しでもタイミングがズレると失敗するそうなので。運が良い叔父さんにお願いしようかなって……」
冬花が申し訳なさそうに、でもはっきり言った。
「何だそれ!? そういえば俺、これをやる理由とか全然説明されてないんだけど!?」
「叔父さん」
冬花は一歩近づき、真っ直ぐに菊都を見る。
「私、叔父さんを頼ってるの。保護者としての責務、果たしてくれるわよね?」
「……ここでそれを使うのかよ」
菊都は一瞬だけ天井を仰ぎ、そして諦めたように息を吐いた。
「……まぁ、いいや」
結局、渋々ながらも、菊都はその宝の“同時使用”を実行することになった。
菊都は薬草と毒消しを口に含み、聖水を頭から被り、装飾品を身につけて聖剣を握る。
「これでいいふぉか?」
薬草と毒消しを口に含んだまま、菊都がくぐもった声で言った。
「これで……剣を振ればいいのかな?」
咲良が不安そうに言う。
その言葉を受けて、菊都は何もない空間に向かって聖剣を振り下ろした。
……しかし、何も起こらなかった。
「何も起こってなくないっすか?」
沙羅が首を傾げる。
「てことは、これ、俺、ただただ意味のわからん行動しただけじゃねえか!」
菊都がそう叫んだ、その時だった。
ドタバタと足音を立てながら、部屋の扉が開く。なだれ込んできたのは警察だった。
その中の一人が事情を説明してくれた。
学内でゾンビ騒ぎがあったことや、見えない壁によって人が閉じ込められていたという通報が相次いでいたらしい。
実際に来てみると、察も見えない壁に阻まれて中へ入れなかったが、先ほど突然その壁が消えたため、こうして中に入ることができたのだという。
「.....てことは、終わった?」
咲良が言った。
「み.....たいね」
その後は管察から事情聴取を受けたり、周囲の人たちに心配されたりと、大変な騒ぎになった。
さらに厄介だったのは、ゾンビ騒ぎの記憶がある人と、まったく覚えていない人が混在していたことだ。
ゾンビを目撃したと主張する人や、騒動を覚えているせいでショックを受け、パニック状態になる人もいれば、ただ見えない壁に阻まれただけだと言う人もいて学内は大きな混乱に包まれた。
追い打ちをかけるように、大学構内の地中から大量の遺体が発見されたことも報道された。
それらはすべて、これまで行方不明とされていた人々であることが判明し、事件は一気に社会問題へと発展する。
この影響で大学はしばらくの間、全面休講を余儀なくされた。
この一連の出来事はニュースでも大々的に取り上げられることとなった。不幸中の幸いだったのは、その報道をきっかけにゲーム開発サークルの存在にも注目が集まり、彼らが制作していた召喚RPGが話題になったことだ。
このゾンビ騒動は、そんな感じで幕を閉じた。
とある薄暗い部屋の一室にて。
関川は椅子に腰掛け、本を読んでいた。背後から近づいてくる足音に気づきながらも、視線はページから離さないまま、静かに声をかける。
「おや、アセビくんじゃないか?」
「私一人に色々やらせておいて、あなたは優雅に読書ですか?」
「悪いね。でも、僕も先ほどまで色々と動いていたんだよ。で、どうだい? 頼んでいた任務はこなしてくれたかい?」
「ええ。あの人たちの中にスキル持ちは二人。一人はあなたの知っている人物で、もう一人が井上鈴音。スキルは《偏極強化》だそうよ」
「なるほど……ありがとう。では、もう一つの任務は? 素質のありそうな子はいたかい?」
「一人だけ。学園祭が始まる一週間前から目をつけている子がいるわ。私のことは覚えていなかったみたいだけれど……」
「誰だい?」
「咲良って呼ばれていた子ね。……そっちは?」
「僕も一人、目をつけている子がいる。それに、真央くんも同じ意見だそうだ」
「真央に会ったんですか?」
「ああ、たまたま遭遇してね。そこで、彼女にも意見を聞いたんだ」
「そうですか……」
「ちなみに……他の人間についての情報はあるかい?」
「無いわ。バグを利用されたせいで、全部終わっちゃったもの」
「そうか。宇宙航空研究開発機関にハッキングをかけた子について知りたかったんだがね。……というか、君はいい加減、ゲームの世界を自分のスキルに流用するのはやめたらどうだ?」
「世界の設定を考えるのが面倒くさいんだもの。それに、私のやり方について、あまり指図しないで。殺すわよ」
「君のスキルで人を殺すのは無理だろう?」
「ええ、そうね。でも、スキル以外なら、殺す方法なんていくらでもあるわ」
「ほう。それは怖いね」
「何人も人を殺してきたくせに……あ、そうそう。死体の用意や小道具の手配、ありがとう。でも、これで警察に目をつけられたでしょう?」
「問題ないさ。警察内部には手を回してある。ただ……厄介なのは公安の連中くらいかな」
関川はそこでようやく本を閉じた。
紙の擦れる音が、薄暗い部屋に小さく響く。
「まあいい。予定通りだよ」
そう言って、彼は立ち上がる。
窓の外には、まだ騒動の余韻を引きずったままの世界が広がっていた。




