表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/22

第18話

『……龍也が……そうか。じゃあ、起こして欲しいバグは二つだな』


龍也の最期までを伝え終えたあと、通話の向こうで藤麻は短く息を吐いた。


「何か案があるの?」

咲良が、慎重に問いかける。


『あるぜ。そのゲームに巻き込まれた人間全員を救う方法が』

藤麻は続けた。


『かなり賭けになるがな……』


「その方法は?」

咲良は即座に聞き返した。


『まず、最初にやって欲しいバグが“時間巻き戻しバグ”だ』


「……巻き戻しバグ?」

咲良の声に、困惑が混じる。


『簡単に言えば、セーブ破壊をしてほしい』


「セーブ破壊って、セーブする時に特定の行動をしたらゲームが壊れる、あれよね?」

冬花が確認するように言った。


『ええ、そうです』


「でも、現実世界にはセーブ機能なんてないわ」

冬花は冷静に指摘する。


『はい。でも、召喚RPGの仕様上、重要なアイテムを取った瞬間にオートセーブが入るじゃないですか』

藤麻は説明を続けた。

『おそらくですが、アセビって奴が用意した“宝”は、重要アイテム扱いになってる』


「……つまり」

冬花が言葉を継ぐ。

「宝を取ると同時に、何か特定の行動をしなきゃいけないってことね」


『さすが、冬花さん。その通りです』


「その特定の行動は?」

咲良が聞いた。


『……死ぬことです』


「……は?」


思わず漏れた咲良の声に、講義室の空気が一気に張り詰めた。


『召喚RPG内で、アンデット襲来イベント中に対抗アイテムを取得した“その瞬間”に死亡するとバグが起きて強制終了、その後、第二章終了後の状態にローディングされる』

藤麻は淡々と続けた。


「……だいぶ致命的なバグじゃない?」

咲良が呆然と呟く。


『気づいたのが、学園祭が始まった直後でさ。しかも再現性がほぼない。宝を取るタイミングと死亡が、数秒でもズレたら失敗だと思う』

藤麻は少し苦笑したような声で言った。


「現実でそれを起こすの、だいぶ無理じゃない?ていうか……死ななきゃいけないんですけど?」


『それと、すでに見つかってる宝じゃ意味がない。未発見の宝じゃないとダメだ。残りはいくつある?』


「二つっすね」

沙羅が即答する。


『……だ、誰だ?』


「三橋沙羅ちゃん。大学の子だよ」

咲良が説明する。


『おお、よろしく。……って、そんなこと気にしてる場合じゃないな』

藤麻はすぐに本題へ戻った。


『そのバグが成功すれば時間は巻き戻る。だが、それだけじゃ意味がない。次に必要なのが、“強制終了バグ”だ』


「強制終了させる理由は?」

咲良が聞いた。


『時間が戻っても、またゲームは始まるだけだ。だから、始まった瞬間に終わらせる。犠牲者ゼロでな』


「……その強制終了バグは、どう起こすんだ?」

咲良は問い詰める。


『集めた宝を、全部同時に、一人の人間が使用するんだ。時間が巻き戻るから、宝は集め直しになる。犠牲が出る前に集めきる必要がある。正直、かなりのRTAになる』


「……処理落ち狙いってことだよね?召喚RPG内でも、一気にアイテム使用ってできなくない?」

咲良が尋ねた。


『できなくはない』

藤麻は答えた。

『昔、チーターが使ってた手口だ。チートでアイテムを大量同時使用→処理落ち→強制終了っていうやつ』


「……宝を取ると同時に死ぬ役と全部の宝を一気に使う役、誰がやるんすか?」

沙羅が言葉を挟む。


『俺が知ってる、使えそうなバグはこれが限界だ。ごめん』


沈黙が落ちた、その瞬間だった。


「……だったら、それ全部、俺がやる」


低く、迷いのない声。


振り返ると、鈴音を抱えた菊都が立っていた。

腕の中の鈴音は力なく、心なしかぐったりとしている。


「鈴様!?」

冬花は弾かれたように駆け寄り、鈴音の肩にそっと手を触れた。


その瞬間、冬花の表情が凍りつく。

血の気が引いた顔で、言葉を失ったまま固まっていた。


「……菊都さん?」

咲良は嫌な予感を振り払うように、恐る恐る問いかける。

「鈴音さんは……?」


菊都は、ゆっくりと横に首を振った。


「……叔父さん」

咲良の声が、かすかに震える。

「何があったの?」


菊都は一度だけ目を伏せ、それから静かに息を吐いた。


「実はな……」


そう言って、彼は語り始めた。




咲良と藤麻が通話する、少し前のこと。


「……うっ」


鈴音は呻き声を漏らし、反射的に腹部を押さえた。アセビに叩き込まれた一撃が、時間が経つにつれて重く、鈍く、内側から広がってくる。


「っ……」


息を吸うだけで、鋭い痛みが走った。

それでも鈴音は歯を食いしばり、必死に視線を上げる。


そこには、アセビと必死に渡り合う菊都の姿があった。しかし次の瞬間、体勢を崩した菊都に、アセビの攻撃が立て続けに叩き込まれる。


「……菊都さん!」


鈴音が叫んだ、その瞬間だった。

アセビが凄まじい勢いで、鈴音の方を振り向く。


「あら。起きたの?そのまま寝てれば、楽になれたのに」


そう言いながら、アセビは菊都を壁へと叩きつけた。


「……ぐはっ!」


鈴音の視界の端で、菊都の身体が壁に打ち付けられ、力なく崩れ落ちる。それでも、辛うじて意識だけは保っているようだった。


「そういえば、ずっと気になっていたのだけれど」

アセビは悠然と歩きながら言った。

「あなた達のスキルって、何なのかしら?」


「教えるわけねぇだろ」

菊都が、荒い息の合間に吐き捨てる。


「そう。じゃあ……」

アセビは微笑み、鈴音へと手を伸ばした。

「そこにいるお嬢ちゃんを痛めつければ、答えてくれるかしら?」


鈴音は体を動かそうとした。

だが、腹部を走る激痛がそれを許さない。


このままじゃ、全員やられる。


そう思った時、鈴音は、覚悟を決めた。


「……私のスキルは、《偏極強化》っていうスキルでね」

そう告げると、アセビの手がぴたりと止まる。


「へぇ。教えてくれるの?それで、どんなスキルなの?」


「身体強化系のスキル。身体強化を“部位単位で、任意の比重に偏らせられる”能力」


鈴音は息を整えながら続ける。


「私の身体は常に強化されてる。でも、それは均等じゃない。意識ひとつで、強化の比重を自在に変えられるの。例えば、腕に集中させれば打撃は重くなる。その代わり、脚や胴は弱くなる、そんな感じ」


「そう」

アセビは興味深そうに頷いた。

「じゃあ、そっちのジジイの能力は?」


「さぁ。詳しくは知らない」


「そう。じゃあ……」

アセビは倒れている彰人を指差す。

「そっちの男は?」


「……お兄ちゃん?」

鈴音は一瞬だけ視線を向けた。

「お兄ちゃんは、スキル持ちじゃないよ」


「そうなの。どうもありがとう」

アセビは微笑む。

「でも妙ね。どうして急に、全部教えてくれたの?」


「……私のスキル、《偏極強化》にはね」

鈴音は静かに言った。

「とある使い方があるの」


「使い方?」


「偏極強化する部位を、“脳”に絞る」

鈴音は、はっきりと告げる。

「すると、一時的に戦闘能力が跳ね上がって、狂戦士化できるの」


アセビの表情がわずかに強張る。


「使うと……八割の確率で死ぬらしいけどね」

鈴音は菊都の方を一度だけ見た。

「……だから、死んだら後はよろしく。菊都さん」


アセビが慌てて鈴音に手を伸ばす。

だが、間に合わなかった。


「スキル《偏極強化》強化部位……脳」


その言葉と同時に、世界が歪んだ。


次の瞬間、鈴音は襲いかかろうとしたアセビの腕を掴み、勢いよく吹き飛ばしていた。


「はははっ!最っ高!」

鈴音は高らかに笑う。

「クソキモいおばさんに殴られて、さっきまで痛かったんだよ!」


「誰がおばさんだって!?」


「あぁ!?テメェに決まってんだろ!?年増のくせに、そのツラで若作りしてんじゃねぇぞ!」


「あなたも、いつかこんな顔になるのよ!」


「知るかよ!」


怒号と嘲りが飛び交い、二人は激しくぶつかり合った。その戦いの中で、菊都の意識は、ゆっくりと闇に沈んでいった。


そして。


次に目を覚ましたとき、菊都の視界に映ったのは、自分の前で横たわる鈴音の亡骸だった。

その傍らには、誰かの血の跡。おそらく、アセビのものだろう。


周囲を見回すと、ゾンビの群れが迫ってきていた。その中には、彰人とよく似た顔のゾンビも混じっている。


「……彰人くん……」


菊都はそう呟き、鈴音の身体を抱え上げた。

そして必死にゾンビから逃げ、他の生存者を探し続ける。


やがて辿り着いたのが、咲良たちのいる講義室だった。


そして、現在に至る。


「……それで、俺は宝を取るのと同時に死ねばいいんだな」

菊都は、通話越しの藤麻に問いかけた。


『ええ。ただし、その二つの行動を数秒も狂わず、完全に同時に行う必要があります』

藤麻は淡々と言う。

『……できますか?』


「任せろ。俺は運だけはいいんだ」


「……じゃあ、後は宝を見つけるだけっすね」

沙羅はそう言って、講義室にいる全員に状況を手短に伝えた。


それからしばらくして。


「……あったよ!」


そう叫びながら、一人の女子学生が講義室に駆け込んできた。


彼女に案内され、一行は宝のある場所へ向かう。

しかし途中で、菊都だけが足を止めた。


「……ちょっと用事がある」

そう言い残し、彼は一人、別方向へと姿を消した。


やがて辿り着いた部屋の中央。

床には、一本の剣が突き刺さっていた。


「……聖剣ですね」


「本物っすか?」

沙羅に促され、咲良が慎重に近づく。


しばらく観察してから、咲良は頷いた。


「……本物っぽいです」


その時だった。

少し遅れて、菊都が部屋に入ってくる。


「悪い、遅れた。今、どういう状況だ?」


「ここにある宝は、本物みたいですけど……」


「そうか……」

菊都は一度だけ剣を見て、静かに言った。

「じゃあ、冬花たちは講義室に戻っててくれ」


「叔父さん……大丈夫なの?」

冬花が不安そうに尋ねる。


「ああ。叔父さんに任せとけ。だから、ほら、あっち行ってろ」


そう言われ、咲良たちは拠点としている講義室へと戻っていった。


部屋に残ったのは、菊都ただ一人。


「……ふぅ」

彼は小さく息を吐く。

「死ぬのは……これで二回目だな」


そう呟くと、菊都は先ほど事務室で拾ったカッターを取り出した。


迷いはなかった。


刃を頸動脈に当て掻き切る。


それと、ほぼ同時に。


菊都は、床に突き刺さった聖剣の柄を掴んだ。


身体が崩れ落ちる感覚の中、脳裏に、無機質な声が流れ込む。


『聖剣ヲ手ニ入レタ。聖▒▒ヲ▒▒ニ▒▒▒処理に失敗しました』


次の瞬間。


大学全体が、まるで上書きされるように完全な闇に、塗り潰された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ