第16話
菊都たちと別れた直後のことだった。
龍也は、キメラアンデットを引き連れるようにして大学構内を駆け回っていた。
息は荒く、喉が焼けるように痛む。それでも、足を止めることはできない。
できる限り大きな音を立て、わざと足音を響かせる。物陰に身を隠すこともしない。目的は一つ。化け物の注意を、菊都たちから完全に引き剥がすこと。
「おーい! 化け物! こっちだぞ!」
声を張り上げるたび、背後から不快な呻き声が重なって返ってくる。振り返れば、歪な肉体を引きずりながら迫ってくるキメラアンデットの姿。
龍也は、ただ闇雲に逃げているわけじゃない。
四号館を抜け、曲がり角ごとに一度だけ振り返って確認する。
数は減っていない。むしろ、増えている。
「……よし、ちゃんとついてきてるな」
小さく呟き、龍也は再び走り出した。
目指すのは、大学構内の外れにある駐車場。
視界が開け、アスファルトが見えた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
「あった!」
自分の車だ。
龍也はドアに飛びつくようにして鍵を開け、運転席へ滑り込む。
エンジン音が、静まり返った構内に響き渡った。
アクセルを踏み込む。
そして、迫り来るゾンビの群れへ、車を一直線に走らせた。
キメラアンデットを含むゾンビたちは、想像していたよりもあっさりと倒れていった。
鈍い衝撃音とともに肉体が弾き飛ばされ、地面に転がる。
車体は揺れたが、止まらない。
「いひゃっほー! 見せてやるよ! 俺のドライブテクニックをよぉ!」
龍也はハンドルを握りしめ、笑い声を上げた。
「究極のかもしれない運転だよ!俺はF1レーサーかもしれない!」
調子に乗った龍也は、そのまま大学構内を爆走し始めた。アクセルを踏み込むたび、エンジン音が建物の壁に反響する。
その騒音に釣られるように、構内のあちこちからゾンビたちが姿を現し始めた。よろめきながら、しかし確実に、音のする方向へと集まってくる。
「よしよし、そっちで正解だ」
龍也は進路を変え、次々とゾンビを轢き潰していく。衝撃、振動、嫌な感触。それでも、ブレーキを踏むつもりはなかった。
さらに、その音はゾンビだけでなく、
構内に身を潜めていた生き残った人間たちにも届き始めていた。
その頃、咲良と冬花のいる会議室では。
「……車の音?」
咲良は気になったが、冬花を見捨てて様子を見に行くわけにもいかない。そのまま部屋で冬花を見守っていると、ゾンビの唸り声ではない、人の声が聞こえてきた。
「おーい! 誰かいますか!?」
即座に咲良は返事をしながら、部屋のバリケードを崩した。
「はい! います!」
「え! この部屋ですか?一応、一階も見に来てよかった」
バリケードを崩し終え、ドアを開ける。
そこには、咲良と同い年くらいの小柄な女の子が立っていた。
「どもっす!うち、三橋沙羅って言います。よろしくです」
「田中咲良です。えっと……沙羅さんは……一体、何をしてたんです?」
「うちっすか? 生き残りを探してたっす。人手が欲しくてですね」
「人手? 何で?」
「放送、聞いてないんですか?」
「いや、聞いた。聞いたけど……それに、何で人手が必要なんです?」
「このゲームをクリアするために、宝を探さなきゃいけないじゃないですか」
「でも、五個しかないし。人手を増やせば増やすほど、自分が生き残る確率は減らない?」
「確かにそうかもしれないっすけど、それで宝が一つも見つけられなかったら、全員が犠牲になって終わるだけじゃないっすか」
「それは……そうだけど」
「だったら、複数人で協力して見つけてから、誰が生き残るかは考えればいいだけじゃないっすか」
「……確かに」
「ところで、そこで寝てるナイス美バディなお姉さんは、咲良の知り合いっすか?」
沙羅は、部屋の隅で横になっている冬花に目をやった。
「ナイス美バディって……冬花さんのことか。そうです。でも、寝不足で倒れてしまったみたいで」
「そうっすか。じゃあ、二人で運びましょうか」
「運ぶって、どこに?」
「うちが集めた仲間がいる場所が、この建物の二階にあるんで、そこに行きましょう。少なくとも一階よりはゾンビ少ないですし」
沙羅は続けて言った。
「それに、どっかのバカが車で馬鹿騒ぎしてくれてるおかげで、ゾンビはみんなそっちに向かってます。今のうちっすよ。着いたら、咲良の状況も聞くし、こっちの状況も説明するんで。今はとりあえず移動しましょう」
そう言って、二人は何とか冬花を担ぎ、二階へと向かった。そして、とある講義室の中へと入っていった。
入ると、そこには二十人ほどの男女がいた。
床で寝ている者、壁にもたれて座っている者、低い声で喋っている者。
咲良が入った瞬間、その全員が一斉にこちらを向いた。
「うぃーす。生存者がまだいたよ」
沙羅が明るい声で言う。
「沙羅ちゃん! 良かったぁ……無事だったぁ」
そう言いながら、何人かの女の子が沙羅に抱きついた。
「咲良! 咲良じゃん! 生きてたぁ!」
そんな声がして、咲良がそちらを見ると、サークルメンバーの何人かがそこにいた。
「みんな……!」
「お! 知り合いだったんすか? それは良かったっすね」
冬花を部屋の隅に下ろし、寝かせてから、咲良はサークルメンバーに声をかけた。
「みんな、生きてて良かった……」
「咲良もだよ。でもさ……何人かはゾンビに襲われた人もいてさ」
そう言ったサークルメンバーの目は腫れていた。
きっと、そのことを思い出して、何度も泣いたのだろう。
「……これ、どういう状況なの?」
咲良はできるだけ冷静に尋ねた。
「あんた、冷静ね。まぁ、咲良らしいけどさ」
「サークルの出し物を出してた展示室がゾンビに襲われてさ。パニックになって、みんなバラバラに逃げた後に、あの三橋沙羅ちゃんと出会ったの」
「それで今は、仲間を集めながら宝を探してる感じ」
「ほんと、あの子すごいよ。状況に応じて的確な判断をしてくれるし。私たちが生き残れたのも、あの子のおかげって言っていいと思う」
サークルメンバーたちは、口々に説明してくれる。
そこへ、少しニヤついた沙羅が近づいてきた。
「そんな褒めないでおくれよ。褒めても何も出ないぞー」
「いやいや、本当に感心してますよ」
「にゃはは。……で、咲良。ちょっといいかい?」
沙羅は軽く笑ったあと、真剣な表情になり、咲良に手招きした。
咲良は沙羅について行き、講義室の隅で向き合う。
「何ですか?」
「この講義室にいる一人から聞いたんすけどね」
沙羅は、冬花の方へちらりと視線を向けながら続けた。
「君の連れてきたあの子が、“異世界”だの、“スキル”だの言ってたらしいんすよ」
「は……はぁ。それが、何か?」
「さらに言えば、それがこのゾンビ騒動の黒幕なんじゃないか、とか言ってる輩もいて」
「……つまり、邪魔だから出ていけって?」
「いやいや、そんな薄情なことは言わないっすよ」
沙羅は首を振った。
「ただ、その異世界だのスキルだのの話、純粋に興味があるんす。その話を聞けば、咲良たちが黒幕かどうかも判断できると思うし」
そう言われて、咲良は少し迷ったあと、藤麻や菊都から聞いた“異世界”についての話や、今の現状を語った。
話を終えると、沙羅は腕を組み、ぶつぶつと何かを呟き始める。
「……ワームホールに、異世界に、スキルに……何それ。面白すぎるでしょ……」
目を輝かせたまま、沙羅は続けた。
「この話をベースにしたら、小説の一本くらい書けるんじゃないか」
「あの……沙羅さん?」
「あ、ああ、すまないっす。ちょっと興奮してしまって」
沙羅は咳払いをして、真面目な表情に戻った。
「でも、話を聞く限り、君たちはこの騒動を起こした張本人じゃなさそうっすね。それに、咲良が言ってた菊都さんって人が、アセビってやつを止めに行ってるんすよね?」
「……そうです」
「だったら、もしかすると、もうすぐこのゲームも終わるかもしれないってことっす」
「……でも、全然帰ってこないし、ゲームが終わった気配もありません。もしかしたら、菊都さんたちはもう……」
言いかけて、咲良は言葉を飲み込んだ。
「それでも、ゼロじゃないっすよ。少なくとも、希望は残ってる」
沙羅はきっぱりと言った。
「だから、うちらは希望を増やすために、引き続き宝集めっすね」
「そういえば……宝って、どんな見た目か分かったりしますか?私、まだ実物を見たことがなくて」
「二つ、もう手に入れてるんで、見せてあげるっす」
そう言って沙羅は講義室の前方へ歩き、机の引き出しから二つの物を取り出した。
一つは、銀色の装飾が施されたネックレス。
もう一つは、小さなガラス瓶。中には透明な液体が揺れている。
「これが……宝なんですか?」
「ああ。こっちが装飾品。で、こっちが聖水だそうっす」
「……どうやって判断したんですか?」
「うちも聞いた話っすけどね」
沙羅は肩をすくめる。
「どっちも宝箱みたいな箱に入ってたらしくて。開けた瞬間、頭の中に“宝物、装飾品を手に入れた”とか、“宝物、聖水を手に入れた”って声が響いたらしいっす」
「ステータスメッセージみたいな感じですかね」
咲良はネックレスと瓶を見比べながら呟く。
「……というか、装飾品に聖水って、なんだか私の知ってるゲームにそっくりだな」
「咲良の知ってるゲーム?」
「私、ゲーム開発サークルに入ってて。そこで作ってるゲームに“召喚RPG”ってのがあるんです」
「その二つの宝物、ディテールがそのゲームに出てくるアイテムとほとんど同じで」
「偶然って可能性もあるっすよね?」
「あるとは思いますけど……」
少し考えてから、咲良は続けた。
「もしくは、この騒動を起こしたアセビって人が、そのゲームを知ってたとか」
「好きでこの騒動を起こした可能性もあるっすね」
「だとしたら、かなり風評被害なんですけど……」
二人が話していると、別の生存者が沙羅に声をかけてきた。どうやら、新しい宝が見つかったらしい。
沙羅は一旦その場を離れ、しばらくして戻ってきた。
「宝が一つ見つかったっす。今回は薬草だそうっす」
その言葉に、咲良の表情が変わる。
「……確か、召喚RPGの第三章。“アンデット襲来イベント”で手に入るアイテムは、全部で五つ」
咲良は、指を折りながら数えた。
「装飾品、聖水、聖剣、薬草、毒消し」
一瞬の沈黙。
「……偶然じゃないかもしれないっすね」
沙羅が、低い声でそう呟いた。
「えっと……アンデット襲来イベントの主な内容はですね。第二章で主人公がボスを倒したことが街中に広まって、街では宴が開かれているんです。その最中、大量のアンデットが街に出現してパニックになって、それを止めるために、アンデットに対抗できる五つのアイテムを集めなきゃいけない、っていう流れです」
「……ちなみに、そのゲームでのアンデットの弱点って何っすか?」
「光属性の魔法、火属性の魔法……あ、あと、銀です」
「銀?」
「はい。召喚RPG内のアンデットは、銀装備を身につけているとアンデットを押し潰せるっていうバグがあって。それを友達に教えてもらって修正しようとしてたんですけど、間に合わなくて……結果、銀が弱点のままなんですよね」
「銀っすか。……ちょっと行ってくるっす」
沙羅はそう言うと講義室を飛び出していった。
慌てて咲良が追いかけると、廊下の先にゾンビが立っていた。沙羅は迷いなく何かを投げつける。
次の瞬間、ゾンビは跡形もなく消滅した。
「……何したんですか?」
「咲良か。趣味で買った指輪を投げたっす。銀製だったんで。ゾンビに当たった瞬間、ゾンビが消えたっす」
指輪を拾い上げながら、沙羅はそう言った。
「……ってことは、銀さえあればゾンビに対抗できる?」
「それより気になるのは、なんでその召喚RPGの仕様が、このゲームに採用されてるのかっす」
「それは……確かに」
「……咲良は、本当にこの騒動の黒幕じゃないんすよね?例えば、咲良が“アセビ”だったとか」
「違う。本当に私じゃない。放送を聴いていた時、私は召喚RPGを展示している部屋にいたし、周りにも人がいた」
「でも、咲良から聞いた異世界やスキルの話が本当なら、スキルで誤魔化すこともできるっすよね。分身とか」
「じゃあ、この大学から出られない“見えない壁”はどう説明するの?聞いた話だけど、こっちの世界に持ってこられるスキルは一つだけ、って」
「複数人スキル持ちがいたら?例えば、ゲーム開発サークルのメンバー全員がスキル持ちで、協力してこのデスゲームを開催してるとか。複数犯は推理小説の定番っす」
「「…………」」
「……憶測だけで話しすぎたっすね。水掛け論でしかないっす。少なくとも、ゾンビに対抗できる手段が一つ増えたことを喜ぶべきっすね」
「それもそうだね。でも……この量のゾンビを全部処理できたとしても、見えない壁がどうにかなるとは限らないし、進展はしてないかもね」
「そうっすね……」
「何を言っているの、咲良ちゃん。今までの話の中に、値千金の情報があったじゃない」
背後から声がした。振り返ると、そこに冬花が立っていた。
「冬花さん! 体調は大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫よ。急に倒れてしまってごめんなさい。最近ずっと、とある機関に寝ないでハッキングを仕掛けていて……」
冬花は沙羅に視線を向ける。
「あなたが、沙羅ちゃん?あの講義室にいる人達から話は聞いたわ」
「え、ええ……」
「山田冬花です」
「どうもっす。それで、値千金の情報って?」
「途中から聞いていたけれど、あなたたちの話で分かったことがあるわ。このゲームを終わらせる方法がある」
冬花は感情を挟むことなく、結論だけを告げるように淡々と言った。




