第12話
大学構内は、朝から人で溢れ返っていた。
色とりどりの模擬店、あちこちから飛び交う呼び込みの声、ステージから漏れてくる音楽。
普段は静かなキャンパスが、嘘のような熱気に包まれている。
大学内の一室。
ゲーム開発サークルの展示スペースでは、咲良が忙しなく立ち回っていた。
「はい、インストールはこちらからですよ! 展示用モニターは触らないでくださいねー!」
「咲良、来場者数、想定より多いぞ!」
「了解! 整理券、追加で回して!」
サークルメンバーの動きは慌ただしいが、その表情には高揚感が浮かんでいる。
展示されているのは、例のゲーム、召喚RPG。
大型モニターに映し出される派手なエフェクトと、完成度の高いUIに、通りがかる学生や来場者の足が次々と止まっていた。
そんな中。
「……ここか」
展示スペースの前で、少し場違いな雰囲気の二人が立ち止まった。
一人は、気怠げな雰囲気をまとった中年男性。
もう一人は、無表情気味で周囲を観察する白衣姿の若い女性だ。
「叔父さん、ここよ。咲良ちゃんのサークル」
「……思ったより人が多いな」
菊都と冬花だった。
人混みをかき分けて展示スペースに近づく二人に、咲良が気づいて目を見開く。
「冬花さん! 菊都さん! いらっしゃい」
「やっほー、咲良ちゃん。お疲れ様」
冬花はいつもの調子で微笑み、
菊都は腕を組んだまま、展示されているモニターに視線を向ける。
「これが例のゲームか。完成度高けぇな」
「……ですよね。冬花さんの基盤があってこそです。あの後、少し改良して、かなり良くなりました。正直、学祭レベルじゃないって言われまくってます」
そのときだった。
少し離れた場所から、明らかに不審な二人組が近づいてくる。
深く被った帽子。
顔の大半を覆うマスク。
さらにサングラスまで装備している。
どう見ても、不審者だった。
「……なに、あれ」
咲良が思わず呟いた瞬間、
そのうちの一人が小さく手を振った。
「……咲良ちゃん」
聞き覚えのある声に、咲良は固まる。
「……鈴音さん? ってことは、そっちはもしかして……彰人様?」
「しーっ!」
慌てて人差し指を立てる鈴音の隣で、
同じく変装した彰人が小さく頭を下げた。
「人が多すぎてな。万が一を考えて、この格好だ」
「いや、逆に目立ってると思いますけど……」
「そうかな?」
「鈴様も彰人さんも、忙しいでしょうによく来られたわね」
冬花が言う。
「いや、鈴音がどうしてもと言うから、仕事を抜け出してきた」
彰人が答えた。
「それ、お前が来る必要あったのか?」
菊都がすかさず突っ込む。
「は? あるに決まってるだろ。可愛い妹に何かあったらどうするつもりなんだ?」
「あー、はいはい。悪かったよ」
鈴音は周囲を警戒するように視線を巡らせながら、展示を覗き込む。
「展示って、この召喚RPGだけなの?」
「いえ、これはメインですね。サブの方に、私主導で作ったゲームもあります。メインよりはクオリティ落ちますけど」
「このQRコードが、咲良ちゃんの展示?」
「はい、そうです」
鈴音がQRコードを読み取り、ゲームを起動する。
そのスマホ画面を、菊都が横から覗き込み、二人ではしゃいでいた。
傍から見れば、父親と娘のようだ。
それとは対照的に、彰人は菊都へと殺意のこもった視線を向けている。
「……ん? なんか寒気が……うぉ、ごめんって! 特に君の妹に何かする気はねぇから安心してくれ」
その視線に気づき、菊都が慌てて弁明する。
そんなやり取りを横目に、咲良は冬花に説明を続けた。
「この後、召喚RPGに関する来場者参加型イベントがあるんです。一時間後くらいに、また来てもらえると嬉しいですね」
「イベント?」
「この大学内を使った謎解きです。リアル脱出ゲームみたいな」
「分かったわ。じゃあ、それまで学内を見て回るわ」
「えー! 私も行く!」
鈴音が目を輝かせるが、
「そろそろ戻らないとダメだぞ」
彰人が即座に言った。
「えー、お兄ちゃんの意地悪」
「いじ……わる!? そんな……」
ショックを受けつつも、彰人は続ける。
「でもダメだ。マネージャーから、仕事抜け出したら次は法的措置って言われたばかりだろ」
「そうだった……。咲良ちゃん、ごめんね。本当はもっと話したいし遊びたいけど、行かなきゃ。また寝落ち通話しよーね!」
鈴音はそう言いながら、彰人に連れて行かれていった。
「……君、寝落ち通話とかしてんの?」
菊都が呆れたように聞く。
「冬花さんもいるグループ通話ですけどね」
「仲良いのね」
「あら、叔父さん。羨ましいの?」
「なわけあるか」
冬花がふと思い出したように言う。
「そういえば、藤麻くんは? 学園祭、参加してないの?」
「あー、あいつですか。多分、来ないですよ」
「何でだ?」
「サークルとか入ってなくて特に出し物もないですし、去年も『学園祭は大学生にとって全休なのだよ』とか言って、ネッ友とゲームやってたみたいですし」
「……そ、そうなのね」
「今頃、私のバイト先のゲームショップの店長と、ゲームでもしてるんじゃないですかね」
「店長?」
「店長が藤麻のネッ友の一人なんですよ。藤麻と、店長と、伊勢くんって人でよく遊んでたみたいです」
「もったいないわね。こんなの、学生のうちしか経験できないのに」
「それ、私も言いましたけど、適当にはぐらかされました。何かよっぽど来たくない理由があるんでしょうね」
「友達いないやつなら、その気持ち分かるぜ」
菊都が少し寂しそうに言う。
「学園祭って、一緒に回る人いないと惨めだからな」
「別に藤麻は、友達いないわけじゃないですよ。例えば……」
咲良がそう言った瞬間、
隣から軽薄な声が割り込んできた。
「そう。例えばこの俺、斉藤龍也とかね」
「あ、龍也。お疲れ。調子どう?」
「ふっ、咲良。その前に聞かせてくれ。このとても綺麗な女性の名前と連絡先を」
冬花を見ながら、龍也が言う。
「この、絶妙にダサい男が、藤麻の友達の斉藤龍也くんです。うちのサークルメンバーで、脚本担当ですね」
「どうも。山田冬花です」
「冬花様……!どうか、この俺に連絡先を!」
「龍也ー、ナンパしてないで仕事してくれ」
「ふっ、分かってないな。咲良。この美女を口説くのが俺の天命なのだよ」
「面白い子ね」
「調子いいこと言ってますけど、顔のいい人が好きなだけですよ」
「それは咲良も大概だろ。というか、冬花さんは何者なの?こんな美人と咲良はどこで知り合ったのだ?」
「私と言うよりかは藤麻の知り合いだよ」
「何!?また、あいつの知り合い?何であいつばっかり美女と出会うのだ!?不公平だ」
「それは本当にそう!」
「まぁ、相変わらずあいつはどうせ学園祭には来ないんだろうし」
「来ない理由、知ってたりする?」
「ん? まぁ、知ってるぞ」
「え、マジ!? 教えて!」
「それは無理だな」
「えー、ケチ」
「内緒にしろって男と男の約束をしてるからな」
「じゃあ、私たちはここらで失礼するわ。一時間後に、またね」
冬花はそう言って、菊都と共にその場を離れた。
「あ、冬花お姉様〜!」
龍也は懲りずに後を追っていく。
(藤麻は、今頃何してるんだろう)
咲良はふとそんなことを考えながら、展示ブースのスタッフを続けた。
同時刻。
学園祭の喧騒とはまるで無縁の、とあるゲームショップの奥の部屋。
店のバックヤードを改造したようなその空間には、雑多に積まれたゲームソフトと空き缶、そして酒の匂いが漂っていた。
その中央で、だらしない格好の女性がソファに深く腰掛け、真っ昼間から酒を片手にスマホを操作している。
咲良のバイト先の店長・塚田真央である。
「ぷはぁ! やっぱり、ゲームしながら飲む酒は最高だな」
缶を置き、満足そうに息を吐いた真央は、隣で同じくスマホを持っている藤麻に視線を向けた。
「なぁ、藤麻?」
「店長は、ゲームしてなくても酒飲んでるでしょ」
呆れたように返す藤麻に、真央は豪快に笑った。
「確かにな! それもそうだな!体の傷はアルコールで消毒!心の傷もアルコールで消毒で治療!大人には手放せない一品なのだよ」
「何言ってんだこいつ」
「酒は百薬の長って話だよ」
「さいですか」
藤麻は呆れたように呟く。
「でさ」
真央は再び画面に視線を落としながら、キャラを操作する指を止めない。
「最近はどうなんだ? 伊勢の奴は見つかりそうか?」
少しだけ空気が変わる。
藤麻は一瞬、画面から目を離し、言葉を選ぶようにして答えた。
「一応。手がかりは見つけました」
「そうか」
真央はそれ以上深掘りせず、軽く頷く。
「早く見つけてくれよ。また、いろんなゲームで暴れようじゃん。ていうかさぁ、二人でもやろうよ」
「伊勢が見つかったらな」
藤麻は淡々と答える。
「どのゲームもだいぶ伊勢頼りだったから。いないと勝てないとは言わないけど、いた方が楽なんですよ。あいつ、相手の動き読むの異常に上手いし」
「でも、お前だって少しは読めるだろ?」
「伊勢の見様見真似です」
「それでもいいじゃんかぁ」
「それに」
藤麻は少しだけ言葉を区切った。
「伊勢を見つけるまで、あいつとやってたゲームはやらないって決めてるんです」
「何でよ」
「悪い気がするじゃないですか。伊勢が教えてくれたゲームなのに、勝手に進めるの」
「FPSとかなら良くない?」
「あれは環境が終わってるから個人的にやりたくないだけ」
「それはそう」
一拍置いて、藤麻はふと思い出したように尋ねた。
「店長、店の仕事とかやらないんですか?」
「今日はお休み〜!」
真央は即答し、ニヤリと笑う。
「学園祭に行かない藤麻が、どうせ遊びに来ると思ってたし」
「俺のためなんですか?」
「惚れちゃった?」
「ははっ。冗談でもやめてください。吐きそう」
「死にたいって翻訳で合ってるか?」
殴られそうになった気配を察し、藤麻は即座に頭を下げた。
「すみません」
「で」
真央は缶を持ち直し、改めて藤麻を見る。
「藤麻は、何で学園祭に行かないんだ?」
「別に、何でもいいじゃないですか」
「そうはぐらかされると気になるなぁ」
「……聞いても、笑わないですか?」
「もちろん」
真央は即答した。
「あたしが今まで、お前の話を笑ったことあったか?」
「……たくさんある気がしますけど!?」
「まぁまぁ。で?」
少し間を置いて、藤麻は理由を話した。
すると
「っはははは!」
真央は腹を抱えて笑い出した。
「あはは! そうかそうか! なるほどね! そんな理由か! 可愛い奴だな、お前!」
「ほら、笑う」
「悪い悪い」
藤麻は肩をすくめる。
「まぁ、別にいいですけど」
そう言って、再びスマホの画面に視線を戻し、キャラを操作し始めた。
(咲良は、今頃どうしてるんだろうな)
学園祭の会場で、展示のスタッフとして立ち回っているであろう彼女の姿を思い浮かべながら、
藤麻は黙々とゲームを続けていた。
一方その頃。
学園祭の喧騒を背に、鈴音と彰人は大学の出口へ向かっていた。学園祭の喧騒から少し離れ、大学の正門付近は人通りがまばらだった。
屋台の呼び込みの声も、ステージの音楽も、ここまで来ると遠くに滲んで聞こえる程度だ。
「じゃ、そろそろ本当に帰るぞ」
彰人が腕時計を確認しながら言う。
鈴音は名残惜しそうに校舎の方を振り返った。
「うぅ……もうちょっとだけ見たかったなぁ」
「仕事を抜け出してる時点でアウトだ。これ以上いたら本気で怒られる」
「はいはい……」
渋々頷き、鈴音は正門へ向かって一歩踏み出した。
ゴン。
鈍い音がした。
「……え?」
鈴音は足を止め、目の前を見た。
そこには何もない。
それなのに、確かに“何か”にぶつかった感触があった。
「ちょ、ちょっと待って」
鈴音がもう一度、手を伸ばす。
指先が空を掴むはずだった。
しかし次の瞬間、見えない何かに阻まれ、指が不自然な位置で止まった。
「……壁?」
「何やってる」
怪訝そうに近づいてきた彰人が、同じように正門の外へ踏み出す。
ゴン。
「……は?」
今度は彰人も、はっきりと衝撃を感じた。
「……出られない?」
二人は顔を見合わせる。
冗談にしては、あまりにも感触が生々しい。
そのときだった。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
鈴音が小さく言った。
「なんだ」
「足元……見て」
彰人が視線を落とした瞬間、背筋が凍りついた。
地面が、蠢いている。
舗装されたはずの地面が、内側から盛り上がり、ひび割れていく。
まるで、下から何かが押し上げているかのように。
「……おい」
ズズズ、と土が擦れる音が響く。
次の瞬間。
バキッ、と地面が割れた。
そこから伸びてきたのは、人の手だった。
土にまみれ、爪が剥がれ、異様な角度で関節が曲がっている。
「……な、に……」
その手が地面を掴み、身体を引きずり出す。
続いて、もう一本。
さらに、別の場所からも。
「きゃああああああ!!」
近くにいた学生の悲鳴が、空気を切り裂いた。
土の中から現れたのは、人の形をしている“何か”。顔は土と血に汚れ、焦点の合わない目が虚空を彷徨っている。
明らかに、生きている人間ではない。
「……ゾンビ?」
誰かが呟いたその言葉を合図にしたかのように、
地面という地面から、次々と“それ”が這い出してくる。
「うそ……冗談でしょ……ここ異世界じゃないよね?」
「落ち着け、鈴音。離れるな」
彰人は彼女を庇うように前に立つ。
だが、正門の外へは出られない。
振り返れば、学内のあちこちで同じ光景が繰り広げられていた。
逃げ惑う人々。
転ぶ者。
泣き叫ぶ者。
ゾンビの一体が、鈴音達にに気づいたのか、
ぎこちない動きで二人の方へ向き直る。
その瞬間。
キャンパス全体に、ざわりとした不穏な空気が広がった。
学園祭の一日が、悪夢へと変わった瞬間だった。




