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第11話

菊都と鈴音は、関川と話した内容を藤麻と冬花に共有した。


「……もし叔父さんと鈴音さんが“関川と直接話した”っていうのが本当なら、関川は日本からアメリカまで一時間もかからず移動したことになるわね」


「そうなるな。理屈はさっぱり分からんが」


「双子がいた……とか?」

鈴音が首を傾げる。


「可能性はゼロじゃねぇが、そんな話は聞いたことがねぇな。加藤刑事が知らないってのも不自然だ」


「ていうか……もっと最悪の可能性があるんじゃないですか」

藤麻が、低い声で切り出した。


「「はぁ……」」


すでに同じ答えに行き着いていたのか、菊都と冬花は同時にため息をついた。


「最悪の可能性って、何?」

鈴音だけが、まだ分かっていない様子で尋ねる。


「関川は、もうワープ装置を完成させている可能性です」


「……あ、なるほど。……えっ!? じゃあまずくない?

あいつ、こっちの世界にモンスターを呼んで人類を滅ぼすって言ってたじゃん!」


鈴音が慌てたように声を上げる。


「それはないと思うわ」


「ですね」


即答する冬花と藤麻に、鈴音は目を見開く。


「なんで!?」


「説明してやれ。二人とも」

菊都が促した。


「異世界からモンスターを呼んで人類選別なんて、あまりにも非効率すぎます」

藤麻が言う。


「非効率?」


「叔父さんには前に言ったことあるんだけど、科学者は効率厨なの」


「ああ、言ってたな」


「不謹慎な話になりますけど……」

藤麻は一瞬だけ言葉を選び言った。

「人類を一番手っ取り早く滅ぼす方法って、何だと思います?」


「核戦争とかかな」


「それも一つの手ですが、不正解です」


「正解は、新型ウイルスの散布ね」

冬花が淡々と続けた。

「感染力が強くて、致死率も高いものをばら撒く。助けたい人間にだけワクチンを渡せば、人類選別なんて簡単にできる」


「……つまり」

菊都が腕を組む。

「関川には、“人類選別”以外の目的があるってことか」


「そう考えるほうが自然ね」


「それが何なのかは?」


「そこまでは分からないわ。ただ……」

冬花は少し考えてから続ける。

「関川は軍需施設でワームホールの研究をしていた。となると、使おうとしている魔法は召喚魔法の可能性が高い」


「何を召喚しようとしてるんでしょうか」


「ワープ装置を普段使いしたいだけ、って可能性は?」

鈴音が口を挟む。


「そのためだけに人を何人も殺します?」

藤麻が即座に否定した。

「リスクを取りすぎでしょ」


「……だよね」


「でも、召喚魔法を日常的に使ってないと仮定すると……」

冬花が続ける。

「関川が日本からアメリカまで一時間もかからず移動した理由が説明できない」


「スキルの可能性は? テレポートとか、分身とか」

鈴音が言う。


「あり得なくはねぇが……」

菊都は首を振る。

「君は、関川が壁を破壊したのを見たって言ってたな? テレポートや分身で、どうやって壁を壊すんだ?」


「あっ……そっか」


「結局、スキルについても分からないことだらけだし」

冬花がため息混じりに言った。

「だから断言はできないわ。でも……もう一度、関川について徹底的に調べ直す必要はあるわね」


「出入国の履歴とかを洗うか」


「こっちは、ワープ装置を完成させるわ」


「そうだ」

菊都が思い出したように言う。

「関川に召喚魔法の研究の話をしたとき、あいつが言ってた。“宇宙航空研究開発機関を調べろ”ってな」


その言葉を聞いた瞬間、冬花は「分かったわ」と言ってキーボードを叩き始めた。

指の動きは異常なほど速く、画面の文字列が次々と切り替わっていく。


だが、しばらくして


「……チッ」


短く舌打ちし、冬花の空気が明らかに荒れ始めた。


それを察した三人は、何も言わずに視線を交わし合い、静かにその場を離れることにした。


その頃、咲良はサークルの会議を終え、借りていた部屋の戸締りを済ませると、会議で使った資料を抱えて廊下に出た。

夜の大学構内は人影も少なく、薄暗い廊下は幽霊が出てきてもおかしくない雰囲気を漂わせている。


学園祭の企画会議は、冬花から受け取ったあのゲーム、召喚RPGのおかげで、驚くほど順調に進んだ。

無論、その中にウイルスが仕込まれていることは、サークル内でも中枢の人間にしか伝えていない。


(完成度、高すぎでしょ……あれ)


咲良は心の中でそう呟く。


(とりあえず、システム担当とかデバッガーとか、要所の人間はうまく押さえたから問題ない。……まぁ、正直あのクオリティなら、買収なんてしなくても「すげぇ」で終わってた気もするけど)


そんなことを考えながら歩いていた、その時だった。


ドン。


「……あっ」


誰かとぶつかった衝撃に、咲良はよろけて一歩後ろへ下がる。


顔を上げると、そこに立っていたのは見知らぬ女性だった。


黒を基調としたロングコートに、身体のラインに沿ったワンピース。

年齢は二十代後半だろうか。整った顔立ちで、夜の暗がりの中でもはっきりと分かるほどの美貌をしている。どこか占い師や魔女を思わせる、不思議な雰囲気をまとった女性だった。


一瞬、目が合う。


その視線に、なぜか咲良は背筋がひやりとするのを感じた。


「大丈夫ですか?」


先に声をかけたのは咲良だった。


「ごめんなさい、考え事をしていて……」


「……いえ」


女性は静かに微笑んだ。

柔らかなはずのその笑みは、どこか距離を感じさせる。


「こちらこそ。不注意でした」


軽く会釈するその仕草は、妙に洗練されている。


(……大学の関係者? こんな人、見たことあったっけ。それとも外部の人?)


そう思った瞬間、女性の視線が、咲良の腕に抱えられた資料へと向いた。


「このゲーム、お好きなんですか?」


「えっ……ああ、はい。そうですね」


唐突な言葉に、少し動揺しながら、咲良は答える。


だが、女性は意味ありげな微笑みを浮かべたまま、それ以上は何も答えなかった。


「失礼しました」


それだけを残し、女性は咲良の横をすり抜けていく。


ヒールの音が廊下に小さく響き、やがて闇の中へと溶けていった。


数秒後、我に返って振り向いたときには、そこに彼女の姿はもうなかった。


(……なんだったんだろ。まぁ、いいか)


咲良は少し気になったが空腹に耐えられず帰路についた。


アパートの玄関前まで来たところで、咲良はスマホの通知に気づいた。

藤麻からのメッセージだ。


『帰ってきたら部屋に来て』


(……なんだろ)


そう思いながら階段を上り、藤麻の部屋のドアをノックする。


中に入ると、藤麻はベッドに腰掛け、スマホでゲームをしていた。


「お、来たか」


「何の用?」


咲良がぶっきらぼうに聞くと、藤麻は画面から目を離さないまま言った。


「いや、サークルの会議で遅くなるだろうと思ってさ。腹減ってるんじゃないかと思って。生姜焼き作っといたんだけど、食べる?」


その言葉を聞いた瞬間、咲良の目がぱっと輝いた。


「食べる!」


「おっけー。用意するからちょっと待ってて」


そう言って藤麻は立ち上がり、台所へ向かった。

しばらくして、机の上には生姜焼き定食のようなものが並べられる。


咲良は箸を取ると、一口食べて思わず声を上げた。


「うまっ! やっぱり持つべきものは藤麻だな。一家に一台は欲しい」


「家事ロボットか俺は」


藤麻は相変わらずスマホをいじりながら返す。

咲良はふと、その画面が気になった。


「さっきから夢中だけど、何のゲームやってるの?」


「召喚RPGの第三章」


「アンデット襲来イベントだっけ?」


「そうそう。これさ、銀装備つけてると出てくるアンデットを全員引き潰せるんだよ。しかもフル装備だとセット効果で経験値二倍。めちゃくちゃ効率いいんだけど……これ仕様?」


一瞬、箸を止めてから、咲良はため息混じりに答えた。


「……いや、バグだね。修正しないと」


「まじか……仕様じゃなかったのか」


「藤麻、ほんとそういうの見つけるの得意だよね。デバッカー向いてるんじゃない?」


「そうかな? 自分じゃあんまりそんな気しないけど」


首を傾げる藤麻に、咲良はじとっとした視線を向ける。


「この前さ、FPSでバグ使って自分は弾当たらないようにして、私にだけ一方的に撃ってきたよね? あのゴミゲー押し付けて来たの未だに許してないからね」


「それはごめんって。でも、あのバグを見つけたの俺じゃなくて伊勢だよ」


「藤麻が探してるネッ友?」


「そう。あいつ、バグ見つけるの異常に得意でさ。俺がそういうの気づくようになったのも、そいつの影響」


咲良は少し考えてから、箸を置いた。


「……ねぇ、そのゲームのデバッグ、手伝ってくれない? サークルのメンバーだけじゃ正直きつくて」


「ん、いいよ。今見つけてるバグ、七つくらいあるからまとめて教える」


「……まだそんなもんしかないのか。良かった」


咲良はほっと息をつく。


「普段はもっとあるの?」


「当たり前じゃん。ゲーム進行不可能になるバグやら普通は取れないアイテムが取れるようになるバグまで様々だよ」


「大変だね」


「そう!本当に大変なの!私が開発に携わった中でも一番大変だったのは、夏合宿で作ったホラーゲーム!」


「ホラー? どんなバグがあったの?」


「プログラムの中に、なぜかお経みたいなのが入っててさ。それ消すと動かなくなるし、電源入れてないのに勝手に起動したりする」


「……ガチのホラーじゃん」


「今はサークルの活動部屋の棚の奥に封印されてるよ。藤麻もやる? プレイした人、全員体調崩したけど」


「やらねぇよ。怖すぎるだろ」


藤麻が即座に拒否すると、咲良は悪戯っぽく笑った。


「いつか藤麻にも、そのゲームをプレイしてもらおうかな」


「大丈夫それ? 俺、死なない?」


「骨は拾ってあげるよ」


「……死ぬの前提なんだね」


そんな軽口を叩き合いながら、二人は再び召喚RPGの話題に戻った。

藤麻はプレイ中に見つけた挙動を次々と挙げ、咲良はそれをメモしながら仕様かバグかを切り分けていく。


気がつけば、テーブルの上の食器はすっかり空になっていた。


その日から学園祭までの数日間、咲良は藤麻に頼み込んで召喚RPGのデバック作業を手伝ってもらった。

藤麻は驚くほどの精度で不具合を見つけ出し、咲良は内心「本当にデバッカー向きだな」と感心していた。


ちなみにその頃、冬花は相変わらずパソコンの前に張り付き、思うように進まない作業に苛立ちを募らせていた。

そして菊都はというと、そんな冬花の機嫌を取るためにコーヒーを淹れたり、菓子を差し出したりと、地味な努力を重ねていた。


そして、数日が経ち、あっという間に学園祭当日を迎えることになる。


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