第1話 異世界専門の探偵
『……続いてのニュースです、行方不明から一ヶ月となる大学二年生・伊勢清人さん(20)についてです。依然として行方は分かっておらず、警視庁は――』
ゲームショップの店内に、ニュースの声が淡々と流れる。
カウンターで在庫を整理していた田中咲良が、ちらりとテレビを見上げてつぶやいた。
「またやってるね、このニュース」
「まあ、ネットでバズってるしな」
店に遊びに来ていた松本藤麻も視線をテレビに向ける。画面には、例の監視カメラ映像が映っていた。
コンビニの袋を持った伊勢が歩いている。次の瞬間、周囲が白い光に包まれ、映像が途切れるように真っ白になった。
光が消えた時には、すでに伊勢の姿はなかった。
「この映像でしょ? 有名になってるの。スローにすると伊勢くんの足元に“魔法陣”みたいなのがあるってやつ」
「らしいな。どう考えても誰かの編集だと思うけど」
きっかけは、ひとつのSNS投稿だった。
行方不明事件を追っていたユーザーが、この映像をスロー再生したところ、“魔法陣のような模様”が一瞬だけ見えたと動画を上げたのだ。
それが拡散され、インフルエンサーたちが面白半分に取り上げ、ネットでは
『異世界召喚されたやん』
『ガチでラノベ主人公』
などと、軽い祭り状態になっていた。
「で、今日も探しに行くわけ? 伊勢くん。友達なんだっけ?」
「うん」
藤麻はうなずく。
伊勢とは大学で知り合った。好きなゲームの話で盛り上がって、気がつけば仲良くなっていた。
一ヶ月前から、藤麻は暇さえあれば手がかりを探して歩き回っている。
「あんた変わったよね。一ヶ月前はずっと引きこもってゲーム三昧だったのに。急にアクティブになっちゃって。まあ、それだけ大事な友達なんだろうけど」
「まぁな」
「今日はどこ行くの?」
「歌舞伎町」
「ふーん。なんで?」
「最近あの辺で、子どもの行方不明が増えてるらしくてさ。なんか関係あるかもしれないなと思って」
「そっか。何時ごろ帰ってくる? 今日もご飯一緒に食べるんでしょ?」
「うーん、帰りは遅くなるかも。先食べてていいよ」
「おけ、あんま危険なことに首突っ込むなよ」
藤麻と咲良は、同じアパートに住んでいる。部屋は別だが、気が合うせいか毎日のように一緒に食事をしている。
そのせいで、周りからは何度も“カップル”と勘違いされていた。
「じゃ、行ってくるわ。咲良もバイト頑張れよ」
藤麻は、手にしていたゲームを棚に戻しながら言った。
「こんな店に客なんて来ないわよ」
「店長に怒られんぞ?」
「はよ行け」
手をひらひらと追い払うように振る咲良に、藤麻は苦笑しながら店を出た。
夜の歌舞伎町は、相変わらず人の波とネオンで眩しかった。
呼び込みの声、車のクラクション、雑多な音が入り混じる中、藤麻は色んな人に話を聞きながら、行方不明になった子供が最後に目撃された場所へと向かった。
辿り着いたのは、小さなBarだった。
外観は落ち着いていて、この街の喧騒とは少し離れたような雰囲気がある。
だが、子供が最後に目撃された場所としては、あまりにも場違いに思えた。
店内に入ると、カウンターには品のある初老のマスターが一人。落ち着いた照明とジャズが流れ、外の喧騒が嘘のように静かだった。
「いらっしゃい。飲めないなら、ノンアルもいくつかあるよ」
「じゃあ、それで」
藤麻はカウンター席に腰を下ろし、出されたグラスを手に取りながら、マスターと軽く世間話を交わした。行方不明の子どもの話を切り出すと、マスターは少しだけ眉を寄せた。
「ここらで最近、変な客が増えてね。特に夜中は気をつけたほうがいい」
その言葉を聞いた直後だった。
入口のドアが開き、金髪の男が派手な地雷系ファッションの少女を連れて入ってきた。少女はまだ高校生に見えるほど幼く、場の雰囲気にそぐわない。そのくせ、男の方は妙に慣れた様子で店内を見回しながら、人目を気にするような仕草をした。
(……あれ、怪しいな)
少女の腕には薄い痣のようなものがあり、さらに藤麻が視線を向けると、男が一瞬こちらを睨んできた。その反応が決定的だった。
藤麻は飲みかけのグラスを置き、料金を払って、さりげなく店を出た二人の後を追う。ネオンの明かりが乱反射する裏路地へと続く道に入り、距離を取りながら尾行を続ける。
(まさか、あいつが……?)
そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。
——ガツン。
背後から強い衝撃が走り、視界がぐらりと揺れる。何が起きたのか判断する前に、膝が折れ、その場に崩れ落ちる。
(……やば……)
意識が暗闇に沈んでいった。
数時間後
「……おーい、起きてー」
冷たい水が顔にかけられ、藤麻は激しくまばたきをした。ぼやけた視界が徐々に焦点を取り戻すと、目の前には見覚えのある金髪の男が立っていた。その周りには、柄の悪い男たちが数人、にやつきながらこちらを見下ろしている。
身体を動かそうとしたが、全く動かない。腕も足も、金属製の器具でガチガチに固定されており、自由がきかない。背中に触れるのは冷たいコンクリートの床。天井は崩れかけ、壁には風が通り抜ける穴が空いている。
(……廃墟か)
薄暗く湿った空気が、ここが使われなくなって久しい場所であることを物語っていた。
「柊くん、こいつが尾行してたんすか?」
金髪の隣にいた黒髪の男が、怪訝そうに問いかける。
「そうそう」
柊と呼ばれた金髪は肩をすくめる。
「なんでこいつが?」
「さぁな。まあ、今から聞けばいいだろ」
そう言って、柊はしゃがみ込み、俺の目線に合わせた。薄く笑いながら、けれどその目は笑っていない。
「で、少年?……いや、青年か。何してたの? きみ、何者?職業柄さ、誰かに尾行されてると気づいちゃうんだよね」
「……ここは?」
そう聞いた瞬間、みぞおちに鋭い衝撃が走った。
「……ぐはっ!」
息が漏れ、身体がくの字に折れ曲がる。肺の奥から焼けるような痛みが広がった。
「いいか?お前はまず“俺の質問”に答えろ。そしたら、お前の質問にも答えてやる。お前、誰だ?サツか?他のシマのもんか?」
柊の声は淡々としていた。怒鳴りもしないのに、逆に心臓を握られるような冷たさがあった。
「……はぁ、はぁ……が、学生。大学生だ」
やっとのことで言葉を絞り出す。
「大学生? 大学生が、なんでまた? 俺らに用事でも? それとも流行りの闇バイトか?」
と言ったあと、柊は思い出したように続ける。
「ああ、そうだ。お前の質問にも答えるんだったな。何が聞きたい?」
「……お、お前らは……誰だ?」
状況を理解するため、必死に考えて出した一言だった。
「んー、それも知らないのか。ますます、なんで尾行してたのか分かんなくなってきたな」
柊は喉の奥で笑い、
「俺らはヤクザ。これで満足か?」
「や……ヤクザ?」
「ああ。柊組って聞いたことねぇか?」
「し……知らない……」
本当に知らない。一介の大学生である藤麻がヤクザの名前なんて分かるはずもなかった。
柊はしばらく藤麻の目を覗き込み、嘘かどうかを見極めるように目を細める。
「……嘘は言ってなさそうだな。じゃあ、なんで尾行してた?」
「……元々、行方不明者を調べてた。最近、歌舞伎町で子どもが何人もいなくなってるって聞いて……手がかりがあるかもしれないと思って」
「ほー。それでここに辿り着いたわけね」
興味深そうに柊が笑う。
「お前らは……子どもを行方不明にさせて……何してるんだよ」
「ああ、それか。人身売買だよ」
あまりにも軽い口調で柊は言った。
「若い女が好きなやつは世の中に山ほどいるからな。売れば金になる。最近は海外のデカい組織から大口注文が入っててね。もう、ガッポガッポよ」
笑い声が、背筋を凍らせる。
柊は最後に俺をひと睨みすると、仲間へ向けて言い放つ。
「こいつは何にもないわ。お前ら、行くぞ」
そう言って、男たちはぞろぞろと奥へ消えていった。
男たちが去って、廃墟の一角に静寂が戻った。
コンクリートの床に滴った水音だけが、やけに大きく響く。
柊の蹴りの痛みが、みぞおちを中心にまだ鈍く残っている。
息を吸うたび、胸の奥がひりついた。
(……やばい。俺、本当に……殺されるかもしれない)
ようやく、少しずつ頭が動き出した。
さっき聞いた言葉、“人身売買”。
笑いながら言っていた。迷いも罪悪感もなかった。
あの金髪の男は、本当に人を物みたいに扱うことを当たり前として生きている。
そんなやつらの“アジト”の中で、両手両足を縛られている。
(落ち着け……落ち着けって……無理だろ、こんなの)
喉が乾く。
心臓が速くなる。
視界の端がじわりと滲む。
(どうすんだよ……俺、死ぬのか……?)
大学に入って、家と学校とゲームを行き来してただけの、平凡な生活。
友達を探してるだけだったのに。
まさかこんな場所で、こんな死に方をするなんて。
(咲良……今頃、飯食べてんのか……?)
くだらないことが浮かんだ瞬間、胸に込み上げるものが一気に溢れそうになった。
涙じゃなくて、悔しさと恐怖が混じったどうしようもない感情。
(俺……帰れるのか……?怖い怖い怖い嫌だ。死にたくない)
声を出したら、本当に泣いてしまいそうで。
藤麻は、噛みしめた奥歯が軋むほど強く歯を食いしばった。
しばらくして、泣きそうな自分を誤魔化す余裕もなくなってきたころ、さっきの金髪、柊が戻ってきた。
「ふぅ、やっと仕事終わった。最近の女はすぐ反抗してくるから言うこと聞かすの大変でさぁ」
「…………」
「ん?なにその顔。泣きそうになってない?男なのに情けないねぇ。怖いでちゅねぇ?」
柊はわざとらしく赤ん坊をあやすみたいな口調で笑いながら煽ってくる。
「…………お、おれを殺すのか……?」
自分でも情けないと思うくらい、震えた声だった。
「それはもちろん。じゃなきゃ、人身売買の話なんてしないって。もともと消すつもりだから話したんだけど?」
柊は軽く肩をすくめ、まるで雑談みたいに言った。
柊の言葉を聞いた瞬間、藤麻は確信した。
(あっ……俺、ここで殺されるんだ)
胸の奥が一気に冷たくなり、堪えていた涙がこぼれ落ちた。
(もう……咲良とも会えなくなるんだ)
(だ……誰か……た、助けて……)
心の中で必死に縋るように叫ぶことしかできなかった。
その時だった。
奥の暗がりから、タバコを咥えたひとりの男がゆっくりと姿を現した。四十前後、茶色いロングコートを羽織り、どこかやる気の抜けた顔。目は死んでいるように見え、歩き方も気だるげだった。
「ふぁあ……これ、今どういう状況?」
男はあくびをしながら、面倒くさそうに尋ねた。
「……だれだてめぇ?ここに入る前に何人か俺の仲間がいたはずだろ?」
柊が警戒して怒鳴る。
「あ? あー、多分転んで頭打ったみたいで伸びてるんじゃないかな」
「転んで?」
「ビー玉だよ。これ俺の武器な。転がしたら全員それにつまずいて勝手に転んでったぜ」
男はポケットからビー玉を数個取り出して、誇らしげに見せびらかした。
「おっさん! そいつはヤクザだよ!? 危ないから早く逃げて、警察呼んで!」
藤麻は助けてと言いたかったが、この男がヤクザ相手に勝てるとは到底思えず、必死に堪えて叫んだ。
「チッ、テメェ……!」
柊が藤麻に殺気を向けた瞬間、その男は無造作に柊を蹴り飛ばした。
「大丈夫かぁ?いや、この状態で大丈夫なわけねーよな」
男はそう言って、藤麻の拘束をほどいてくれた。
「おっさん、あんたは……?」
「あ?俺か?俺はだなぁ──」
「おい! これを見ろ!」
男が名乗ろうとした瞬間、蹴り飛ばされた柊がふらつきながら立ち上がり、拳銃を構えていた。
(け……拳銃? ここ日本だぞ? アメリカみたいな銃社会じゃ……いや、ヤクザなら……)
藤麻が混乱している間に、柊は天井へ向けて発砲した。乾いた銃声が廃墟に響く。
間違いなく本物だ。
男が両手を挙げたので、藤麻も慌てて真似をして手を挙げる。
「おー、怖いねぇ。そんなのあるなら黙って撃てばよかったものを。さては金髪くん、銃使うの初めてだろ?ビビってるねぇ」
「はぁ!?お前から殺すぞ!」
「やってみ?ほら」
(は……?このおっさん、死にてぇのか?)
柊は男に銃口を向け、引き金を引いた──が。
カチッ、カチッ。
空撃ちの音だけがむなしく響いた。
「あ!? なんでだよ!!」
「ジャムったんじゃないか?」
「は? ジャム……チッ、クソッ!」
「君の使ってるそれ、日本の警察も使ってるニューナンブM60か?警察から奪ったのか。ジャムる確率は極めて低いらしいけど……まあ、ラッキーだな」
「な……なに言ってやが——!」
言い切る前に、男の回し蹴りが柊の顎を捉えた。
柊はそのまま吹っ飛び、拳銃を取りに行こうとしたが、男が蹴り飛ばすと同時に意識を失った。
「……はぁ。なんだ、伊勢の行方不明の件とは無関係かよ」
男は気だるげにため息をつき、周囲を一通り見回した。
「見る限り、ただのヤクザの人身売買かなんかだな」
「……おっさん、今“伊勢”って言ったか?」
「お、おう。……っていうか、お前誰だ?ここの関係者か?」
聞かれて藤麻は、自分が巻き込まれた経緯を簡単に説明した。
「へぇ、伊勢の友達か。そりゃ気の毒だったな。ヤクザに拉致られたってわけか」
「おっさんは、なんで伊勢のこと調べてるんだ?」
「つか“おっさん”はやめてくれ。俺にも“佐藤菊都”って名前があるんだ」
「す、すまん……佐藤さん」
「それと、俺は伊勢の行方について調べてんじゃねぇよ。調べてんのは“異世界”についてだ」
「は?異世界?ネットで出回ってるあの話が本当だとでも思ってんのか?あんた」
「思ってるも何も、あれは本当に異世界に召喚されてる」
「馬鹿馬鹿しい。何を根拠にそんなこと……」
「根拠ならある。俺だ」
「は?」
「俺も一度、異世界に召喚されたことがあるんだよ」
「…………妄言だよね?てか、佐藤さんは何者なの?」
「あ?俺か?俺はだな“探偵”だ。異世界専門のな」
これが、行方不明になった友人を追う藤麻と、“異世界専門の探偵”との最初の出会いだった。




