撫でて
小麦は目の前に現れた人物に言葉を失った。
「あ・・・あ・・・・・・」
膝をついて愕然と見上げる。
「父・・・さん・・・・・・」
小麦が呟いた言葉にディンブラは「父さん?」と驚いてその人物を見た。
手を伸ばして父に触れる。
「な、なぁ・・・今どこにいるの?」
父は悲しそうな表情で小麦を見下していた。
「ずっと探してたんだよ?・・・そうだ!高いお酒、父さんの為に買ったんだ!!」
そう言って持ってきたお酒を見せる。
「きっといつも飲んでたのより美味しいよ!他にもあったけど、それは魔王軍と一緒になくなっちゃった・・・」
しかし父は何も答えない。
「そうだ!俺もお酒を飲める歳になったよ!お金も沢山あるよ!がんばったんだ!タバコも沢山買える!ご飯もずっとずっと美味しいのをお腹いっぱい食べれるよ!!」
小麦は必死にしがみついて話しかける。
「魔王軍でいっぱい活躍したんだよ!父さんと・・・見たことない母さんに見つけてほしくて!!必死で!!」
ついに小麦は泣き崩れた。
「何とか言えよ!!父さん!!」
手を地面に落とす。
「俺を見つけてくれて・・・一緒にまた暮らせる日を待ってたんだよ!!いくらでも殴ってもいいよ!蹴ってもいいから!!骨も折れなくなった!ケガもすぐに治る!・・・だから・・・もう一度・・・・・・」
小麦は悔しそうに唇を噛み締めてから続けた。
「もう一度、撫でてくれよ・・・」
小麦は幼少期、毎日の様に酔った父に暴力を振るわれていた。
ご飯もロクに食べられない経済状況だが、いつも父の酒とタバコは買っていた。
その酒で酔うと暴力を振るわれるが、買わなくても殴られる。
そんなある日、何も言わずに父が頭を撫でてくれた。
会話は無かった。
ただただ、撫でてくれた。
それだけだ。
その一瞬が小麦の中にずっと残っていた。
「俺は父さんに認めてもらいたかっただけなんだ・・・。ただの気まぐれかも知れない。でも俺は、あの瞬間をもう一度欲しかった。その為に今まで頑張ってきた!!」
あの頃よりずいぶんと大きくなった小麦。
そんな彼の頭に父の手が触れた。
「よく頑張ったな・・・。全部見てたよ。空からな」
小麦は大きな声で泣いた。
父はしゃがみ、小麦に語りかける。
「まだ赤ん坊のお前が路地裏に捨てられていたのを、俺が拾ったんだ。カゴに”小麦”と書かれた紙が置いてあった」
そんなことを言う父を驚いたように見上げる。
「え?・・・拾っ・・・た?」
すると父は頷き、小麦の体に寄り添った。
「あぁ。拾ったはいいが、俺はお前を育てきれなかった。その内、不況で職を失い、挙句の果てにはお前が稼いだ金で酒とタバコを買わせていた。惨めな俺を必死に見ないようにする幼いお前に、また八つ当たりをして・・・」
父はよく蹴った小麦の背中を撫でてあげた。
「こんなロクでも無い俺を父だと慕ってくれたな。お前はよく夜中に俺に抱きついてきたな」
小麦が顔を上げ、驚いた表情を見せた。




