許し
景色は白一色となり、葵も消えて魔王と対峙する。
「魔王様・・・ずっと葵なんかよりも、俺のことを可愛がってくれてたのですか?」
「当たり前じゃない、そんなの。何年の付き合いだと思っているの?」
その場に座り込んで俯き、涙を流すきしめんに、同じくしゃがみ込んで背を摩ってやった。
「血の繋がりがなくとも、直向きに私のためにがんばるあなたを我が子のように可愛く思っていたわ。だからこそ、厳しくすることもあったし、逆に危ない任務の時は心底心配だってした。本当は組織のボスとしてそんな偏りはいけないのに、私の未熟な部分を賢い葵はよく察知していたわ」
「俺は・・・いつも葵ばかり可愛がってるって・・・バカだから・・・」
涙が止められないで泣き続けるきしめんを優しく抱きしめてあげる。
「あなたはあなたで賢いのよ。その証拠に人間関係は随一だった。誰よりも仲間思いで面倒見が良くて、情熱家なあなたはみんなの憧れのヒーローだったわ」
ついに大きな声を出し魔王に抱きついて泣いた。
「俺は・・・みんなを、魔王様を守れなかった!!葵を止められたらよかった!!ヒーローに・・・最後の最後でなれなかった!!」
「いいえ、十分やってくれたわ。もう魔王軍のことから解放されていいのよ。部下のあの子たちも言っていたでしょ?本当の家族を探して、幸せになってちょうだい。誰もあなたのことを恨んでない。もちろん私も」
立派になったがまだどこか子どものような背中を摩ってやる。
「俺には魔王軍しかない!!これまでも、これからも!!失ったとしても、他の生き方がわからないのです!!」
必死に訴えるきしめんに優しい表情で、ゆっくりと頷き返す。
「そうね。まずは私から解放されなさい。私があげたその名前を捨てていいわ。魔王軍で活躍したその最後の名前。きっと、その名前のせいで生きづらくなるから、違う名前を名乗りなさい」
「そんな!!」と驚いて体を離し、魔王を見上げた。
きしめんにとっては、この名前こそが魔王軍と、魔王との最後の繋がりであり、生きた証なのだ。
それを今捨てろと、魔王から言われて戸惑う。
「それと、葵を許してあげて。あの子が裏切ったのは、これまでのあの子の言い分をしっかり話し合って聞いてあげなかった私のせいなの。成果を急ぐあまりに蔑ろにしてしまった、天罰よ。だから誰も葵のことも恨んでいない。そのことと、今までのことごめんなさいと、私が言っていたことを伝えてあげて」
「・・・はい」
俯いて呟くように答えたきしめんに、また笑いかける。
「葵は十分、苦しんだわ。許してあげて」
顔を少し横に逸らして拗ねたように足元を見る。
「あと、これは私が残してしまった課題よ。あの方の暴走を止めて」
「あの方とは?」
顔を再び上げて魔王を見る。
「魔王軍の本拠地を爆発した方よ。葵が私の過去を見て知っているわ。白いプルチネッラ・・・私に妖精を体内に入れて、魔法を教えてくれた師匠のような方よ」
「え?魔王様の・・・師匠?」
意外な言葉に目を丸くした。
そんなことは初耳だったのだ。
「ええ、元はあの方の暴走の引き金は私が引いたのかもしれない。でも、他にも原因があるわ。ここの土地と人を何よりも大事にしている。アスタやチョコにも関係している。あの子たちとも、あのディンブラや葵とも協力しなさい。きっと、いい仲間になるはずよ」
命のように大切な仲間と場所を奪った連中と仲間になれだなんて、きしめんにとっては到底無理なことだ。
そんな無茶なことを言われて、葵たちに対して急に怒りがこみ上げ、拳に力が入る。
感情のまま、大きな声で言い返した。
「そんなこと、できません!!あいつらは魔王軍の仇だ!!あいつらを殺して俺もそっちに・・・」
「バカ!!!」
急に大きな声で怒られ、口を閉じる。
「死ぬなんて、その時がくればいくらでも死ねるわ!!その時まで来ちゃダメ!!そんなバカな死に方でこっちに来たって、私はあなたを許さないから!!」
魔王の頬から涙が零れ落ち、そして強く抱きしめられた。
「ちゃんと親に会って、幸せになって。あなたは自分が思ってるよりずっと賢いし有能よ。だから葵や他の人を許して。あなたなら、また一から仲間も居場所も作れる。あと、私の恩師の暴走を止めてあげて。この3つが私からの最後の依頼よ。ちゃんと遂行しなさい!」
「は、はい!!」
魔王の肩を持つ手に力が入る。
ちゃんと伝えないと後悔すると思った。
もう二度と会えないのかもしれない。
恥ずかしい?
そんな自分の感情に負けている場合じゃない。
「魔王様!!あなたに育ててもらえて幸せでした!!俺に居場所もご飯も与えてくれて・・・いや」
一度体を離して下を向いたら、涙の粒が滴り、息も詰まる。
だが、もう一度顔を上げて口元に力を入れて、涙で顔もぐしゃぐしゃのまま、子どものように魔王に必死に伝えた。
「俺に!!人生を与えてくれて!!・・・ありがとうございました!!今、俺が生きているのは・・・魔王様のおかげです!!俺の親となってくださり、本当にありがとうございました!!」
魔王も涙を零して、ゆっくりと頷く。
「ちゃんとやります・・・やってみせます!!みんなを・・・よろしくお願いします!!」
微笑むと少しづつ魔王の体が消えていく。
もう別れが近い。
「あの!!その恩師の名は!?名前は何というのですか!?」
「あの方の名は・・・」
しかし、最後まで聞く前に魔王は消えてしまった。




