誕生日
小麦の住むスラム街を魔王に襲撃され、街は壊滅、父とも生き別れたが、魔王軍の1人に拾われた。
日頃の栄養失調で弱っていた小麦にご飯を与え、身なりも整えてから改めて魔王の前に出される。
「ご飯食べたらずいぶん元気になったわね!ここはどう?やっていけそう?あのスラム街よりはマシでしょ?」
優しく聞いてくれる魔王に心配そうに聞き返す。
「ねぇ、父さんは?僕の父さんはどこにいるの?生きてるでしょ!?」
必死に魔王に聞こうと近寄るが、襟元を掴まれて止められた。
「口を慎め!」
しょぼくれる小麦に優しく笑いかける。
「いいわ。放してあげて」
「は!」
小麦から手が離れる。
「ねぇ、僕の父さんは・・・?」
服の裾を両手で握りながら、見上げて怖々(こわごわ)と聞く。
「さあね。もしかしたら、生きているかもしれないわね。壊滅と言っても、一々人数を数えたりなんてしてないからね」
それを聞いて安心の色が宿り、小麦に元気が戻っていく。
「もう一度、会いたい?」
「会いたい!!」
勢いよく頷いた。
「そう、ならこの魔王軍で活躍なさい!そうすればあなたの名が届いて、いつか迎えに来てくれるわ!」
小麦が目を輝かしながら、口角を上げて笑う。
「そうだ、あなたの事を調べさせてもらったの。そしたら、小麦って名前以外の出生日も年齢も何もかも不明だったわ。どうやら記録に無いみたい」
落ち込む小麦に微笑みかける。
「大丈夫よ。スラム街の子にはよくある事よ」
それを聞いても小麦は黙って落ち込んでいた。
「ねぇ、小麦。私から誕生日をプレゼントさせてくれない?」
そう提案する魔王を不安気に見上げる。
「誕生日?」
「ええ、今日からあなたは生まれ変わって、私の元で暮らすの!だから、今日が新しくあなたの生まれた日よ!」
「生まれた・・・日?」と呟いて、また目が輝き出す。
「生まれてきてくれて、私の元へ来てくれてありがとう、小麦!」
魔王の言葉によって小麦の顔が笑顔になった。
「それまで無かったんだ。初めて生まれてきた事を感謝されて、存在を誰かに認めてもらえた日なんだ!俺は生きていて良いんだって!初めて思えた大切な日なんだ!」
小麦が言い切ると少し黙った。
「ごめん・・・大きな声出して。もし、これで俺にまだ魔王への忠誠があるから追い出すと言うのなら受入れるよ」
ディンブラから目線をそらしていると、胸を拳で叩かれた。
「バカだ!君は本当にバカだ!!」
黙って背を向けると、ディンブラが引き止める。
「小麦!僕は出て行けなんて言わない!君は僕の家族だろ!忠誠がなんだ!そんなの一言も言ってない!」
小麦が驚きながら振り返る。
「どこの誰を慕おうと、僕は家族の選択を否定しない!ただ、間違った道を歩もうとしているのなら全力で止めるだけだ!それに!!」
力強く小麦の肩を掴んだ。
「僕は・・・君の生まれた日を祝いたいだけだ。その日が君の大切な意味のある日だと言うのなら、僕は皆に伝えて沢山お祝いをしたいんだ!!」
小麦はディンブラの言葉に嬉しさを感じるが、表情が上手く作れない。
なので代わりに、言葉で伝えた。
「・・・ありがとう、ディンブラ」
「こちらこそ。生まれてきてくれて・・・僕の家族になってくれてありがとう!これからもよろしく、小麦!」
ディンブラが差し出した手を優しく握った。
葵とロルロージュは階段で2人の様子を見ていた。
「葵さん、どんどん小麦さんとディンブラさんが仲良くなっていきますよ」
「う・・・。あいつの対人術でディンブラすら取られるとは・・・」
『ただでさえ少ない友達を!!どうしよう!』
葵は正直この前のエディブルの滞在時から交友関係を小麦に取られているような、そんな危機感を感じてはいたがついにディンブラまで陥った。
チラッとロルロージュを見る。
「なぁ・・・俺たち、友達だよな?」
その質問に振り向くことなくビクッと体を硬らせる。
『この人必死だ!!』
ロルロージュは目を逸らしてから答えた。
「友達って、確認するものじゃありませんよ・・・」
『う・・・!大人の対応をされた!!』
ロルロージュの一言は葵の心を抉る会心の一撃となった。
「小麦、そろそろご飯の時間だよ!葵くん達を誘って行こうか!みんな、小麦が最近来ないのを気にしてたからさ、月下美人も大切だけど、たまには他の人ともお話してあげて!」
「おう!」
「葵くん、ロルロージュ!ご飯行くよ!」とディンブラが葵達を誘いに行った。
「そうだ!月下美人!」
葵達が降りて行くと、慌てて外に出ようとする小麦が見えたので、その様子を不思議そうに見送る。
そして、小麦は走って家を出ていった。




