やりたいこと
翌日、小麦はまた月下美人の家に行った。
窓をノックすると嬉しそうに近寄り開けてくれた。
また窓から入る。
「よ!今日は体調どう?」
頷くのを見て安心する。
「良かった!ほら、これ見ろよ!・・・じゃじゃーん!!」
小麦が背負っていたケースを下ろして蓋を開ける。
「バイオリン!!」
目を輝かす月下美人の前で肩にバイオリンを乗せた。
「カモミールに借りてきたんだ!ここの神樹で作られたバイオリンだって!!何の曲がいい?」
月下美人が照れてもじもじとするので、進めた。
「んー・・・ま、いっか!また今度好きな曲・・・というか、いつか喋ってくれよな!月下美人の話も聞きたいしよ!」
「何弾こうかなー?」と迷っていると、月下美人が小声で言った。
「カノン・・・」
小麦が見てくるので恥ずかしそうに俯く。
「パッヘルベルの?」
黙って頷いた。
それを見て小麦も笑顔で頷き返す。
「いいな!カノン!俺も好き!!」
弦に弓を置き、弾き始める。
月下美人は黙って音楽に耳を傾け、その姿を見ていた。
ある日のこと。
「ねぇ、ディンブラ。小麦は?」
朝顔がつまらなさそうに聞いてくる。
「さぁ?多分、月下美人の所じゃないかな?」
「また?最近全然広場に来ないよ?」
声に不満そうな様子がよく現れている。
「そうは言っても、僕たちもあまり見ないんだよ。朝からずっと行ってるからさ」
「小麦のバカ・・・」
朝顔が膨れて呟いた。
月下美人との会話は小麦の日課となっていた。
「なぁ、月下美人って何かやりたい事とか無いのか?」
そう聞くと小麦のことを不思議そうに見てくる。
「体調悪いからずっと家にいるんだろ?何かやりたい事とか、夢とかは無いのか?」
少し考えてからまたもじもじとしだした。
「俺ができる範囲でなら手伝ってやるよ!何でも言え!」
月下美人を見ると、照れ臭そうに小声で「結婚式・・・出てみたい・・・」と呟いた。
「結婚式?何で?」
「この前、読んだ本に書いてて・・・。すごく楽しそうだし、素敵なお祝い事・・・だから。無理・・・だよね?」
不安気に小麦を仰ぐと、しばらく唖然と黙っていた。
「ぁ・・・いや!大丈夫!結婚式な!大丈夫だ!!任せろ!」
あまりにも月下美人が嬉しそうに小麦を見ているので、小麦は精一杯苦笑いを見せた。
小麦が月下美人邸に出掛けて不在の間に、ディンブラ邸に荷物が届いた。
「これ、今日届いたんだけど何?結構重かったよ?」
葵とディンブラの2人で荷物を観察する。
宛名を見るとどうやら小麦がメリリーシャで出したモノだ。
「小麦がメリリーシャから送ったモノか・・・」
「中身を見よう」
箱を開けると高級なワインが入っている。
「高そうなお酒だね・・・」
そこで葵が何かに気付いた。
「そうか。これは小麦のか・・・」
「どうしたの?」
ディンブラは首を傾げて聞き返す。
「あいつは年に一度、自分の誕生日に高いお酒を買うんだよ」
「お酒?自分用?」
葵が首を横に振る。
「いや、自分では飲まないんだ。俺も何の為に買ってるのかは知らないんだよ。それにしても、まだあいつの誕生日じゃないのにな・・・」
「それはきっとエディブルからいつ出るかわからないからだろうね。この前メリリーシャに出たついでに買っておいたんじゃないかな?」
ディンブラが箱を閉めた。
「本人に聞いて確かめてみようか」




