未熟さ
ディンブラに連れられて花園を歩いていく。
花の香りに包まれながら歩いていくと、次第に木に囲まれ始める。
歩く道はあれど、鬱蒼と生い茂った葉が木漏れ日の通る隙間を許さない。
そのせいか、辺りも当然のように暗い。
警戒心からか、拳を握って歩みにも力が入る。
不気味な雰囲気の森を抜けると、一気に視界が明るくなった。
一本の大きな樹が堂々と居座る開けた丘が現れる。
圧倒的な存在感を誇る樹に、目も心も奪われた。
「わぁ・・・」とロルロージュもその雄大さに思わず感嘆の声を漏らす。
「これがプリムトンの神樹だよ!この樹には体の傷だけじゃなくて、心の傷も治癒してくれる効果があるんだ!ここへは僕みたいな花園で生まれ育った人しか意図的に来ることはできないんだ。ただ、神樹が呼んだり、ここの住人だと認めてくれたら他の人でも来られるようになるよ!」
「これが・・・プリムトンの神樹・・・」
きしめんの目は神樹をしっかりと捕らえていた。
それはかつて最後に魔王が欲しがったモノなのだから。
「おいで!」とディンブラに言われて神樹の近くまでやって来る。
「手を触れて!」
促され、言われた通りに両手を木肌に触れた。
その瞬間、頭上で枝葉がざわめき始める。
真っ白な霧が一気に立ち込め、神樹以外がホワイトアウトした。
「な、なんだこれは!?騙しやがったな!?」
辺りを見渡すが誰もいない。
「どこ行きやがった!?」
必死に探して吠えるが、物音一つしない。
騙されたことへの怒りで奥歯を噛み締め、眉間にシワが寄る。
気づくと、いつの間にか足元に暗い闇の様な海が広がっていた。
膝下に波打つ暗い海に驚いて一歩退がる。
海の反射が赤い。
振り返ると、背後には燃え盛る魔王軍本拠地が。
そしてもう一度前を向くと、目の前には自分を乗せた小舟が浮かぶ。
それと、それを押す部下達が一生懸命気絶する自分に話しかけていた。
何度も呼ばれた名前、目を覚ましたことに喜ぶ姿、負けた悔しさに涙を流し、強がりを言う自分に強がりで返す、自分によく似た性格の部下達。
そんな彼らが最後に自分の部下になれて幸せだったと言ってくれた。
そして泣き声を堪える自分を乗せた船は黙って海に出る。
そんな自分にいつまでも頭を下げてくれていた。
「あぁ・・・俺なんかにずっと頭を下げてくれてたんだな・・・。俺なんかのために・・・俺は・・・俺だってみんなを部下に・・・仲間になれて幸せだった!!俺は!!お前らと過ごした時間が幸せだった!!俺こそありがとう!!言えなかったんだ、見れなかったんだ!!本当は・・・礼を言いたかった!!」
俯いて涙を流していると、部下たちが優しい表情で振り向いてこちらを見ていた。
そんな部下たち一人ずつと目を合わせる。
最後まで涙を堪えて格好をつけるために強がって、礼も言えなかった自分の未熟さを、何もかもわかってくれていた。
そしてまた景色が変わった。
それは入って間も無い訓練生時代の葵が魔王に呼ばれていた景色だった。
「はっ!葵!!」
顔を上げて2人を見る。
「葵、あなたは器用で、センスも良いからすごく期待してるわ。だけど、他の子で一番期待している子がいるの。その子のいいライバルになって、お互いに切磋琢磨できるような子を探していたら、葵に出会ったの」
律儀に気をつけの姿勢で話を聞く葵の表情は喜びも、悲しみもせず変わらないでそこにいる。
「系統が違う二人だけど、お互いに支え合ってね」
口ぶりから、その期待をかけている子とはすぐに自分だと理解した。
「魔王様・・・」ときしめんは口から漏れるように呟く。
「あなたのお陰であの子はこれまで以上に伸びているわ!もちろん、葵の才覚にも期待しているの。だけど、あなたは私がいなくても本当の家族がいる。本当の親がいる。でも、他の子たちには私しか親代わりがいない。だから時々偏って可愛がっているように見えるかもしれないけど、我慢してね。葵のことも可愛く思うけど、親のいない子たちは愛情を知らないし、ここにしか居場所がないの。だから私が親となり、愛情も居場所も与えてあげたい」
「はい、承知いたしました」
相変わらず律儀な返答に魔王が笑って見せる。
「心配しなくても、さすがに仕事への評価や昇進については平等に見るから、がんばってね」
「はい!」とやっと声に覇気が宿った。
そして魔王が歩き出し、呆然と立ち尽くすきしめんの前にやって来る。
目の前には、魔王軍が崩壊したあの日から、会いたくて会いたくて仕方のなかった魔王が微笑んでくれていた。




