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月桂樹の冠.  作者: 叶笑美
償い
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焦りと共振

ディンブラが手を置くと、幸福の王子がその上から包み込むように手を重ねて、目をつぶる。

「ほぅ・・・魔王軍最後の幹部元四天王とつるんでいるのか」

「はい・・・」

警戒しつつ答える。

「この2人は初めは仲間とは言えない・・・元は敵同士だったのだな」

「・・・はい」

淡々と一言で返す。

「葵とやらは早くに君の仲間になったようだね。小麦の方はなかなか心を固く閉ざしていた。だが、最近話し合い、ある程度打ち解けられたのか」

「それは・・・正直わからない。彼らはどこか僕を突き放している。僕といるよりも長く関わって来た2人だ。よく2人でこそこそとしていたよ。もうやめてくれただろうけど、やっぱりそんなことは嫌だ」

ディンブラが少しづつ話すようになってきた。

その変化をビストートは隣から見守る。

「ディンブラ、君も突き放していないかい?」

「え?僕が?」

幸福の王子が目を開ける。

「あぁ、最近、何か隠し事をしたね?とても大事な隠し事だ」

ディンブラを真っ直ぐ見ると、多少の動揺が見えた。

「か、隠し事なんて・・・」

「わかっているはずだよ」

「それは・・・」と言いづらそうにうつむくディンブラの手をギュッと握る。

「いい。それ以上は話さなくてもいい。今では無い、私でも無い、それを話す相手は」

優しくそう言われて驚く。

「人は・・・いや、この世に生きている以上みんなどこかに傷を持っている。他人から付けられた傷、自分でつけた傷、目に見えて生き方に影響を与える大きな傷、目に見えないけどじわじわとむしばむ傷、様々ある」

とても穏やかな語り口調はディンブラとビストートを引きつけた。

「だが、その中でも一番辛い傷は、誰かを傷つけた時に跳ね返ってできた傷だ」

ディンブラの眉尻が下がる。

「思い込みの常識、思い込みの正義は誰にでもある。みんな自分の生きた、直接見た世界が全てと思い込む。だが、世の中には様々な事情の者がいる。そうした食い違いで思わず傷つけてしまうこともある。誰も悪くはないのだが、そうした相違による傷は深い傷となって互いに残り続ける」

「僕は・・・話せなかった。僕がしたことは最低だって・・・僕自身がわかってるから」

俯くディンブラに何度も軽くうなずいてくれる。

「あの2人がどう受け取るかわからない・・・。信じてないわけでもない。でも・・・怖いんだ。どこかで嫌われたらどうしようって・・・臆病になってしまう」

「いいんだよ、話したくないのなら、今はその時ではない。それだけだ」

「でも・・・」と言い返す。

「僕は彼らに自分を信用して欲しい。でも僕は彼らに打ち明けられない話がある・・・。こんな僕を信用なんてできるわけないじゃないか・・・」

ゆっくりと首を横に振った。

「いいや、違うよ。待ってくれているんだ、彼らは」

顔を上げて幸福の王子を見る。

「その時は来るさ。今、ディンブラが話せないということは、何も臆病なだけじゃない。きっと、もしかしたら相手の2人にも受け入れる準備が整っていないのかもしれない。適正な時が必ずある。その時には思い切って話せるようになるよ」

「適正な時って?」

聞き返すと、また穏やかに話してくれた。

「まだ君たちは共に過ごした時間が少ない。生まれ育った環境も違いすぎる。生きてきた中でつちかった経験も違うから、心の形が大きく異なる」

ディンブラは口をつむいだ。

「共振という現象は知っているかな?」

「・・・うん。複数のメトロノームを時間差をつけてバラバラに動かしたのに、その内揃った動きになってるって現象だよね」

にっこりと微笑み、うなずく。

「よく知っているね!」

その褒め言葉には少し照れてしまった。

「その現象は心でも起きるんだよ。今はバラバラの3人だが、共に時間を過ごし、少しづつでも互いを知ればいい。共振は時間がかかるが、誰かが諦めて離れなければ必ず起こる」

「でも、僕たちにはそんなにも時間がないよ。今、誰かに狙われているんだ。特にあの2人が・・・」

また首を横に振って答えた。

「焦らないこと。今、置かれている状況から焦るのはわかる。若いからすぐにそうやって答えをくのもわかる。だが、どんな数学の解答にも必ず途中経過の式がある。その式を省いたら全く別の解答になってしまう。時間は必ずかかるんだよ。心も人も、これ以上に無く非効率にできているんだ」

ディンブラの目には不安の色が現れる。

「焦るよ・・・。早く僕たちが理解し合って協力しないと、もし誰かが欠けたりしたら・・・僕は嫌だ」

俯くディンブラは今にも涙をこぼしてしまうんじゃないかと心配するほどに悲しげだ。

「大丈夫だよ。焦った方が悪くなる。3人が出会った時期を遅いと感じているのだろう?もっと早く出会えていたら、と。しかし、早く出会っていたらどうだ?それこそ協力なんてできないだろう?」

軽く頷く。

「出会った時期も最善なんだ。3人揃ったというのも、それぞれのいびつな分かり合えない形の心の状態で出会ったことも、それが互いに理解し合えるようになるのにかかる時間も、全ては必要で最善になるためにあるんだ」

顔を上げたディンブラはついに涙を流した。

「僕・・・2人の心の形が許せないのかはわからない。でも、一番自分自身の心が許せない!!過去のことも、あの2人を信用しきれなかったことも!全部僕だ!!僕自身が僕を許せない!!僕が一番共振を妨げているんだ!!僕は邪魔者なのかもしれない!!2人の・・・何の力にだってなれてない・・・」

隣の椅子に移動し、不安で涙を溢すディンブラを優しく抱きしめてあげた。

「大丈夫だよ。今、自分を乗り越えて成長しようとしているんだ。しっかりと自分と向き合えているよ」

「乗り越えたって、あの2人には僕はお荷物なんだ!!戦闘も何もできてないよ!!役立たずだ!!」

あやすように頭を軽く叩いてあげる。

「何を言っているんだ。ディンブラがあの2人に繋いだ縁はたくさんある。それによって、あの2人が乗り越える壁も与えてあげた。ディンブラがいなかったら、あの2人は成長どころか死んでいた可能性もある。特に小麦という者の方だ」

しゃくり上げて泣く様はまるで子どものようだ。

ビストートは初めて見るディンブラのそんな様子に、ただただ黙って見守っていた。

「彼らに居場所を与えてあげたのは紛れもなく、勇気を出したディンブラだよ。2人とも本当は君に感謝をしているが、表現が下手なだけだ。誰も邪魔だとか、お荷物だとかは思っていない。邪魔者がいるとすれば、自分の未熟さから来る焦りだろう。その焦りは自分を許せない心の傷から来ている。その傷の痛みは私が少しもらってあげよう」

そう言うと、手を背中に当てて魔力を込めた。

手が光りだし、泣いていたディンブラが次第に落ち着く。

そして、幸福の王子の腕の中で静かに眠っていった。

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