猫じゃらし
ヘルハウンドは小麦にピアノを弾いてもらっていた。
イスの端に座って小麦のピアノを聞いていたが、ふいに犬の姿になってその場を離れた。
「せっかくの演奏中にすまない。久々の来客だ。すぐに戻るから弾き続けていてくれ」
ヘルハウンドが走り出して飛び込むと、黒い霧に包まれて姿を消した。
「この墓地内なら、どこでもピアノは聞こえる!」
そう言い放つヘルハウンドの声だけが響く。
小麦は黙って声の聞こえる空を見上げながらピアノを弾いていた。
rosso兄弟が墓地に足を踏み入れる。
「ここの墓地は鬼灯に息を吹きかけるのがルールらしい」
「俺たち魔法使えないけど大丈夫?」
兄のチェルヴェッロが試しに、近くにあった鬼灯を一つ取って吹きかけてみると白く光った。
「ワォ・・・」
「すげー!兄ちゃん、魔法使えたの!?」
そんなわけないのだが、弟のコルポが物凄く驚く。
「そうだったのか・・・!知らなかった!!」
チェルヴェッロ本人も同様に驚いていた。
「魔法の世界に移住しようかな?」などバカな話をしていると、目の前に黒い霧が宙で集まっていく。
そちらを見ていると、霧の中から威嚇した真っ黒の大きな犬が出てきた。
黒い犬の立ち姿は10代半ばくらいの身長はありそうだ。
コルポがチェルヴェッロの腕を掴んで揺らしながら、現れた黒犬、墓守のヘルハウンドを指差す。
「兄ちゃん!何か出てきたよ!何召喚したの!?」
「え!?俺?俺ぇ!?」
自分に指差し、辺りをキョロキョロと見渡して慌てふためく。
アホなやり取りをよそに、ヘルハウンドが鬼灯の色を見る。
白く淡い色をした光を放つ鬼灯が、この墓地の墓守にだけわかる合図を発する。
それからもう一度2人を見た。
「小麦に何か用か?」
「喋ったぁぁぁああ!!」
互いに抱き合って叫び、取り乱す兄弟に思わずため息を吐く。
「おい、この犬、今俺たちに対して呆れたぞ」
コルポが少しムッとして指差して言う。
それに対してチェルヴェッロは何も気にしていなさそうだ。
「まあいいじゃないか!とりあえず、急に目覚めた魔法の才能で召喚したペットを置いて行くわけにもいかないし、この子を連れて探しに行こうか」
チェルヴェッロがヘルハウンドに向かって屈んだ。
そして手を叩いてヘルハウンドを呼ぶ。
「ヘイ!ネーロ!ネーロ!おいで!」
まるでペットを呼ぶかのように対応するチェルヴェッロを横目に見て聞き返した。
「ネーロ?」
「黒いからな!」
「へー、単純」とコルポはすんとした様子で兄とヘルハウンドの行く末を見守る。
そんな兄弟にヘルハウンドが威嚇した。
「私はヘルハウンドだ!!お前らが召喚したわけでもなければ、ネーロなんて名前のペットでもない!」
身構えて喉を鳴らされ、さすがにやめる。
「どうしよ、めっちゃ怒ってる」
だが、そんな中でもコルポは余裕の笑みを浮かべていた。
「ふふふ!こんな事もあろうかと・・・猫じゃらし、持ってるぜ!」
どこで拾ったのか、コルポが片目を閉じてチェルヴェッロに自慢気に見せつける。
「ほらほら、ヘルハウンド!」
コルポが猫じゃらしを振ると前足で叩き飛ばされた。
「あ!」と叫んでから、飛んで行く猫じゃらしを2人で視線で追いかける。
「・・・兄ちゃん、俺、大変な事に気づいた・・・」
だいたい察しがついているのか、チェルヴェッロが腕を組んでコルポを呆れながら横目で見るなり、黙って続きを待つ。
「こいつ、猫じゃない!!」
真剣に言う弟の頭を小突いた。
この2人、大丈夫なのだろうか?
怪しい上に変な来客に早くも二度目のため息がヘルハウンドの口から漏れた。




