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月桂樹の冠.  作者: 叶笑美
償い
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労い

午後からは小麦が墓地中の鬼灯ほおずきに水やりをしていたら、ふと気になり、ピアノの近くにある名前の無い古い墓に目をやった。

近寄ってしゃがみ、墓に刻まれた名前を見る。

名前が無いというより、書いた痕跡こんせきはあるものの、削られている。

それが雨風に当てられ、長い時間をかけて表面を滑らかにしたようだ。

だが、しっかりと削った跡は小麦の目には捉えられていた。

その墓をまじまじとしゃがんで観察しているところに、ヘルハウンドがやって来た。

足音を聞いて墓に指差し振り返る。

「この古い墓は何で名前が無いんだ?」

「私の墓だよ」

小麦がヘルハウンドを見上げた。

「そうか。じゃあここにはお前の本当の名前が彫られていたんだな」

「そうだな。雨風にやられて消えてしまった。なんせ200年近くはあるからな」

雨風というよりは、人為的に削られた様子もうっすらと見える。

そんな経緯はヘルハウンドにとってどうでもいいのか、それとも忘れたい事実なのかは定かではない。

しかし、小麦が驚いたのはその歴史だった。

「そんなに古くからあるのか!お前も長いことこの墓地を守ってんだな。退屈じゃないか?」

微笑みながら小麦の隣でしゃがむ。

「そうでもないさ。フィサリス達死神や妖精達といるのも退屈にはならないし、墓地は色んな人の出入りもある。それに、いつかの小麦みたいに、わざわざ私を外へ出そうとしてくれるお節介もいるから退屈はしないよ」

小麦はばつが悪そうにした。

「悪かったな。俺も仕事なんだよ」

そんな小麦にヘルハウンドが笑う。

それから小麦はヘルハウンドの墓を布で磨いてやった。

「何をしているんだ?」

「連れ出そうとしたお節介のお詫びと、200年の勤労へのねぎらいだよ」

少し驚いたが、すぐに嬉しそうに笑って見つめていた。

「小麦は愉快な奴だな」

「何がだよ?」

振り返ると、首を横に振った。

「何でもない」

「何だそれ?」

ヘルハウンドに構わず拭き続ける小麦に話しかける。

「小麦が死んだら、ここに墓を建てろよ。小麦がいると毎日退屈しないだろうな」

「悪いけど、墓は建てねーよ。ここにも、ここ以外にも」

首を少し傾げて不思議そうに聞き返した。

「墓を建てない?それは一体何故だ?」

「世間からの嫌われ者の俺の墓なんか誰も拝みに来ないからな」

一切振り返らず、一生懸命拭き続ける。

「それに家族もいないし、ずっと代替品の鬼灯だけが光り続ける墓なんて寂しいだろ?」

何か言いたげだったが、ヘルハウンドは言葉を抑えたように見える。

「魔王軍のみんなはさ、墓も無く海に沈んだんだ。俺だけ土の中に眠るなんて、申し訳ないし・・・」

小麦の背中が寂しそうに見えた気がした。

こんなにも相手の懐に入ることに長けた人物でも、こうして孤独を抱えているという瞬間を垣間かいま見たのだ。

その際に、この前まで小麦をただただ嫌っていた自分をつくづく恥じ入る。

200年もこの世で過ごして、こんなにも精神面が未熟だったのだ。

小麦の抱える孤独に寄り添うように言葉を発した。

「私が拝みに来るさ。毎日、墓の掃除だってしてやる。ピアノの近くに建ててやる。私が弾いて聴かそう!時々、弾きたくなったら小麦が弾けばいい!」

必死に語りかけてくれるヘルハウンドに小麦が手を止めて振り返る。

「鬼灯だって、小麦のことをしのんで供えてやる!!小麦のために花だって育ててやるよ!!」

「ありがとな。でも、俺はロクな死に方しないだろうから、死体も残らないと思うよ」

ヘルハウンドは一度口を閉じて押し黙った。

「・・・それなら」

小麦が再び墓を拭いている。

「墓だけ建ててやる」

「墓だけ?」

また手を止めて不思議そうに振り返った。

「例え埋まってなくとも、小麦が帰って来られる場所を私が作ってやる!だから、気が向いた時にはここへ来て、私の為にピアノを聞かせてくれ!」

真剣な言葉に小麦は笑って返す。

「そうか。・・・そうだな。ヘルハウンドをたまには労いに来るかな!」

そう言ってから立ち上がった。

「来いよ、ヘルハウンド。ピアノを弾いてやる!」

ヘルハウンドは嬉しそうに小麦についていく。

「何がいい?」とピアノのふたを開けながら聞く。

「楽しい曲がいいなぁ!ユーモレスクは弾けるか?」

嬉しそうにヘルハウンドは近くに寄った。

「途中信じられないくらい重いメロディーになるけどいいのかよ?」

「いい。生きることと同じだろ?落ちることがあるから、心浮き立つような日も来るんだ!それがわかっているからこそ、それさえも楽しめる!」

小麦は鍵盤に指を置いた。

そして奏でられるメロディーにヘルハウンドが耳を傾ける。

野うさぎのような小動物が草原を飛び跳ねる。

そんな軽快なメロディーが響き渡る。

どこかのんびりとした長閑のどかな風景を思い描きながら、ヘルハウンドと小麦はピアノを楽しんだ。


その頃、墓地の門前には2人の男性が怪しげな笑みを浮かべて立っていた。

彼らは科学の世界の裏組織rossoのベットとよく行動を共にする下っ端の兄弟。

その2人が、墓地内に足を踏み入れた。

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