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月桂樹の冠.  作者: 叶笑美
償い
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月光

『教会の手伝いも終えてメリリーシャ滞在の2週間、エピスキャラバンでの監視、教会に乗り込んできたキール、葵と俺に話しかけて来たマイラ、ディンブラとダージリンを襲った集団。少しずつだが俺たちのことがどこぞの組織の認知下にあるということだが・・・』

小麦がラテルネ墓地の前に到着する。

「あとは2週間、この墓地とロザの一族の手伝いで終わりか」

自分の両頬を手で叩いて自分に気合いを入れる。

「・・・よし、やるか!」

そして中に足を踏み入れた。


入り口にある鬼灯ほおずきを1つ取り、息を吹きかけると瞬く間に黒く染まる。

通常、鬼灯に息を吹きかけて明かりを灯すと、濃霧は消えるのだが、この墓地に住まう妖精がどこかへと導くかのように五里霧中といった景色が続いていた。

何かを察したのか、そのまま濃霧の中を歩いて行く。

しばらく進むと開けた場所にピアノが真ん中に置かれた、ピアノの広場に辿り着いた。

周囲には、相変わらず霧が立ち込めているのだが、見える範囲には木々以外にほとんど何もなく、隅っこに霧から角をほんの少しだけ見せた墓が一つあるくらいだった。

『たしか前にチョコがここのヘルハウンドがピアノ好きと言ってたような・・・』

鬼灯を置いてピアノに座り、弾き始める。

選んだ曲はベートーヴェンの月光。

小麦の指の動きから、鍵盤から連動して弦をハンマーが叩き音を奏でる。

重くゆっくりとした曲調はまるでこの濃霧のように月光を遮る雲がいる夜空のようだ。

第1章の途中から、ヘルハウンドが人間の姿で霧の中から現れた。

それには気づいていたが、手を止めることなく弾き続ける。

「月光・・・ベートーヴェンの数ある作品の中で、最も彼の恋愛遍歴を反映させたものだ。身分の差によって結婚を諦めた、ベートーヴェンが生涯最も愛した女性を想って作られた曲・・・」

ヘルハウンドが溜めてから大きな声を出す。

「そんな曲でこの私を呼び出して!貴様、どういうつもりだ!!」

「違うわ!!この曲の背景とお前を重ねたりしてねーから!!」

思わず立ち上がって振り返り、同じく大きな声で言い返した。

すると、ヘルハウンドが軽く笑った。

「冗談だ。続けてくれ」

「ったく、冗談きついっての!」

そしてもう一度曲の続きを弾き始める。

そんな小麦にヘルハウンドが近寄った。

「シスターの知り合いという男性からの手紙を見た。今日ここへ来たのは、私達へ危害を加えたことの反省と、償いだと聞いた」

小麦は黙って弾き続ける。

「前にいた魔王軍が崩壊したそうだな」

曲は丁度第1章が終わった。

少しの間を空けて第2章を弾き始める。

さっきとは打って変わって軽快なメロディーが響き渡る。

だが、タイトルは月光。

その旋律からは、どこか哀愁を感じざるを得ない。

「手紙の男性が今の小麦の居場所なんだな」

小麦は黙って弾き続けた。

ヘルハウンドの言葉が届かないようにするかの如く激しく、必死に弾き続ける。

明るいメロディーに自分の心情をひた隠すようだ。

それを察してか、ヘルハウンドも黙って第2章を聴き続けた。

第2章が終わり、第3章との間で黙っていたヘルハウンドがやっと口を開く。

「いい居場所を見つけたな」

小麦の手が止まった。

「第3章は弾かなくていい。あのどこか荒々しく突進する様はまるで昔のきしめんだ。今の軽快な前を向いたような姿のままでいい」

「第2章で終わると迷ったままだろ。あのどこか異様に明るいメロディー、俺には心情の迷いを隠しているようにしか見えない」

手を完全にひざの上に置いて拳を握っていた。

言葉に覇気を感じない。

「そうか?私には激励げきれいのように聞こえるよ」

いたずらっぽく笑って、そんなことを言うヘルハウンドに振り向く。

「それ励ましてんのか?下手くそすぎるだろ!」

ヘルハウンドも軽く微笑む。

「・・・そうだな。私は少し不器用なところがある。小麦ほどではないがな!」

「こいつ・・・」

同じくいたずらっ子のように笑うヘルハウンドに小麦がねたようににらみ返した。

それからまたピアノに手を置く。

「次は何を弾くんだ?」

そう尋ねると、自信満々に言い放った。

「ラプソディ・イン・ブルー!」

「ガーシュウィンか!」

一つ息を吸ってから小麦が弾き始めた。

楽しく弾き、楽しく聞く。

弾けるようなメロディーに心が浮き立つ。

「形にとらわれないジャズのようなこの曲、小麦によく似合うよ!」

「そりゃ、どうも!」

嬉しそうな笑みを浮かべてヘルハウンドが鍵盤を打つ手を目で追いかける。

「私も管楽器が出来れば、一緒に演奏したんだけどな・・・」

「ヘルハウンドなんかいなくても、俺1人で盛り上げられるんだよ!」

その挑発を買うようにヘルハウンドが低音側に座り、鍵盤を弾く。

「言ったな?私だってピアノならできるんだ!」

「やってみろよ!」

2人で楽しく弾いているのをフィサリスは遠目に眺めていた。

「なんだ、結局楽しんでるじゃない!」

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