セイロン
ディンブラはダージリンとペットショップで買い物を済ませた後、大使館を目指して歩いていた。
「欲しい虫は無かったけど、良い餌は買えたから良かった!」
「発色が良くなるんだってね!凄いね!さすが都会は何でもあるなぁ!」
ダージリンが持っていた袋を持ち上げて覗く。
「これ、何にあげるの?」
「うーん・・・ヒラズゲンセイかな?」
ディンブラの答えに困ったような表情を見せる。
「めちゃくちゃ毒虫だね・・・。触っただけで皮膚が爛れるって前言ってたよね?赤いクワガタみたいなの・・・」
「うそうそ!あれは”幻の赤いクワガタ”なんて異名があるくらいだし、この辺で流通なんてしてないよ!それに、流通してても危険性と希少性からだいたい標本だし。いつか見てみたいけどね!しかもクワガタみたいな見た目しながらツチハンミョウの仲間なんだよ!ダージリンの言った通り、触るだけで皮膚が爛れるのは関節からカンタリジンって毒液出すからなんだ!珍しい生態としては蜂の巣に寄生するとか!!」
ディンブラが嬉しそうに話すのを横からまだ困ったように見る。
「止まらないね、虫の雑学・・・」
しかし、そこからつまらなそうな顔に一気に変わる。
さらにため息混じりにもなる。
「あーあ、ウェストポートからここに来るまでに葵くんと蜂の巣駆除したからその時巣の中身調べればよかった・・・」
「それは危険だからやめといて正解なんじゃないの?」
そこで何か思い出したようにディンブラが言う。
「あ!そうか!ツチハンミョウも綺麗だからその子たちにこの餌あげればいいか!甲虫系はアリだね!!フンコロガシとかさ!!」
「そうだね!彼らも綺麗だもんね!僕はカナブンとかもいいと思うよ!カラフルだし!」
すぐにディンブラが顎に手を当てて考え直す。
「いや、待てよ。ツノの短い種のさ・・・例えばコクワガタに赤い色素を強める餌と、この発色を強くする餌を与えて大きなヒラズゲンセイみたいな個体を作るのってできるんじゃ・・・」
「やめときなよ。みんなディンブラの話でヒラズゲンセイは知ってるから、平和の花園がパニックの花園になると思うよ?」
そんなことを話していると突然、目の前に3人の男性が現れ立ち塞がった。
「誰?」
ディンブラは冷静に聞くが、ダージリンは怯える。
「先日、お前が元四天王の葵といる所を目撃した。葵を引っ張り出す為の餌になってもらいたい」
「そんなの嫌に決まってるだろ。それに、そんなことをしても葵くんは来ない」
毅然と対応するが、相手も不敵に笑って返してくる。
「お前に選択肢はない。葵が来なければお前を始末して、次の手を考えるまでだ」
そして取り囲んでいた相手の仲間が歩み寄った。
なんと、後ろからも数人が迫り来る。
「ど、どうしよう!ディンブラ!!」
「落ち着きなよ、ダージリン・・・いや、セイロン」
ディンブラがダージリンの髪をかき上げて素早くヘアピンで止めた。
その途端にダージリンの顔つきが変わる。
さっきと一変して、眉間にシワを寄せて殺気だった状態で立ち向かった。
目の前の1人を殴り飛ばしたかと思うと、右にいた人物に回し蹴りをくらわす。
「おい!誰に手ぇ出してるかわかってんのか!!お前ら全員、ぶち殺してやるからな!!」
セイロンは怒声を浴びせた後、走って近づき、思い切り殴る。
後方からナイフで腹部を刺されるが、痛みなど構わずに肘鉄で倒した。
最後の1人は怯えていたが、頭を持って膝を打つけると気絶した。
脇に刺さったナイフを抜き捨てる。
「こんなもんかよ。しょーもねぇ!」
「ありがとう、セイロン」とディンブラが背後からそっとヘアピンを取ってやった。
すると前髪が降りて表情が急変し、いつもの優しい人格のダージリンに戻る。
「わ!わ!どうなったの!?何で倒れてるの!?わ!お腹痛い!!」
ダージリンが脇腹を押さえて転げ回った。
なんと、その時に手に持っていた虫の餌を下敷きにしてしまった。
それに気づき、顔面を真っ青にして謝る。
「わーー!!ごめんなさい!ごめんなさい!決してわざとじゃないんです!!許して下さい!!」
しかし、ディンブラはいつもと違い優しく笑って許した。
「いいよ。どんな形でも虫は食べられるし。それより、ありがとう」
ダージリンがキョトンとして見上げる。
ディンブラはそんなダージリンに肩を貸してやった。
「ほら、早く病院行こう!ばい菌入っちゃうよ!」
「あ、ありがとう・・・」
『ディンブラが優しい・・・これはこれで怖い・・・』
血が出ていることとは別に、“ディンブラが優しい”。
それだけで十分、ダージリンにとっては血色を失う理由となった。




