ナンパのレクチャーからお手本まで
マタリが広場に集まる女の子を観察し続ける小麦に話しかけた。
「ところで小麦、ナンパはした事あるのか?」
「全然。数回しかしたことない」
「俺も」
いつの間にか葵が小麦の背後にいた。
さすが元隠密部隊長である。
しかし、なぜここで隠密技を発揮するのか?
「うわ!いつからいた!?」
小麦が思わずのけ反って驚いた。
「さっき見かけたからついて来たんだ!そんな事より、マタリが直々にナンパ術を教えてくれるのか?」
マタリが葵に苦笑いする。
「葵は必要ないだろ?待ってても向こうから来てくれるような奴のくせに・・・」
それには少しばかり拗ねたような表情になる。
「嫌だ!俺だって自分から選びたい!それに俺に来るのは、皆だいたいストーカー気質だったりするだろ!」
シスターやその信者、元同僚の小麦としてはパルフェや魔王軍寮内(月桂樹の葉を編む第3章第59・68〜71話参照)のことも思い出し、言葉に詰まる2人。
マタリが小麦の胸を小突いて話を進めた。
「まぁ、いいや。ナンパ初心者の2人に極意を教えてやる!ナンパとはコミュニケーションだ!いかに相手のガードを崩し、懐に入るかが重要!」
「つまり、格闘技と一緒なんだな!」
自信満々に言う小麦。
「違うけど・・・小麦がそれでわかりやすいのなら、それでいいや。とりあえず、必要なのは清潔感!その点では2人は合格だ!」
小麦と葵が頷いて真剣に聞く。
「その次は笑顔!相手のガードを崩すのに必要な武器となる!」
お互いを見て口角を上げて無理に笑ってみせる。
「少々ぎこちないが・・・まぁ、良しとしよう。最後に必要なのはボディタッチ!必ず腰だぞ!頭や首が近い肩から手を回すと、逆に警戒される!」
「どんどん狩猟みたいになってきたな」
マタリは小麦の腰に手を回した。
「ここまでの2つでガードを緩めたら、腰へのボディタッチで一気に畳み掛ける!その後は下手に出てお願いする!」
そして、軽く腰を叩いた。
「これで完璧だ!」
「はい!先生!質問があります!!」
小麦が脇を手で隠して挙手する立候補式で質問する。(TPO的に間違った使い方)
「なんだ、小麦?」
「初心者はぐいぐい行く自信がありません!どうすればいいですか?」
その質問に顎に手を当ててしばらく考える。
「うーん、そうだなぁ・・・。まぁ、失敗を恐れず堂々と・・・が秘訣かな?」
そこで小麦に倣ってしまい同じように立候補式で挙手する葵。
「はい!先生!そう言うのはわかってても、そう簡単にできるもんじゃありません!!」
口を歪ませてまた悩む。
「うーん・・・じゃあ、女の子に声をかけに行く前に自分に暗示をかけよう!俺はイケメンだ!とか、俺はいい男!とか!!」
このアドバイスが凄く刺さったようで、2人にやる気が満ちてガッツポーズを取る。
「そうか!初めての任務でよくやってきたやつだ!!」
「部下にもさせて来たしな!今こそ魔王軍での訓練の成果を発揮する場ということか!!」
思ったより軍隊根性の2人に呆れるマタリ。
「違うけど・・・。ま、2人がそれでわかりやすいのならいいや!後は実戦あるのみ!俺を見とけ!見本を見せてやる!」
そう言って、ベンチで雑誌を読む女性に近づくマタリを物陰から2人は覗いた。
「こんにちは、いい天気だね!」
「こんにちは」
ベンチで座る女性の隣に腰を下ろす。
初めは少し離れた位置で、パーソナルスペースを意識しつつ穏やかに話しかけた。
だが、女性の方は一瞬マタリを見ただけで、その後もまた本を読んでいた。
「何の本読んでたの?」
「ファッション誌よ」
マタリが爽やかに微笑みかける。
「オシャレな君らしいね」
「うふふ!ありがとう!」
まずは好調な滑り出し。
褒め言葉によって相手の笑顔を引き出すことに成功した。
すると、女性の方はまたマタリの顔を見る。
今度はしっかりと見ていた。
少しタイプだったのか、満更でもなさそうな表情だ。
その表情を見た後にいけると踏んだのか腰に手を回し、一気に畳み掛ける。
「こんな良い天気だからこそ俺たちは出会えたんだ。これって運命だと思わない?ねぇ、俺と一緒にカフェ行ってくれない?どうしてもコーヒーが飲みたい気分なんだけど、1人じゃ寂しくてさ・・・」
「ふふふ!仕方ないわね!一回だけなら付き合ってあげる!」
女性が雑誌を閉じてマタリと見つめ合った。
「ありがとう!」と2人で立ち上がって寄り添いながら歩き出す。
マタリは振り返って2人に片目を閉じた。
「す、すげー!」
「いとも簡単にデートに成功したぞ!」
そして2人してしばらく黙って立ち尽くす。
「・・・これ、当然帰って来ないよな」
「デート行っちゃったもんな」
見送ってばかりもいられず、気合いを入れ直して、残された2人で意気込んだ。
「よっしゃ!俺らもやってみよう!」
「やればできるはず!!」
まずは小麦が前に出る。
「俺、行ってくる!」
「頑張れ!」
「俺はイケメン!俺はいい男!!」と呟くように何度も繰り返して、自己暗示をかける。
葵の応援を背に、小麦がカフェのテラス席に座る女性に近づいた。




