魔王軍最後の日
メリリーシャへと戻った4人はサンスベリアに入った。
「ビストート、まだいける?」
いつものごとくディンブラの来店にビストートが喜ぶ。
「ディンブラ!まだメリリーシャにいたのか!?それもまた俺の店を選んでくれて嬉しいよ!さすが俺の大親友だ!!いくらでも営業時間を延長するに決まってんだろ!!・・・葵、帰れ」
最後にボソッと葵に呟くように言い捨てる。
「俺も客だぞ!」
葵も吠えて睨み返すと、互いに睨み合った。
隣同士で席に座ったきしめんとロルロージュが2人で1つのメニューを見る。
「何でも好きなのを頼みなよ!」
ディンブラの言葉に遠慮無く注文する。
「俺、トマトとベーコンのパスタとピザのプロシュートとタリアータ食べたい!」
「えっと、えっと!きのこのクリームパスタと・・・」
しかしそこでディンブラが待ったを掛ける。
「ダメだろ。ちゃんと野菜も摂らないと!何日も絶食状態だったんだろ?そんなにがっつりしたのだけ食べたらお腹がびっくりしちゃう!」
お腹を押さえて眉を寄せ、不服そうな顔を向けた。
指摘を受けて渋々きしめんがもう一度メニューに目をやる。
「・・・あとサラダ下さい」
「それで良し!」
完全に気が萎えたきしめんにディンブラが笑顔を向けた。
ビストートが注文のメモを取り、メニュー表をさげて厨房へと入る。
「おい、きしめん。1つ聞きたい事がある」
突然、葵がきしめんに問いかけた。
”きしめん”と聞き、一瞬ビストートが視線を向ける。
そして、聞き耳を立てながら調理に入った。
「魔王軍の島は爆発して消滅したはずだ。元々俺との戦いで瀕死だったのに、何故生きて出て来られたんだ?」
「・・・あいつらが・・・・・・」
元気無く小声でボソボソっと話してからきしめんが俯いて続けた。
「俺の部下達が、俺を逃してくれたんだ・・・」
魔王軍本拠地が爆破された日のこと。
葵との戦いによって気絶していたきしめんは、目を覚ました時には辺りが真っ暗だった。
星も月も見えなかったが、遠くに見える暗闇が空なのだろうとなんとなく理解した。
だが、雲でもない、何か黒い煙がモクモクと立ち込めている。
さらには焦げ臭く、辺りも騒がしい。
箱のような物に入って海に浮かんでいるようにふわふわと、またゆらゆらと揺れる感覚を感じる。
波が外装にぶつかる音、焦げた臭い、夜の闇に映える煌々(こうこう)とした赤い炎、空に覆いかぶさる黒煙・・・
じわじわと回復する五感に、弱々しくも目を開けるとそんな景色が飛び込んできた。
周りで聴き慣れた声が一生懸命話しているのが聞こえる。
「きしめんさん!」
「まだ呼吸はある!声をかけ続けろ!!」
きしめんの目が開いたのを見た部下達が泣きそうな顔で喜んでいた。
「気がついた!」「よかった!」「きしめんさん!!」とそれぞれに口にする。
「お前ら・・・どうして・・・・・・。魔王様は・・・?」
虫の息で聞き返すと、部下達の表情が一瞬で曇った。
「ここは・・・?外か?」
「きしめんさん・・・!!」
1人の部下が悔しそうに涙を零して口を開いた。
「我々、魔王軍は・・・負けました!!」
次々と他の部下も後に続いて涙を流す。
「葵様の裏切りにより!魔王様は・・・!」
「・・・そうか。俺たちは・・・負けたのか・・・」
部下達は口元を固く結んだ。
「俺は・・・生きているのか・・・。魔王様を置いて・・・」
その口をついた言葉に後悔の念が過ぎる。
なぜ、生き残ったのか?
どうして共に死ねなかったのか?
ここまでお世話になった魔王との思い出が次々と蘇るが、体が動かない。
無力なことに、その場で仰向けになって涙を流すことしかできなかった。
「・・・はい」と答える部下も、悔しそうにその場で佇んで泣いている。
「きしめんさん!魔王様の死後、この島が大量の爆薬により爆破されました!」
それにきしめんが目を見開いて反応する。
その非常事態に、思わず大きくてはっきりとした声音が飛び出した。
「他は?他の仲間は?・・・お前らも早く逃げろ!俺はもう無理だ・・・。ダメージが大きい!俺を捨てて逃げろ!!」
しかし部下達が優しく笑ってきしめんを見ていた。
「いえ、生き残るのはきしめんさんです」
「何を・・・!!」
体を起こして、今すぐにでも馬鹿なことを言う部下の胸ぐらを掴んで説得してやりたいが、体が言うことをきかない。
「俺達は仲間や魔王様と共に残ります」
「他所へ行っても、家族も何も無い俺たちにはここしかないんです」
「他で居場所も希望も無いんです、俺たち」
きしめんが大きな声を振り絞って出す。
「俺が・・・!俺が残る!!お前らは生きてくれ!!頼む・・・!」
その必死な訴えにみんなが首を横に振って冷静に返した。
「きっとまだ、きしめんさんにはやる事があるはずなんです」
「俺たちじゃ、きしめんさんの代わりはできません。生きて俺たちの分まで幸せになって下さい。だって、あなたの両親はまだ生きているんでしょ?」
「あんなにも活躍された時の新聞を切り抜いてたじゃないですか!!お父さんもお母さんも、どこかで見てくれてるんでしょ?」
そこでやっと小さな船に乗せられていたことに気づいた。
「やめろ!頼むから・・・せめて俺も一緒に・・・魔王軍と!!」
部下達が笑顔を作る。
「最後までそんな強がり!」
「きしめんさんらしくて安心しましたよ!」
「誰よりも生きたいくせに!」
きしめんを乗せた船は部下達の手を離れて暗い海へと出た。
「きしめんさん!あなたの部下になれて、本当に幸せでした!!」
「この恩は忘れません!!」
「俺たちの最期の恩返しです!!生きて下さい!!」
「本当に!ありがとうございました!!」と大声で声を揃えて頭を下げた。
大怪我により起き上がることさえできないきしめんが、その姿を見ることは叶わない。
そんなことは承知の上で部下達は涙を流しながらいつまでも頭を下げ続ける。
きしめんは何も言わず、ただ唇を噛み締めて涙を流すことしかできなかった。




