努力2
小麦は壁一面が本棚になっており、真正面に窓、その下に机のある書斎に案内され、葵が運んで来る資料を黙々と仕分けして棚に運んでいると、ロマがやって来た。
「おい、きしめん!」
わざと前の名前で読んでみるが、「なんだ?」とリアクションが少なくてつまらなさそうにする。
「何でそんな頑張ってんの?サボればいいだろ?誰かがずっと見てるわけじゃないのに。今日だってシスターが急用でミサが中止だったって?でもずっと掃除してたんだろ?そんな見てもらえない努力をしても無駄だよ。だいたい大使館に貢献して何になるのさ?」
ロマが部屋の椅子に腰を掛けた。
「確かに無駄に見えるよな。こんな努力」
「何でそんな無駄な事をするのさ?自分でも分かってんでしょ?努力してもどうにもならない事があるって!」
ロマの口調は実に意地悪い。
小麦は一段整理を終え、次の段に移った。
「そうだよ。でもな、だからって努力を止めちゃいけないんだよ」
「何で?しんどいだけじゃないか!」
鬱陶しそうな口調の割に前のめりで話を聞く。
興味はあるようだ。
「いくら無駄だ、叶わないと分かっていても、努力しないと何も始まらないからだよ」
小麦の返答にロマが眉を顰めて黙った。
「世の中理不尽なことだらけだ。努力が実らないことなんか無限にある。でもな、努力っていうのは自分自身との約束みたいなもんなんだよ。こうなりたいからそのための努力をする。だから努力をやめるってことは、自分自身を裏切るのと一緒だ。俺は結果的に思ったゴールに届かなかったとしても、途中でそれをやめたりはしない」
小麦の話す内容にムキになり、口を尖らせて強い口調で言い返す。
「そんなの、何年も経って違うゴールでしたなんて、全部が時間の無駄じゃ無いか!」
相手のどんな口調に対しても、手は止めず、一定の調子で返す。
「結果を決めつけなくていい。無駄だったなんて早計だ。例えロマの言うように無駄なゴールに見えたとしても、精一杯やれば途中経過にはいくらでも成長がある。無駄だったと言うのはやり切っていないだけだ。やり切れば必ず見えるんだよ、有意義が」
膨れたような面持ちで小麦を睨む。
「そんなの、はじめからしない方がいいさ!努力を積み重ねたから何だって言うんだ!ゴールが違えば無駄だったってことだよ!お前のいた魔王軍もな!」
子どもが喧嘩でヒートアップし、わざと相手を怒らせたいがために言い放つように、傷つける言葉を選んだ。
しかし、小麦は一切感情的にならず、また手も止めずに資料の仕分けをしながら返す。
「たしかに魔王軍は崩壊した。だからと言って、始めなければ崩壊すらない。何百年と生きる大木も双葉から始まるし、“末ついに海となるべき山水もしばし木の葉の下をくぐるなり”とも言う。千里の道も一歩から。一歩踏み出すのが勇気で、歩み続けるのが努力だ」
小麦は喧嘩腰なロマに対して終始諭すように言い続ける。
だが、そんな一定の口調な上に、全くこっちを見ないことにもさらに腹を立てる。
「魔王が何を積み上げて行ったって言うんだ!そして魔王軍が崩壊した今、何を残したんだよ?お前らみたいな悪の残党しか残っていないじゃないか!!」
「お前達部外者から見てどう思うかは知らないが、俺たちからすれば魔王様のやってきたことは偉業だ。何より、スラム街で今日を生きるのも必死だった俺たちを大人になるまで育ててくれた。魔王軍は葵以外スラム街の孤児や、家族がいても日々殴られ、ご飯もろくに食えない子どもの寄せ集めだ。それを魔王様は拾って組織になるよう教育をし、全員を高水準の人材に育ててくれた。俺たちに人生を与えてくださった方だ。お前の周りにいるのか?そういう人?」
理詰めに対して、つい口籠ってしまった。
「魔王様はもういなくなった。魔王軍もなくなった。でもな魔王様の意志は残っている!俺や葵、残った者たちの中に必ず受け継がれている!目に見えるものだけが必ずしも全てじゃ無い!俺は魔王様の意志を継いだから今、行動を起こしているんだ!それがお前が見て努力と称する形になっただけだ!」
さっきより少し強い口調で、熱弁する姿にロマは口を開けて、ほんの少し輝いた目には小麦の熱が伝播したかのようだ。
それから小麦が振り返り、少し笑って見せる。
「お前は賢そうだからこういう討論が好きなんだな。俺を怒らそうとしなくたって良い。そんなことをしなくても俺はいくらでも討論をしてやるよ」
「そんなことないよ!!」
頬を紅潮させ、顔をそらす。
「お前みたいな努力しか脳の無い体育会系は嫌いなんだ!」
小麦の顔が寂しそうに笑う。
「そっか。なら、俺らは分かり合えないな」
「そんなの初めからだよ!!」
小麦が再び背を向けて整理に取りかかる。
ロマが書斎から出る前に付け足した。
「俺はお前みたいな奴好きだけどな。自分は自分って一本筋の通った奴。残念だよ」
ドアを閉めて出て行った後、廊下で1人、ロマが照れていた。
「なんだよ、あいつ!あんな奴に好かれたって嬉しくなんか・・・」
1つ大きく呼吸をする。
「でも、ちょっとだけ・・・かっこよかったな、あいつ」
『わかる。あいつってほんと、かっこいいこと言うよな』
ついに場所が無くなり、廊下で書類整理をしながら聞いていた葵も、頷いたり、表情に出したりはしないがロマに同意しながら作業をしていた。
書類整理が一段落つくと、1階から良い匂いが漂ってきた。
「うわ!もう22時かよ!」
「夢中になってたからあっという間だったね!」
「なんか良い匂いがするな・・・」
「そろそろ下に行こうか!ご飯できてるかも!」
アッサム、ダージリン、キャンディ、リントンが話していたところに、小麦や葵と合流して階下に下りた。
すると、キッチンにはビストートがいた。
「あ!みなさん下りてきました!」
「今ちょうど呼びに行こうと思ってたんだ!」
ロルロージュとディンブラがお皿などを並べながら言う。
「何でビストートがいるの?」
「僕が呼んだんだ!」とディンブラが苦笑いして言った。
「僕とロルロージュがずっと料理と格闘してたんだけど、レシピ本見てもその通りにならなかったから助っ人で呼んだの!」
「なんか・・・料理ってわけわからないですね」
ロルロージュは真顔で言っていた。
「何作ったんだよ?」と小麦がつっこむ。
「俺もついさっき営業終わりにディンブラが駆け込んできて頼まれたから来たんだけど、なんかキッチンが混沌としてたから、2人が作ったよくわからないものと残り物で簡単に仕上げた。手が込んだものじゃないから店ほどのクオリティは期待するな」
そう言って大皿に盛られた炒め物や和え物、サラダなどが出てきた。
「じゃーん!残り物・・・ディンブラと俺の親友合作料理だ!たくさん食え!!」
「僕もいますよ!」とロルロージュが怒るが無視される。
「ディンブラも得だな。大したことしてないのに料理名のトップに名前入れてもらえるなんて」
「なんかあれじゃあディンブラがメインで作ったみたいだな」
アッサムとキャンディがディンブラを呆れて見ている中、ダージリンはビストートに挨拶に行った。
「はじめまして!僕はエディブルの花園から来たダージリンです!いつもみんなから料理が美味しいって聞いてるので楽しみにしてます!」
「どうも、ビストートです!ディンブラの親友です!」
するとダージリンは信じられないものを見たという顔をし出した。
「ディンブラの・・・親友?」
「あれ?なんか変なこと言った?」
ダージリンの肩を掴んで葵が引かせる。
「いつもと見慣れない料理が楽しみすぎるだけだよな!!ほら、こっち来い!!」
ダージリンをパトロックのそばに座らせるが、ずっと料理を怪しんだ目で見ながらぶつぶつと「ディンブラの・・・親友?」と呟いていた。
「だ、大丈夫ですよ!変なものとか入ってませんから!」
その後、ダージリンは誰かが食した料理からしか食べなかったという。
味はちゃんと美味しかったらしい。
そしてビストートは何度も葵に「ディンブラと親友」を豪語していた。
その度に「ディンブラと・・・親友?」と眉を顰めるダージリンなのであった。




