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月桂樹の冠.  作者: 叶笑美
償い
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おはぎ

葵がディンブラよりも先にお使いから戻り、大使館に入る。

そして、やけに騒がしいリビングへと向かった。

「なんだ?今日はやけににぎやかだな・・・。来客か?」

不思議に思いながらもドアを開けた。

「ただい・・・は!?え!?」

目の前の光景に目を丸くする。

「フジお母さん、こってるね〜!」

「はぁぁ、そこそこ!」

なんと、小麦が葵の実母フジの肩をんでいるではないか!!

呆然ぼうぜんと立ち尽くす葵に三兄が気づく。

「やぁ!葵じゃないか!」

入り口で固まる弟の存在に王林が気づいて手を挙げて挨拶をする。

「何故・・・兄さんたちや母さんが?」

理解できないと言った様子で、なおかつ切迫したように迫って聞く。

紅玉と高嶺たかねもリラックスし切った状態でソファーを陣取っていた。

「お前のお友達に挨拶に来たんだよ!ここでお世話になってるって、ホテルまで手紙くれただろ?」

「大人としての基本だよ。お子様の葵には、わからんだろうけどな!」

「もう大人です!!」と高嶺に怒った。

「お母さん、どうだった?俺のマッサージ!」

「凄く良かったわ!・・・はぁ、もう息子にしたい!!」

フジが小麦を抱きしめると、小麦もニヤリと笑って葵を見た。

その光景に葵が目を見開く。

なんなら、“ひんく”の方が的確なのかもしれないくらいに目を大きく開いていた。

さらに「お母さん大好き!」と小麦も抱きしめ返す。

それには我慢できなかったようで、さすがに眉間にしわ寄せ怒りを示した。

「おい!ウチの母から離れろ!あと、お母さん呼ばわりもやめろ!!」

怒って小麦に近寄ろうとしたが、兄達からも衝撃的な発言が続く。

「ほんと、小麦ってよく気が利くし良いよな!」

「愛想も良いしね!」

「ウチの子になりなよ!俺らの弟に!」

この発言には、魔王軍の時には普段雷撃を喰らわせる立場だったが、この時だけは葵の体に雷撃が走ったように感じたという。

『俺よりも息子や弟として認められているだと!?この家族に公認の男として家族に迎えられるなんて!!』

そう、葵は家族的には女の子希望だったのだが、生まれたらしっかりとついていたので心底がっかりされたし、幼少期なんかは家族から女の子の格好と趣味を強要されてきたし、以前はっきりと「葵ちゃんは女の子がよかった」発言までされている。

小麦がまたニヤリといやらしく笑って葵を見る。

『むかつく』と素直に思った。

我慢ならずに葵が小麦の胸倉を掴む。

「この野郎!!エディブルの次は家族か!!これ以上俺の人間関係を奪うな!!」

「何言ってんの?葵ちゃん!」

「黙れ!!」と小麦を揺らす。

「コラ!葵ちゃん!」

母に怒られ、ばつが悪そうな表情で見て黙る。

「そんな乱暴な言葉使いをして!!」

「う・・・!」と押し黙る葵に、さらに小麦があおる。

「そうだよ、葵ちゃん。女の子がそんな言葉使いしちゃダメでしょ?」

その発言に目を見開いて小麦を見た。

今にも頭突きしたいくらいである。

「お前!ウチの家族から何を聞いた!?」

「あれもこれもぜ〜ん部!」

小麦がわざとらしく両手を広げて見せる。

それにはさすがに怒りが頂点に達した。

「殺してやる!お前を殺してやるからな!!」

「葵ちゃん!!」と再度母に強い口調で呼ばれて、また葵が気まずそうに一瞬止まった。

「そんな言葉・・・家族に向けるべきでないでしょ!!」

「家族じゃありません!こんな奴!!」

家族の対応に悔しそうにしていると、ディンブラが帰ってきた。

「ただいまー・・・あれ?お客さん?」

客人達をよく見ると、葵の家族だった。

「こんにちは!お久しぶりです!葵君のご家族のみなさん!」とにこやかに挨拶をする。

「まぁ、ディンブラくん!あら?・・・そういえばこの声、ずっとどこかで聞いたことがあると思っていたのよね・・・」

フジが気になって近寄り、観察する。

そしてフジは、以前花園で葵が倒れた際にかかってきた電話にディンブラがいたずらで応答し、葵のケータイで通話したことを思い出した。

「もしかして、直接会う前に電話でお話ししたわよね!たしか葵ちゃんの恋び・・・・」

「違います!!」と食い気味に否定した。

何を隠そうディンブラは以前電話でフジと会話をし、葵のゲイ疑惑を家族に植え付けた、まさに主犯なのだ。

ディンブラは何も動じずに笑顔を向ける。

「どうも!葵くんの親友のディンブラです!」

「へぇ、葵に似合わず品の良い感じだね!」

「葵にも親友なんていたのか」

「そもそも小麦以外の友達と呼べる人物がいたのか」

「高嶺兄さん、怒りますよ!」と睨みつける。

「ウチの葵ちゃんがいつもお世話になっております!」

フジが立ち上がって頭を下げ、丁寧に挨拶をした。

「いえいえ、こちらこそ!そうだ、折角だから皆さんでご飯に行きませんか?」

「いいね!」「せっかく来たしな!」「行こう行こう!」と三兄達が言いながら葵の首根っこを掴んで外へ出て行く。

「うわ!」

葵は抵抗しながらも兄達には逆らえないのだ。

大使もパーティもみんなで外へ出ていく。

大使館ではフジと小麦が2人きりになった。

すると、フジが小麦の隣に座ってしみじみと話しだす。

「葵ちゃんと仲良くしてくれてありがとうね」

「いえ・・・こちらこそ・・・」

やけに静かになった大使館のソファーに隣同士に座っての会話。

なんとなく小麦はフジの顔を見るのが気まずかった。

だが、フジは優しく微笑んで小麦の顔を見ながら聞く。

「さっき、魔王軍の人にはほとんど家族がいないって言っていたけど、小麦のご家族は?」

「・・・いないよ。父さんはいたけど生き別れて、母さんは見た事も無い」

小麦がおはぎのあった皿を見ていた。

その横顔はどこか寂しそうだった。

「だから・・・家族もいて・・・自分を大切にしてくれる母さんがいる葵が羨ましくて仕方なかった。このおはぎを初めて食べた時、泣いてしまって・・・」

魔王軍時代、小麦は初めて葵がおはぎを持って帰ってきた時のことをフジに話した。


机に置かれた箱からおはぎを一つ取り、一口頬張ると涙があふれてきた。

そしてもう一口、二口・・・泣きながら次々と口に入れていた。

「温かくて・・・優しくて・・・凄く凄く美味しかった。初めは母親の手料理が羨ましくて、葵を困らせてやろうとして食べたんだけど・・・止まらなくて、全部食べてしまったんだ」

小麦は「しまった!」と思ったが、すでに空っぽになった箱しかなかった。

後から葵が来た時に陰から覗いて様子を見ると、おはぎの入っていた空箱を見て嬉しそうに微笑んでいた。

「きっと、あの時のあいつにはフジさんの喜ぶ顔や、一生懸命作る姿が見えていたんだと思う。その美味しさも知っているからこそ、食べた部下の喜ぶ顔も思い浮かべていたんだろうな。俺はあの時、全部踏みにじったのかな・・・」

フジは小麦を力いっぱい抱きしめてあげた。

「大変だったわね。大丈夫、大丈夫だから。何も踏みにじっていないし、誰もあなたを責めたりしない」

優しい温もりをくれるフジを抱きしめ返す。

「私が小麦の母さんになってあげるから、沢山お食べなさい。いくらでも、小麦を思って作ってあげるから」

小麦は更に少し強く抱きしめる。

目頭が次第に熱くなり、涙があふれてくる。

「ずっと1人で抱え込んできたのね。よく話してくれたわね」

小さく「ありがとう」と言って、ここまで抱えていた小麦の中の罪の一つを許してくれたフジの腕の中で涙をこぼした。

「母さん・・・ありがとう」

そうしてしばらく泣いていると、誰にも言えなかった心のかせが少しだけ、軽くなった。

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