赤いソース
朝、大使館では皆がリビングに集まっていた。
大使たちはみんなのコーヒーを淹れたり、食事を作って運んだりしている。
それを葵や小麦が手伝うから他のメンバーはやることがなくソファーで寛いでいた。
そんな花園メンバーにマタリが声をかける。
「みんなっていつまでいるつもりなの?」
互いに目を合わせて考えてからアッサムが答えた。
「俺はそんなに長居するつもりは無いよ。この前も来たばっかだし。キャンディだって特に爬虫類のイベント無いからそんなに居る気は無いんだろ?」
アッサムが聞くとキャンディは黙って頷く。
「僕もダージリンにお願いしてるとは言え、鳥達のお世話があるし・・・ルフナは?」
ニルギリが促したらルフナも同意だった。
「僕も今日か明日でいいかな?噂のビストートのご飯も食べたし、何より葵くんと小麦の戦いも見られたし!あ、折角だから少女漫画は買って帰りたい!!」
このルフナは無類の少女漫画オタクなのである。
共存共栄がモットーのエディブルの花園という土地では、互いにできることを提供し合い、生活を営んでいる。
その中でルフナは自身の少女漫画知識を活かして、恋に悩める人々におすすめする“少女漫画ソムリエ”なるものをしている。
そうして漫画から恋の後押しをしたり、悩み解決に向けたアドバイス的なものを学んだり、なんなら恋を始めたくなるような気持ちにもさせてあげているという。
成果の程は統計を取ってないので不明。
そしてせっかくの大都市に来たのだからと、貪欲にも少女漫画を入手しようということだ。
「本屋なら教会近くの広場に大きな書店があるよ!今日の夕方、シスターの所に小麦の挨拶で行こうと思ってるから、一緒に行こうよ!」
「そうするよ!ありがとう!」とリントンに笑顔で返した。
そんなやり取りを横目に小麦は朝から呼ばれてビストートのサンスベリアに向う。
「小麦、もう行くの?」
せっせと朝の支度を済ませる小麦にディンブラが聞き、「おう」とだけ答える。
「昼からの営業なんでしょ?」
「そうですよね。開店準備にしても早いですね」
ディンブラとパトロックから聞かれるが、自分の身支度を淡々とこなしながら答える。
「なんか早く来て欲しいんだってさ。よくわかんないけど」
みんなに背を向けてリビングのドアノブに手を掛け、振り返る。
「じゃ、俺行ってくるわ!」
「おう、いってらっしゃい!」や「がんばってきて!」などと送り出してくれた。
小麦はサンスベリアに着き、ビストートに「今日からよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「まあ、そこ座れよ」
促されて席に着くと、ビストートが厨房に入り、何かを作業してから表へと出てくる。
手にはアイスに赤いソースがかかったドルチェが乗った皿を持っていた。
それを小麦の前に出す。
「アイス?」
「食っていいぞ」
不思議そうにしつつも、『新作の試食ってことか?』と思いながら口に運ぶ。
口の中でアイスクリームの甘さと、ミルクの油分に赤いソースの酸味が溶けて混ざるような味がしてとても美味しい。
鼻を抜けるバニラの香りと、果実的で、どこか華やかな赤いソースの香りの調和が美しい。
「おいしい!!」と目を輝かせ、頬を紅潮させながら言った。
その小麦に微笑みながら、だが声のトーンは低くして伝える。
「それな、カラの魔女、チキン・リトルの家の近くになってる木の実だよ」
小麦が手を止めて器に目を落とす。
「ギルドに出した依頼をずっと誰も受けなかったのを、あのポンコツパーティが金欲しさに受けて、最終的には友達になっていたんだ。その木の実は依頼中にシャロンが見つけたんだよ。それ持ってパーティとリトルで俺の店に食べに来てくれた」
スプーンがどんどん下がって行き、皿に着地する。
そして数秒間、黙って赤いソースを見た後、溢れた言葉を紡ぐように呟く。
「魔女と友達か・・・あの時の俺には想像もつかない、デカイことしてたんだな」
俯く小麦に続けた。
「俺は小麦のことは気に入ってる。礼儀も弁えてて、俺の料理を美味しいと言ってキレイに食べてくれたから、お前を受け入れた。もちろん、ディンブラの紹介というのもある。でもな、リトルも同じようにしていたんだ」
小麦は申し訳なさそうに目と口を固く閉じた。
手は膝の上に置かれて、静かに拳を握る。
「小麦も俺の料理を認めた大事な1人だ。でも、リトルも同じく俺を認めた大事な1人なんだ。だが、リトルはもう俺の料理を食べてくれることはない。だから・・・」
一つ区切って、小麦の肩を強く叩いた。
「その分償って、リトルの分もたくさん俺の料理を食え!!」
ビストートを見上げると真剣な眼差しを向けられていた。
しかし、口元は微笑んでいる。
「さ、仕事だ!着替えてこい!!」
小麦は立ち上がって厨房へと向かうビストートの背中を見つめる。
言葉が喉まで出かかったが、急に鼻と喉の奥が痛くなり、結局、言葉は詰まって出てこなかった。




