力を失った拳
葵は魔王を倒した後、ディンブラと行動を共にしていた。
目的は魔王軍本拠地を爆破した白いプルチネッラを探すこと、そして、仲間の敵討ちをすること。
メリリーシャ郊外にある林の中を歩いていると茂みの奥から走って迷わずこちらに向かう足音がする。
咄嗟にディンブラを背中に隠した。
「ディンブラ!退がってろ!!」
身構えると飛び出てきたのは、かつてうどんと呼ばれていた時代の体型をしたきしめんだ。
死んだと思っていたかつての同胞、もといライバルは自分の名前を叫びながら、殺気を放って突如として現れた。
「葵ィィィイイイイイイ!!!殺してやる!!!」
手に持っていたロルロージュを放り出すと、葵に殴りかかる。
「きしめん!生きてたのか!」
押し倒された葵が目を大きく見開いて相手に驚く。
「よくも!魔王様を!!魔王軍を!!!殺してやる!!!」
腕でガードをする葵に対して頭に血が上った状態で、興奮のまま馬乗りになって攻撃を続けた。
そのきしめんに反撃も何もできないでいる葵。
そこへディンブラが割って入った。
「待って!!やめるんだ!!」
「うるせぇ!!お前も殺してやる!!ディンブラァ!!!」
ディンブラに気が向いた一瞬の隙を狙って葵が反撃し、きしめんの背中を膝で蹴り上げ、体の上から退かせた。
そして体勢を整える。
互いに瞬きもせず睨み合い、汗を滴らせる。
洗い呼吸をするのは葵も同じこと。
だが、葵の呼吸の荒さは動揺や驚きが原因の大半を占めていた。
「ハァ・・・ハァ・・・きしめん、お前はあの爆発で生き残ったのか?」
「ハァ・・・ハァ・・・当たり前だ!・・・裏切り者のお前を殺さずに死ねるかよ!!」
「葵くん、どういうこと?彼がきしめんだって?確か僕の知ってる四天王のきしめんなら、もっと大きかったよ?」
ディンブラが葵に近寄り、肩を貸して立たせる。
「この姿は全盛期のうどんの時の体型だよ。2年も前のことだ。なぜその体型に戻ったのかはわからないがな」
「それはこいつのお陰だ!俺が生きているのも、こいつに時を戻してもらったからだ!」
そう言ってきしめんが地面に転がるロルロージュを掴んで突き出した。
「時を戻せるっていう大きな時計・・・ロルロージュか。本で読んだことあるよ。実在したなんて知らなかった」
ディンブラが信じられないといった表情で相手を見る。
「魔王軍の爆発のせいで隊員のほとんどが死んだ。俺の部下なんて全滅だ。だから主犯のお前らを殺してあの世への手土産にしてやろうと思ってんだよ!!」
また殺気の色が目に宿る。
「待って!きしめん!それは・・・」と言いかけるディンブラに被せて強く言葉を吐く。
「俺らを嫌いなのはいい!!だからって全部奪うことはないだろ!!俺の居場所を!俺の家を!!俺の仲間を返せ!!どうせお前なんか生まれてきてからずっと幸せな生活を送ってきたんだろ!!冷たくて硬い床で寝たことも、毎日殴られたことも、死の恐怖も味わったこともないくせに!!」
きしめんがディンブラの胸ぐらを掴んで吠えた。
ディンブラはしばらく相手の目を見ていたが、次第に逸らす。
「・・・ごめん。僕はたしかに魔王軍に偏見を持っていた。特に忠誠心の強い君にはね」
思いもしない無抵抗な反応にきしめんの手元の力が緩んだ。
「葵くんに接したのは、初めは魔王軍を裏切らせて壊滅するためだった。だけど、その中で葵くんの抱えるモノを知ったんだ。葵くんの心にある傷も知った。僕は君たち魔王軍は情も何も無く、誰かから奪うことを何も感じてないのかと思っていた。でも、それぞれに抱える傷があるとわかった」
再びきしめんをまっすぐ見上げる。
「その話だと、やっぱり君にもあるんだね。癒えない傷が」
「う・・・うるさい!!お前なんかに・・・」と言って拳を震えながら持ち上げた。
葵もディンブラを守ろうと身構える。
「わかるもんかよ・・・」
しかし、その拳は力を失ってきしめんの体の横に垂れた。
ボロボロと流れ落ちる涙は大切なものを失くした悲しみなのか、生き延びた数日の辛い日々のものなのかはわからない。
そんなきしめんを労るように、ディンブラは優しく背を摩ってやった。
「魔王軍の爆発は僕らじゃない。白いプルチネッラだ」
項垂れるきしめんからの反応は無いが続ける。
「僕は以前君の前に黒いプルチネッラとして現れた。だけどあの時もう1人、偽物の僕がいて、君と別行動をしていたパルフェに接触をした。さらに君たちの本拠地を爆破した白いプルチネッラもいる。その2人が仲間なのか、同一人物なのかはまだわからない」
ディンブラの話に唖然として、理解が追いつかないような表情を向けた。
「俺たちは今、そいつらを探るために動いている!!」
葵を見上げるが、その言葉にいくらかの疑問を持つ。
「何で・・・葵がそんなことを?・・・魔王軍が嫌で裏切ったくせに・・・」
「俺はたしかにここ最近の魔王様の、なんでも潰して蹂躙するやり方には良く思っていなかった。だが、恩知らずでも、思い入れがないわけでもない。俺が裏切ったあの日にやったことは、魔王軍が壊滅しても仲間が他の組織に狙われないように情報を燃やしたことくらいだ。俺だって仲間であるみんなを殺そうとは思わなかった。そこまで人でなしじゃない」
復讐先がわからなくなり、きしめんが俯く。
「葵じゃ・・・ない?・・・ディンブラでもない?」
混乱して呟いていると、腹の虫が鳴った。
顔を真っ赤にして腹を押さえる。
「魔王軍が壊滅してから・・・ロクに食べてなくて・・・」
「ご飯、食べる?」
きしめんは恥ずかしそうに頷いた。
「おいでよ!君へのお詫びだ!ごちそうしよう!!」
そう言ってディンブラが立たせてやる。
「混乱しているとは思う。僕らのことも信頼できないのはわかる。だけど、今は君自身疲労と空腹で何も正常に判断ができない状態だ。1つずつ解決していこう!」
「いいのかよ?俺はいつでもお前らの寝首を掻くかもしれないぞ?」
睨みつけて脅したつもりだが、ディンブラは笑って返してきた。
「その時はその時だ。僕の力不足だったと思うよ。だけど、傷ついていると言うのなら君自身を救いたいんだ、僕は」
「んな事、できるわけないだろ」
鬱陶しそうに横目で睨む。
「大丈夫だよ!まずはお腹をいっぱいにしよう!それが最優先だ!!」
きしめんは悔しいが空腹には敵わなかったので、大人しくメリリーシャの街までついて行くことにした。
葵の数歩後ろをロルロージュも、不安そうに時計を抱えながらついて行った。




