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月桂樹の冠.  作者: 叶笑美
生き残り
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育ちの差

和解し仲間となった小麦とロルロージュはエディブルの花園にいる間、ディンブラの家に住むことになった。

4人でディンブラの家に向かう途中、ディンブラと葵の後ろを小麦が歩いていると、ロルロージュが胸を押さえて深刻そうな顔をし始めた。

そして、立ち止まって小麦を呼びかける。

「小麦さん」

「どうした?」

振り返ると今にも泣きそうな顔をしていた。

「僕にはわかりますよ・・・。小麦さんの胸の痛み・・・」

「なんだよ?魔王軍の話聞いて同情してくれてんのか?そんな必要はないからな」

軽く笑って何ともないように振る舞う。

すると、「違います!」と大きな声を出され、面食らった。

「僕は小麦さんと契約しているんです!だから小麦さんの心境が伝わって来るんです!!」

「はっ」とした顔になり、しゃがんで目線を合わし、申し訳なさそうに謝った。

「悪い・・・俺のせいで今、ロルロージュが胸を痛めているのか?」

「小麦さんが謝ることじゃありません!心境が伝わるだけで、どういう事でどういう気持ちになったとかまではわかりません。ただ、僕が言いたいのは・・・」

それから思い切り小麦を抱きしめてポロポロと涙を流す。

「僕の前では強がらないでください!!と言いたいだけです!!」

小麦も優しく抱きしめ返して「ありがとう」と返した。

その小さな背中を撫でてやる。

「本当はな・・・凄く辛いんだよ。俺から仲間も居場所も奪ったディンブラや葵といるのは、悔しい。それも泣いてわめきたいくらい悲しい。俺も魔王様や部下達とあの島ごと沈んでしまいたかったと思う時もある」

小麦の肩に目を押し当てて黙って聞く。

「でも・・・本音ではそれ以上に生きたいんだ」

声の質がこの一言で一気に研ぎ澄まされた。

背中から小麦の熱い手の温もりが伝わる。

ロルロージュはその背中の熱から、小麦の情熱のようなものを感じ取っていた。

「仲間からもらった命ってのもある。だけど、俺は昔から誰に殴られても蹴られても、生きていたいと願っていた。誰よりも生に執着しているんだ。死にたいなんて言う時は格好をつけてるだけだ。凄くかっこ悪くても・・・情けなくてもいいから、生きていたい。俺は・・・死ぬのが怖い」

そう一つ、間を置いてから続けた言葉に一番熱を感じた。

「小麦さん」

ロルロージュが呼びかける。

そして、体を離してこちらを見つめる表情は、とても温かくて、優しかった。

「全然・・・かっこ悪くも、情けなくもないです。生きたい気持ちは皆一緒です。何も悪くありません」

小麦もそんなロルロージュを見て、微笑む。

「お前、見かけによらず大人だな!」

「当たり前です!小麦さんよりずっとずっと色んな時間を見ているんですよ!」

ロルロージュは小麦を見上げて笑っていた。

その頬に伝う涙の跡を、優しく親指で拭ってやった。


しばらく歩くと、ディンブラの家にたどり着いた。

「ここが僕の家だよ!」

小麦が見上げながら聞く。

「1人で住んでるのか?」

「そうだよ!今までは1人だったけど、この前から葵くんもいるくらいかな!」

ディンブラの家は二階建てで、外観からは見えないとは言え、地下もある。

ぱっと見は4~5人ほどで住むような大きさをしていた。

小麦が不思議そうに葵を見る。

「なんか・・・デカくないか?それともこんなもん?俺、一般家庭をあんま知らないからさ・・・」

「うーん・・・」と葵も答えに詰まる。

正直、葵も一般家庭をよく知らなかった。

それは葵の実家がかなり大きな家で、いわゆる”良いとこの坊ちゃん”なのだから。

葵の実家の場合は、二階は物置や書斎程度にあるくらいで主には平家で広い家に住んでいたのだ。

庭も十分な広さがあり、池もあったし、植樹した木々はいつも庭師を呼んで整えてもらっていた。

なので、魔王軍に入っていきなり小麦(当時うどん)とベッドを縦に置く必要のある2人部屋で寮に住むということが、いかに葵にとっての異世界だったことか。

そして、葵を初めて見た時から”良いとこの坊ちゃん”と見抜いていたのは小麦ではないか!

なのにそんなことも忘れて変な質問をするもんだから、葵も答えに困るのだ。

「うーん・・・普通なんじゃないか?狭いとも思えないし!」

葵は2人でここで過ごした時に感じた感覚で物を言っていた。

「それにさ、ほら、思い出してみろよ!魔王軍の寮って狭かっただろ?」

「えー?そうかぁ?俺はスラム街で父さんと過ごした狭くてボロい家しか知らないから、逆にあれだけの人数が暮らせる建物って俺からしたらモンスター級にデカかったんだよな・・・」

もう生まれの差が露見してしまった。

2人して感覚の違いによって会話内容に詰まっていると、ロルロージュが足元から意見を切り込んだ。

「何言ってんですか?ここは1~2人なら広い家で、4〜5人なら普通です」

家のドアに向かうディンブラの後をついて行くロルロージュの背中を、2人は黙って見ていた。


家に入ってからも物珍しそうに見渡す。

整理整頓が行き渡り、とても綺麗にされている。

「へぇ、ちゃんと掃除してんだな」

「うん、まあね!こうして家を開ける時は他の子がやってくれるしね!」

これには葵と小麦のみならず、ロルロージュも目を丸くする。

「留守中に他の人が来るのか?」

葵が思わず目を丸くして聞いた。

「そうだよ?だって、虫飼ってるし、餌やりとかお願いしてるからさ。みんなそのついでに掃除してくれるんだよ!」

もはや理解できない感覚だ。

「そうか・・・ここの住人は極限に互いへの警戒心が無いから家族が留守中に部屋に入って来たくらいの感覚なんだ。たしか鍵もしないって言ってたし・・・」

「えー・・・・。魔王軍の寮の自室すら鍵かけんのに?」

「とんでもないど田舎ですね」

葵は頭を押さえて、小麦とロルロージュは”信じられない”と言った表情をしていた。

こんな状態の人たちを放置したまま、ディンブラが時計を見る。

「もう夕方か。ご飯の準備が始まる頃だからそろそろ行こうか!」

ここのルールに慣れていない小麦が待ったをかけた。

「ちょ、ちょっと待て!ご飯って、どっか食堂があって、そこでみんなで食べるってことか?」

「いや、違うよ?お外で集まる広場があるんだ!そこのテーブルにクロスを敷いて、みんなで準備して食事するんだよ!」

ロルロージュはこの異国すぎるシステムに、ただただ黙って理解を深めようと専念することにした。

「だ、誰が作んの?もしかして当番制で俺たちも作る日が来るとか?」

さすがは魔王軍で成人するまで生活してきただけはある。

なんでも自分たちで家事をするという自立心は身についていた。

しかし、自分たちの夜食は作っても、栄養バランスなどを考えてメインの食事を作ったりはしていなかったので、ここの住人たちの口に合う料理を作れるのかと不安で仕方なかった。

「え?そんなリスクは負わないよ?だって、僕なんか虫の餌を作ることはしても、人のご飯なんか作ったことないし。そんな人ばっかだから、当番制にしたら週7とかで何かの餌がテーブルに並ぶことになっちゃう」

平然と放たれるディンブラの言葉が恐ろしい。

特に”週7とかで何かの餌”の部分。

小麦の口元は硬く横一線に結ばれた。

「大丈夫だよ!ここはみんなで支え合いの共同生活してるから、料理が得意な子が作ってくれるんだ!」

ディンブラが先を歩いて行くと、葵が補足した。

「さっきクッキー食べただろ?あれ作ったナスタチュームさんだ」

それを聞いて見るからに胸を撫で下ろして安心した。

「当番制だとして、どうせカレーしか作れないんだろ?」

「お前もな?」

葵と小麦は睨み合っていた。

「先、行きますね?」とロルロージュは2人を置いてディンブラについて外に行った。

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