池の滸で
アスタとチョコがウェストポートのスーベニアが沈む池に来る1週間前のこと。
biancoの拠点では中性的で綺麗な顔立ちの男性が鏡に釘付けになっていた。
その後ろでは幹部のピエロが呆れながら立って見ている。
「ねぇ」と呼びかけると美青年が振り返った。
「ナルキッサス、これはセクハラでも何でもない、本当に純粋な疑問なんだけどさ、君って・・・その・・・恋とかした事ある?」
ピエロを一瞬不思議そうに見るが、すぐににこやかに笑って答えた。
「何を言ってるんです?僕にはすごく綺麗な恋人がいますよ!僕が笑えば笑いかけてくれるし、悲しめば一緒に悲しんでくれる。・・・ただ、照れ屋であまり声は出さないんです。いつか紹介しますよ!結婚式にだってお呼びします!」
一度口を閉じ、何度も軽く頷いて答える。
「・・・そう、ありがとう。楽しみにしているよ」
それを聞くと満足そうにナルキッサスは出ていった。
その背中を目で追いかけていたピエロの後ろから、右腕のマセドアンが呆れたように言う。
「あいつ、本気か?それか、ただ真実から目を背けているだけか・・・。いつ真実に気づくんだろうな?」
「真実なんてどうでもいい事なんだよ、彼にとって。それに、彼自身、真実を望まないからこそ、そこには永遠にたどり着かない。きっと、今が幸せなら、それでいいんだろうよ」
マセドアンは肩を竦めた。
「ピエロさんはそれでいいのかよ?部下がこんな調子でさ?」
「どうもこうも、こっちは仕事さえしてくれればいいからな。元からマフィアなんてロクでもない奴しかいないんだ。仕事をこなしてくれたらそれで満足。まともさなんて求めちゃダメだ」
「あっそ」とだけ答えて、眉を歪めていた。
ピエロは窓の外を見ながらマセドアンとの1週間前の会話を思い出していた。
「よぉ、ピエロさん」
そこへマセドアンがやって来た。
「マセドアン。急に呼び出して悪いな。ナルキッサスの方は順調か?」
マセドアンが近くのソファに腰掛ける。
「さぁ?1週間音沙汰無いよ」
ピエロがソファーに深く腰を落としたマセドアンを見た。
その表情は意外でも何でも無く、ただただ無表情だ。
「そう。やっぱり池が悪かったのかな?」
「俺もそう思うよ。今もずっと見入ってるんじゃないか?水面の彼女にさ。だけど、俺は半分希望も持ってる」
それに対して不思議そうに聞き返した。
「希望?」
「ああ、あいつが真実を受け入れられるんじゃないかってな」
部下の言葉にピエロがおかしそうに笑う。
「そんなわけ無いだろ!それじゃあ、彼の名前の意味が無いよ!」
「ナルキッサスの由来ね・・・」とため息まじりにマセドアンが呟いていた。
「おい、そこのお前ら。出て来い!」
アスタとチョコが目を合わせてから、アスタが両手を挙げて出る。
それに倣ってチョコも手を挙げて出た。
相手は声をかけた後すぐに、こちらに拳銃を向けていたのだ。
「さっきからずっとこそこそと見ていたな」
そう言ってアスタ達を睨む。
すぐに弁明しようとしてアスタとチョコが慌てて答えた。
「不快に思ったんならごめんなさい。ただ、俺らはここに魚を見に来ただけなんだ!」
「そうそう!それだけなんだけど、誰かいたからちょっと見てただけ!ただの近所の子どもだよ!」
銃を向けながらもアスタとチョコをじっくりと観察する。
「その腰のモノは?何が入っている?ゆっくり出せ。変な動きをすれば・・・どうなるかわかるな?」
アスタは深呼吸をして、ゆっくりとカバンの中身を出した。
「おもちゃだよ。おもちゃを詰めたビンと・・・」
おもちゃのように小さくなった、アスタの一族に伝わるリガトーニの刀を入れたシャロンの魔法がかかった瓶を出して見せる。
そして地面に置いた。
「モチみたいな触り心地の粘土人形」
次に白いもぐらの形をした粘土を見せ、置く。
「ここで使おうと思ってたウキの付いた仕掛け」
右手でウキを見せて水に浮かべ、左手に輪を持つ。
「これはただの輪。ガラクタだ」
ウキはすぐに池の中心付近まで流れていった。
ナルキッサスは観察していたが、ウキが止まったのを確認するとやっと口を開いた。
「・・・そうか。ただの近所の子どもか。怒鳴って悪いな」
「いいよ、別に」
アスタが言うと、途端に手に持っていた輪が撃たれて飛び、チョコの挙げていた腕に”カツン”という音と共にハマる。
『まずい!!』
2人が血相を変えてチョコの腕を見ていた。




