敵討ち
「ぅわあ!」
大きな時計を提げた時を司る妖精、ロルロージュは森の中で罠に掛かり、逆さ吊り状態になっていた。
「うわぁん!罠に引っかかったよぉ!きっと猟師さんが来て食べられるんだぁ!!」
大きな声で嘆いて大粒の涙を流す。
「皮を剥がされて財布にするのかな?それともカバン?どっちにしてもちゃんと鞣してほしいな・・・。あと端切れは捨てられるんだろうな」
1人で妄想していると、自分という素材の扱いにしんみりとしてきた。
自然と涙もほろりと小粒が滲み出る。
「肉は煮込み料理かな?それとも焼かれるのかな?茹でるのもあるぞ!残った骨は食器にも使えるし、楽器にもなるかも!ふふっ!楽しくなってきたな!」
「お前良い趣味してんな」
目の前に全身火傷を負い、顔まで包帯で巻かれた大柄の男が覚束ない足取りの中、虫の息で現れた。
「わ!猟師さんですか!?ここで僕も終わりか・・・」
「アホか!・・・罠から外してやるから黙ってろ」
苦しそうに両腕を挙げて、荒い呼吸をしながら罠を外そうとする。
「え!猟師さんじゃないんですか!?」
「こんな満身創痍で・・・獲物を見に来る猟師がいるかよ・・・」
「それもそっか!ありがとう、心優しいミイラさん!!」
「誰がミイラだ!!前にも会ったよ。・・・四天王のきしめんだ」
全身を包帯で包まれたきしめんが罠を外すと「わっ!」という声と共に頭から地面に落下した。
起き上がり相手をよく観察する。
「本当にあのきしめんさんですか!?何故こんなお姿に!何と言うか・・・ミイラのような・・・」
「知らねーのか?魔王が内部の裏切りによってやられた・・・」
きしめんは木にもたれかかった。
背も肩も胴も血が滲んでいる。
「大丈夫ですか!?痛々しい!」
「大丈夫なわけねーだろ。もう歩けそうにもない・・・」
体を木に預けたまま、目をつぶった。
「あーぁ・・・ここまで生き延びたのになぁ・・・・」
きしめんの呟きを聞き、ロルロージュがポケットから虫眼鏡を取り出してきしめんのここに至るまでの過去を覗き見る。
瀕死の中、船で陸地まで辿り着き、どこかへとフラフラした足取りで歩き出す。
しかし、道中できしめんが賞金首にかけられたことを知り、残党狩りたちに狙われる日々を過ごしていた。
全人類が敵の中、どこを目指すのか、それでも足を止めずに動かし続けた結果、今ロルロージュと再会を果たした。
唖然として虫眼鏡を外し、その過酷な日々にロルロージュは絶句していた。
きしめんは一息吐くと、ふと思い出し、ロルロージュの肩を掴む。
「そうか!ロルロージュ!お前がいるじゃねーか!!」
「え!ぼ、ぼくですか?」
目の前の幼い少年のような妖精に希望を見出したのか、星が滅びる前に激しく光るように、力強い語気と覇気を帯びる。
「お前の力が必要だ!!俺の時を巻き戻してくれ!この前と同じ、全盛期の2年前に!!」
掴まれた肩を見ると包帯から滲み出た血がベットリと付いていた。
「ひぇ!わ、わかりました!」
きしめんの手を指で摘むようにして外し、ポケットに手を突っ込む。
探るように手を動かし、一瞬戸惑ったのだが、小さな紙が貼られた小瓶を2本取り出した。
それを差し出す。
「さ、こちらを一思いに!」
「時計じゃないのか?」とロルロージュの提げる大きな時計を見る。
「時計を掛けたら悲惨な悲鳴を上げる結果しか見えませんよ」
「確かに・・・」
自分の肩を見ると血で包帯が赤黒くなっていた。
とは言え、渡された怪しい液体に怪訝な顔をする。
「しかしこいつ、青色してんぞ?青は食欲を無くす色って知らねーのかよ?」
「何をわがまま言ってるんですか!この薬に食欲なんて関係ありませんよ!さ、早く飲んで!1本で1年巻き戻ります!」
自分から頼んだのだが、胡散臭そうな目をロルロージュに向けた。
「こんなことに時間と労力使ってる場合ですか!!僕の力を信じないのなら、返してください!!」
「まぁ、たしかに・・・」
きしめんは色からの印象で何となく鼻を摘んで一気に飲んだ。
「ふー、案外悪くねーな。かき氷のシロップみたいな甘ったるい味かと思ったが、昆布ダシのような繊細さがあった」
「うげぇ!よく飲みましたね!」
小瓶を地面に叩き割ってロルロージュの胸元を掴む。
「お前が飲ませたんだろ!!まさか騙したのか!?」
「いえ!それは歴とした時戻しの薬です!!時計草の抽出液にオーガニック大豆由来の油分を使用し、100%のオレンジジュースを配合して、仕上げにアサイーとチアシード、隠し味にご機嫌な粉を混ぜたものです!!」
「健康思考の女子か!!つかその素材でよく青くなったな!あと昆布使ってねーのかよ!それとご機嫌な粉ってなんだ!?怪しさ満点だわ!」
きしめんに掴まれたロルロージュが目を丸くする。
「きしめんさん!元気になってます!!て言うか、戻ってます!!体!!」
ロルロージュを手放し、包帯を取ると怪我が跡形も無くなっていた。
それどころか、筋肉質だった全盛期の体型になっている。
「ぅおお!すげぇ!やっぱお前は凄い奴だな!!」
「現金ですね。さっきまで全てに文句垂れてたのに・・・」
半分呆れるロルロージュを無視して首根っこを掴むと歩き出した。
「ちょっと!どこ行くんですか!?」
「決まってんだろ!敵討ちだ!!」
体を動かして抵抗する。
「何で連れてくんですか!?」
「お前が居ないと日没後には元に戻るだろうが!俺にはお前が必要なんだよ!!」
目と口を大きく開いてきしめんを見上る。
「・・・大体、敵討ちって誰なんです?どこに相手がいるんですか?まさか見当も無く歩いてるなんてやめて下さいよ?」
「馬鹿、おおよその位置は把握してるよ!」
ロルロージュが自信満々なきしめんを大人しく見上げていた。
「仇って、一体誰なんですか?」
きしめんはロルロージュを見ると怒りの色を宿しながら、ニンマリと口角を上げて笑った。
「葵だ!」




