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第八話「水を吸い込んだ生地はぴったりと肌に密着し、思いもよらぬ場所に濡れた生地の重みを感じさせた」





神谷タキ、十六歳、男子高校生。


俺はこの沖縄の海に足りないものを理解した。


白いクロシェレースで繋がったモノキニ水着。


これを身につける。


それが俺の「覚悟」だ。


お出かけ用のボクサーパンツを脱ぐと、天を支える柱のような青春アオハルおちんちゃんが現れる。


ドッキリドッキリバッキバキ、不思議なチカラがわいたらどーしよ。


今にも吹き出しそうな脳汁を理性で抑え、ショーツ部分に脚をそっとを通す。


「……ッッッ!?!?!?!」


肌にふれる優しい生地の感触。


これが女性用水着の感覚か……。


ストレッチの効いた裏地が天柱を押し倒し、反り返ったそれを腹に添えた。


行き場をなくした宝珠たちが悲鳴を上げる。


「ッ……きつ……」


当然だ。女性用ショーツは、フロントに柱や宝珠を収めるような設計にはなっていない。


「……ン……////」


ホルターネックを首にかけようと、ブラを持ち上げるとパットが胸に当たる。


脳汁がトロリ。


帰還不能点ポイントオブノーリターンはとうに過ぎている。


俺はやばい奴だ。


家族旅行に来たというのに、ヴィラの自室でおちんちゃんをおっ立てながら女性用水着を身に着けようとしている。


せめて相棒がデフォルト状態であれば「てか女の格好が日常だからさぁ」とか言い訳がつくかもしれないが、こんなバッキバキのバキップラーではどうしょうもない。


いまの自分を鏡で見れるだろうか?


否。


自尊心、自損死。


俺はできるだけ鏡から目を背け、ホルターネックとブラのホックをカチャリと留めた。


目線を下げると、まだおちんちゃんの丘はそこに存在している。


え、まだあるんだ?


俺は男のまま。


身体はまだ変質していない。


「パッと変わるわけじゃないのかよ……じゃあ、今は普通の女装した男子高校生じゃねーか……」


ひとり言をつぶやく際、ふいに鏡に映る自分の姿を見てしまう。


そこに立つのは、女性用水着を身につけた、十六歳の男子高校生。


これはこれでそういうアレで脳がバグりそうになるが……これが現実というものか。



まばたきをした刹那――



俺は、少女に()()()()()()()()


「エッッッッ!?!?!?!?」


透けたクロシェレースに包まれ、なだらかに曲線を描くボディライン。


小ぶりだが美しい形をした俺のお胸を、3/4カップのブラが支えている。


ほどよいくびれから繋がる大きめのお尻を、ちょうど良い食い込みで包み込むショーツ。


少しだけ伸びた髪。


ボーイッシュなベリーショートのボブ。


十六歳の男子高校生とは思えない姿。


ビジュいい少女。


部屋に据え付けられたクソデカ姿見の前で俺はつぶやいた。


「やっぱイミフすぎる……」









アフタヌーンティーを運んできたスタッフがヴィラから出ていったのを見計らい、俺はユウリと一緒にリビングに出ていった。


「たら〜ん! ママ見て〜! 色ちのおそろで〜す♪」


「た、たら〜……」


母は紅茶を一口に運び、味と香りを確かめながら言う。


「いいじゃない! ふたりともめちゃ似合ってるわ! そういえば姉妹になって初の水着ね! 写真撮るからちょっとそのまま!」


「ちょ! 母さん……しゃ、写真――」


――カシャッ!


白、俺。

黒、ユウリ。


娘たちを横目に、父は誇らしげな顔をしていた。


「去年来たときは姉弟きょうだいで、今年からは姉妹しまいか。いやはや、こんな色んな経験できるなんて、父さん嬉しいよ……」


「……え来年もこれなの?」


俺は両親の顔を直視することができず、ずっとうつむいていた。脚は内股ぎみになり、腕は身体の前でクロスしたままだ。


先日の「女装コス家族カムアウト」とはケタ違いの羞恥心。


もう女装で死ぬー。


脳汁トロトロどころか、膝カクカク、腰ふにゃふにゃ。


窓から射し込んでくる紫外線がゴリゴリと俺のHPを削っていくのが分かる。


だって水着だぜ?


俺の身体は間違いなく()に変質していた。だが脳に残ったわずかなオス理性部分が、「女性用水着を着た自分の姿を両親に見せる」というのを拒む。


海パンに比べ布面積は増えたというのに、この羞恥心はなに!?


これに関しては、ただ恥ずかしい。


水着怖ぇ~。


ユウリはテーブルに置かれたトロトロのトロピカルジュースを一気に飲み干し、俺の腕をつかんで引っ張る。


「じゃ、ちょっとだけ海いてくる!」


「ちゃんと日焼け止め塗りなさいよ」と母。


父が続ける。


「夕食は18時以降だ。ホテル本館でもヴィラでもどっちでもいいらしいが、1時間前には知らせてくれってさ」


「じゃ、こっちで食お――」


「じゃ、晩ごはんは本館のほうで20時からね! 行ってきま〜す!」


ソファに置いてあったスマホとバスタオルだけを持ち、俺とたちはウッドデッキに飛び出した。





◇◆◇◆◇◆◇





ヴィラ専用のプライベートビーチスペースに人はほとんどいない。ヴィラ宿泊者以外は立入禁止だ。


つまり俺は人目を気にせず、安心して「水着女装デビュー」ができるということだ。


よかった、安心した。


だが、恥ずかしくないとは言ってない。


もうなんか色々麻痺し始めているが、自分の水着女装姿を両親に見せるより、ただ目の前の海に行くだけのほうがよほどマシだというだけだ。


どうせ死ぬなら誰もいないほうがいい。


まぁ今日は死ぬ感じではないけど。


真っ白でサラサラの砂にウッドソールサンダルのつま先が沈み込む。


「あっ……これムズい……」


生まれたてのキリンのよろける俺を、ユウリが支えてくれる。


「あんたなんでふつーのビーサン持って来なかったの? 砂浜歩けるほどヒール慣れてないじゃん?」


「いや最初は入ってたけどおまえが……っととと……」


「まーたそうやって人のせいにして! それなら先読みして袋分けとくとかさぁ? やり方あんじゃん? 脳死か? あ?」


「人の荷物丸ごとすり替えといて、どういう理屈だよそれ……」


「うるせー、ばーかばーか!! てやっ!! オラッ! アホッ!」


――バシャッ!バシャッ!バシャッ!


ユウリが波を蹴り上げると、海水が勢いよく舞い上がる。


「わっ! なんだよアホ! かけんなよ! フンッ! せやッ!」


――バシャバシャッ!バシャバシャッ!


俺も負けずと水をすくい上げ、ユウリに向かって放り投げる。


レース、ブラ、パット、肩紐、ショーツ。


水を吸い込んだ生地はぴったりと肌に密着し、思いもよらぬ場所に濡れた生地の重みを感じさせた。


海水が宙を舞うたび、俺は無意識にしぶきから顔を背けていることに気づく。


そうか。


いくらウォータープルーフとはいえ、メイクはメイク。女がやたら水から顔を背けるのは、メイクを守るって意味もあったのか……。


なるほど勉強に……なんで関心してんだ、俺は?


びしょ濡れになったユウリが「やめやめ! はいやめ!」と言う。


俺たちはとりあえず停戦協定を結び、バスタオルで顔を押さえながら次の予定を話し合う。


「ねー、タキー、向こうの海の家いこーよ。あんた水着それだけでしょー? かわいいの売ってないか探しにいこーよ?」


「え……いや、一着あったらいいだろ。てか向こうめっちゃ人いるし、やだよ……」


「は? は? は? はぁん!?!?!?!?」


ユウリは「なぜ一週間も沖縄にいるのに水着一着では女としてダメなのか」を高速かつ圧縮して説明してくれる。


まぁ、結論から言えば大した理由はなく、やつの心情論的に「色んな水着着たいじゃん?見せたいじゃん?」というだけだった。


「いや、おまえは見せたいかもしれないけど……わたしは別に……」


自然に口から出た「わたし」という一人称にユウリは笑顔を見せ、俺の両肩に手をのせた。


「いい、タキ? タキちゃん? あたしは自分の水着姿だけじゃなく、あんたの水着姿も誰かに見せたいわけ。わかる?」


「どーゆーことだよ……」


「どーもこーもないつ! あたしは姉妹二人でそろえた水着姿をみんなに見せたいし、見てほしい。自慢の『妹』を! この可愛すぎる妹ちゃんを! わかる?」


「いや、ぜんぜん……」


ユウリは俺の頭を抱きしめ自分の胸に押し付ける。


こいつにこんなことされるなんて、記憶では小学生ぶりくらいだな……てか胸でけェ!EとかFくらいあるんじゃねおまえ!?


E70かF70……65だとGで……最近仕入れたブラの姉妹サイズ知識が頭をよぎる。


チッ……うらやま……。


うらやま……しくない、しくない! 全然うらやましくないし!?


てかなんで「うらやましい」って感情が出てくるわけ!?


俺はやつの胸に埋もれながら、少しだけ頬を赤らめる。


「よし。じゃ、行こっか」


「わ、わかったよ……」


俺たちは酔っ払いサラリーマンのようにじゃれ合いながら、波打ち際を歩きはじめた。





◇◆◇◆◇◆◇





プライベートビーチスペースを抜けると、人が徐々に増えてくる。


幼い子どもを連れた家族、若い新婚風カップル、熟年夫婦、海外の女性グループ、マッチョ男性グループ、明らかにナンパ待ちのお姉様たち。


ユウリが言うには、ここはホテル利用客以外にも一般開放されている有料ビーチとなっており、「金持ちと知り合いたいなら支払うべき金額」さえ支払えば誰でも利用可能とのことだった。


海の家に着くと、サングラスをかけた屈強な男性が話しかけてくる。


――「いらっしゃいませ。まずはスキャンへのご協力お願いいたします」


男性は太い万年筆のようなものを取り出し、それを俺の目に近づける。あ、それって記憶消すやつ?


――ピピッ


「ようこそお越しくださいました、神谷ユウリ様、タキ様――ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


記憶は連続している。


有機的で曲線を多用したブラウンの内装、その中に存在する僅かな直線部分が絶妙な店内に高級感を生み出している。


人々が言葉を交わす合間に、トロピカルなチルアウト系BGMが聴こえた。


陽キャを砂糖醤油で煮詰めたようなバスブースト系音楽は、ここにはない。


カウンターで案内を受けた俺たちはテラス側のビーチソファに腰を下ろした。


「ここって……そういうの(水着)売ってる雰囲気じゃなくね?」


俺は肩を寄せユウリに尋ねる。


「二階に水着コーナーあるみたいだけど……あんたみたいなお子ちゃま向けのはないかもね」


「わたしがお子ちゃまなら……おまえはハタチの小娘じゃん……」


「てかさぁ? 今から、()のときは『おまえ』って言わない法律ね? アホの弟に言われても1ミリも気にならんけど、かわいい妹におまえって言われると……。お姉ちゃんちょっとキツいかも(ぴえ顔)」


「てか……おまえだってわたしのこと『あんた』って呼んでんじゃん? じゃなんて呼べばいいんだよ?(怒り顔)」


「う~ん……『お姉ちゃん』、『ねぇね』、妥協して名前呼び?(ハート目)」


「じゃわたしのことは?」


「あんたはあんたでしょ、タキちゃん?」


「はぁ……」ため息をつきソファにもたれかかると、ウェイターベスト姿の男性がレモンの刺さった紫色のジュースを持ってきてくれた。ユウリが「頼んでません」と言うと、彼は微笑みながら小さく答える。


「お客様につきましてはシャングリラ沖縄内のすべてのサービスにおいて、一切費用はかかりません。何かありましたら私にお申し付けください」


「ご、ごくろうさまでーす……」


紫色のジュースはぶどうだかベリーみたいなスッパ甘い味い大人の味がした。それを飲み干した後、水着コーナーを少しだけ見て回り、俺たちは店を後にする。


「バンドゥとTバックのやつ、けっこうよさそうだったんだけどなぁ~! てかティーン向けのサイズも揃えとけよな~!」


「あれはダメだろ……ガーゼと紐じゃん……」


ユウリは「ついでに船見に行こ! ジェット借りよう!」と言い、すぐ先にある小さな船着き場のほうに向かって歩いていく。


夕食まで時間はあるが、俺は慣れないヒール付きサンダルのせいでいいかげん帰りたくなっていた。


「えー、もういいよー。せめてもうちょい休憩しようぜー……」


「いけるいける! そういうもんだから!」


俺は空いていたビーチチェアに腰掛け、ユウリに向かって呼びかける。やつは振り返り「早く早く!」と言いながら、先に進んでいく。


遠ざかるユウリの背中を見つめながら、俺は空いていたビーチチェアに横たわる。そして「飽きたらすぐ戻ってくるだろ」とまぶたを閉じた。


「あらー? おねーちゃんに置いてかれた系!? どうすんの!?」


直後、後ろから聴こえてくる男の声。


「……?」


目を開け視線を上げると、二人組の男が立っているのが見えた。


「ええと……」


格闘技かじってます風な栗色の身体、派手なトランクスを履き、サングラスをかけ、ヘラへラと笑っている。


二人は俺の横に移動してしゃがみ込んだ。


左腕にトライバルタトゥーの入った金髪がユウリを指差して言う。


「さっきの人、キミのおねーちゃんっしょー? 先に行っちゃったけど、追いかけんで大丈夫?」


コーンロウを後ろで束ねたハーフ顔がドヤりながら言う。


「まぁ、ここのビーチめちゃ安全だからねー、そうそう変なことないよー。もしかして、おねーちゃん帰ってくるまで暇なら、ちょっと俺らのおもしろ()()()()とか聞かんね? おもしろかったらグッドボタンって感じでねー」


「はぁ……」


また()()か。


人生で何回見たか……この「やり方」


1…俺とユウリが一緒にいる

2…ユウリがいなる

3…俺に声をかけてくる

4…戻ってきたユウリに話しかける


もういいよ、このテンプレナンパフロー。


だる……。


俺が眉をひそめたのを見て、金髪が自分のスマホ画面を見せてくる。


「てか俺ら『メンソーレタムズ』っていう名前で動画とか沖縄系インフルエンサーやっててさぁ。まぁ、ゴリゴリの()()()()()だから、あんまキミみたいな子は知らんかもだけど……最近だと『夜中にうるせぇ米兵殴ってみたシリーズ』とか、ショートでけっこうバズったんだけど、知らん?」


「いや、知らない……」


「あ、じゃあさー。『みゅーまっち』知ってる? コスメ系でやってるジェンダーレスの? こないだあの娘とコラボしてさー、まだ動画上げてないんだけど。ほら、これツーショ見てみー?」


今度はコーンロウがスマホを俺に見せる。


「いや、お姉ちゃんたぶんどっちも興味ないと思うんで……」


あー。


ほんとだるい。


そもそもユウリが見る動画なんて、オッサンが延々と研究発表してるやつとか、意味わからん先端科学技術の解説とかだぞ?


二人は砂浜にどっかりと座り込み、本格的に話し込むような姿勢を見せる。


「まー、おねーちゃん興味なかったとしてもさー? キミはこういうのキミはこういうの、アリなんじゃない?」


「やんちゃ系とか、けっこう気になるんじゃない?」


二人はサングラスを頭にかけ、俺を見つめながら胸筋をピクリと動かした。



……。



あ。


これナンパだ。


ナンパされてる。


うわぁ、ナンパされてるわ、俺。









お読みいただきありがとうございます! この章はまだ続きます! 水着を着てお読みいただけると臨場感アップです!

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