汗だくスポブラ痴女とゾンビ作業員
暗闇に浮かぶ「灯火」
ずっと通路は続いているが、人の気配はない。
ゴウンゴウンと鳴り響いていた低音は、もう意識の外にある。
気づけば俺は無意識にブラをパタパタとしていた。
「あっちぃ……」
胸元に突き刺さる視線。
「ちな、1カップ上がるごとに1000倍大変だ。どうだ、怖いか?」
頭上から降ってくるユウリの声は、性的情動を含んでおらず、純粋な優しさのようなものを感じた。
思わず自分の胸(C65)を見下ろすと恐怖を感じる。
(怖い……)
(おっぱい怖い……)
(ワンチャン気になりすぎる!?)
磨かれた金属タンクに自分の姿が映りこむ。
ライトグレーのクロスバックブラ。アンダー部分のゴムに刻まれたブランドロゴがほどよいビッチ感を放っている。
ボトムはセットアップのTショーツ。
光沢のあるヒップが、妙にリアルで艶めかしい雰囲気を醸し出していた。
あ、足元は厚底スニーカーです。
「フツーに痴女だな……」
マルケスが振り返って言う。
「タキ様――」
「……な、なに?」
「杜はまだ初期段階とはいえ、その格好(痴女)では心もとない。もう一度強化魔法を試してみては……」
「えぇ……ヤだよ……」
見上げるとヤオと目が合う。
「ふふ? お試しになりますか? それならお召し物を脱いでいただいて……」
本人に向かって「もしかして……淫魔?」とは聞けないが、あきらかにそういったプロフェッショナルな雰囲気をかもしだすヤオ。
(返して……)
(ヤオ返して……)
(ちっさくてかわいいヤオ……)
「どうしました、タキ様? ふふ……」
ユウリがぼやく。
「……てか時間ないから? 今日はそのままね? また今度調べるから?」
「調べなくていいから、この身体戻してくれよ……」
未来の神ワクチン「因果律ワクチン」の副作用は、「女装すると性転換する」以外にも別の副作用を持っていた。
「魔法(っぽい不思議な力)」が、ほとんど効かないのだ。
唯一効果があった「身体を透明化(?)する魔法」も、時間が経つと勝手に無効化されるようだった。
首筋から滴る汗が、鎖骨をつたう。
汗はデコルテを抜けて胸の谷間へ。
俺は下乳の汗をぬぐう。
「ほんと、なんなんだよ……」
◇◆◇◆◇◆◇
構内案内図によれば、俺たちはすでに発電所内部に入り込んでいる。
セーフ寄りのアウトから、アウト寄りのアウトへ。
――Welcome to Underground
――Point of No Return
暗闇に閉ざされていた通路に、少しづつ明かりが灯りはじめてきた。
わずかだが風も流れ始めている。
つまり発電所は稼働中ということ。
そして俺は痴女を卒業し、ギリ服(?)を着ていた!
柔らかな薄氷から作り出された、「氷冷式スケスケサイバージャージ」
涼しさはありがたいが……これはどう見ても個撮露出レイヤー。
「なんでもっと早く作ってくれなかったなんだよ……」
「しゃーないじゃん? 作者が思いつかなかったんだから」
「使えねぇ……」
通路が二手に別れ、光に照らされた案内板が浮かび上がる。
――――
(左)バイナリー閉ループ部
(右)発電室/タービン室
――――
ユウリが考え込んでいると、マルケスが小さく声を出した。
「……左から誰か来ます」
息を潜め、耳を澄ませると、遠くから足を引きずる音が近づいてくる。
――ズザッ……ズザザッ……
ユウリは再び「完全不可知化」を唱え、俺たちを見えなくする。
(てかちゃんと消えてるよな!?)
(いけてる? 大丈夫?)
(よかったセーフ!)
作業員が二人、近づいてくる。
白地に鮮やかなオレンジのラインが入った制服。
胸元と腕には「ジャコスエネルギー」のロゴ。
顔には一切生気がない。
口はだらしなく開き、白濁した目は焦点を失っている。
前を歩く人物の首元に名札が見えた。
――――――――
株式会社ジャコスエネルギー 新金剛地熱発電所
発電部主任:安藤智久
座右の銘:仕事も温泉も「熱」がないと始まらない。
――――――――
二人の作業員は両手をすくうようにして、大切そうに何かを運んでいた。
(……何持ってんだ?)
目を細め手元を凝視していると、指の隙間からポロリと何かがこぼれ落ちる。
――それは「土」だった。
彼らはゆっくりと「発電室/タービン室」の方向へと進んでいった。
足音が完全に遠ざかったのを確認し、俺は小声でつぶやく。
「土運んでたぞ? インフラ系は大変だな……目もイッちゃってたし……」
ユウリが静かに答える。
「あれは杜畜」
「トチク?」
初めて耳にする言葉。
「杜の食物連鎖の最下層に位置する生物で、重労働を担う存在よ。……でも、まさか人間が杜畜化するなんて……」
つまり、社畜。
“杜の奴隷”で「杜畜」。
口語だと分かりやすいが、文語だと分かりにくい。
だが、実質的にはほとんど同じ意味ろう(メタ的)
マルケスが言葉を選びながら続ける。
「今の段階で杜畜が徘徊するなど、聞いたことがありません。……ならば、ここから先は警戒を厳となし進むべきでしょう」
そう言って彼は膝を折り、身をかがめる。
「ユウリ様、我が背後に」
だがユウリは一歩も引かず、腕を組んだまま鼻で笑った。
「なーに気ぃつかってんのよ、アホ! こんなナリでも、あんたたちよりずっと強いんだからさ!」
そう言ってマルケスの頭をポンポン叩く。
「あんたはあたしを背中に乗せて、エラソーに歩いてりゃいいんだって!」
次にヤオへ視線を向け、手をひらひらと振る。
「あんたはあたしの周りをふわふわ浮いてりゃいい!」
そして最後に、俺を見て――ふふと笑う。
「みんな……生きてるだけで優勝なんだから」
◇◆◇◆◇◆◇
杜畜――ゾンビ作業員「安藤主任」は進む。
両手に土を抱えながら。
最初二人だけだったゾンビ作業員は、通路が合流するたびに増えてゆき、やがて十五人ほどの列ができあがった。
そして、俺に六回目の「完全不可知化」がかけられた後――ゾンビの列は大きな空間に出る。
「搬入トンネルか? ずいぶんデカいな……」
トラックがすれ違えそうなほどの横幅。今のマルケスなら三人必要なほどの高さ。
天井の照明は一部消えているが、暗いというほどではない。
頭上や壁には無数の配管が張り巡らされ、絡み合っており、見ているだけで嫌になりそうな複雑さだった。
一見すると無秩序に動くゾンビ作業員。
――だが、「なんとなく大きな流れ」があるような……ないような……?
ランダムに動く「気体分子」は予想できないが、それを「気体」として捉えれば平均的な運動は数式で云々――と以前のユウリがドヤ顔で言っていたのを思い出す。
マルケスが遠くを指さした。
「あの扉に向かっているようです」
先にあるのはトンネル全体を塞ぐクソデカ扉。
その前では色とりどりの作業員たちが無言のまま動き回っている。
彼らもまた土を運んでいた。
「……『働く』って大変なんだな……」
社会人になるのはまだ先だが、そんな感想が口から漏れ出る。
自我も意識も失い、ただ命じられるまま「手で土を運ぶ」。それは高校一年生の俺にとって「単純労働の恐怖」として迫ってきた。
クソデカ扉が近づいてくると、見えるクソデカ看板。
――――――――
発電室/タービン室
※有資格者以外立ち入り不可!
――――――――
ユウリとヤオが外を飛び回り中に入る方法を考えている間、俺はぼんやりとゾンビたちを眺めていた。
(あれ? 安藤さん安藤さん……)
(どこ行った?)
戯れにリボンを付けられた安藤さんがふいに脇へそれた。
(ああ、いたいた)
一人どこかへ向かっていく安藤さん。
(はぐれゾンビか……)
(ああいうのがレアアイテムとか持ってるんだよな)
念のためマルケスにそのことを伝える。
「なあ……マルケス?」
「なんでしょう、タキ様?」
「安藤さんだけあっち行ったぞ」
「ふむ……」
「なんか変じゃね?」
「まあ、こういった集団には『サボり』という役割がつきものですからな……」
小さな通用口に向かっていく安藤主任。
「もしかしてあの人……レアアイテム――『有資格者』なんじゃね?」
「では……今からあの小さな扉が開くと?」
彼は立ち止まり、カメラに向かって胸を張る。
ピピッ!――カチャン!
解錠システムがどのようなものか分からないが、ともかく電子音とともに通用口が開いた。
完全に開くのを待たず、安藤さんは中へ入っていく。
「おいユウリ! 通用口!」
大きく叫ぶとユウリとヤオは状況を理解し、すぐにこちらに向かって飛んでくる!
「マルケス! 追っかけないと!」
俺は思わず前をふさぐマルケスの尻を叩いた!
(ん? 尻?)
(こんなところに尻?)
(あ、こいつ)
(あ――こいつ)
めっちゃデカい!(推定身長3.8メートル)
(通れねぇ!!!!)
ユウリが叫ぶ!
――「縮小化光線!」
宙に浮かんでいた灯火がチカチカッと点滅し、マルケスに向かってスポットライトのような光を浴びせる。
ミュミュミュミュ~ン……
光に包まれた巨人は小さくなり、ぬいぐるみのようにデフォルメ化された。
マルケスをバッと抱き上げると、ユウリは勢いよく走り出す。
「イッて! 中に!」




